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9. 慰謝料請求は私の権利です
(やっぱり喜んでいる……)
「ハッハッハ! セアラよくやった!」
「……」
「本当に良かったわ~」
ついさ先ほど、ジョエル様にのされてあんなにも情けなく間抜けにすっ転んでいたくせに、今や上機嫌となってガハハと笑っているお父様。
その横でホホホと笑うお母様。
そんな二人の顔を見ていたらため息しか出なかった。
婚約の件を先に話をしてくれていたギルモア侯爵も呆れた目で両親のことを見ていた。
「まったく、どうなることかと思ったが、ようやく役に立ってくれたなセアラ。これでお前も我がワイアット伯爵家の娘だという自覚が───」
「……!」
そんなことを言いながらお父様が私に手を伸ばして来た。
なので、私はその手をパシッと振り払う。
「おい! 親に向かって何をする!?」
「ちょっとセアラ! どういうつもり!」
「……」
私に手を叩かれたお父様はギロッとした目で私を睨み、お母様は怒鳴る。
「……」
私はチラッと横目でジョエル様の顔を見た。
目が合った彼は無表情だったけれど、小さく頷いてくれた。
(……負けない)
私を受け入れてくれたジョエル様のためにも。
こんな人たちに私は怯んだりしない!
私は息を大きく吸って声を張り上げた。
「───勘違いしないで」
「セア……ラ?」
お父様とお母様の二人はポカンとした顔で私を見つめる。
驚くのも当然だ。
これまで、私が二人に向かってこんな風に声を張り上げたことなんて無かったから。
「ワイアット伯爵家の娘としての自覚? お父様もお母様も何を言っているのですか?」
「セ、セアラ……?」
私はキッと二人を睨む。
「それは私に言うことではないでしょう?」
「は……?」
「セアラ? お前はな、にを言っているんだ……?」
お父様とお母様が困惑したように顔を見合わせる。
その様子を見てこの人たちは本当に何も分かっていないのだな、と思った。
「それは、自身にも婚約者がいるにも関わらず、妹の婚約者と駆け落ちなんてことをしでかしたお姉様にこそ自覚の有無を問うべきでは?」
「「!」」
二人がウグッと押し黙る。
特にお父様は悔しそうな表情をしていた。
「……」
私は再度二人をジロリと睨んでから、次にずっと置物のようになっているパターソン伯爵夫妻に視線を向けた。
義父と義母になるはずだった二人。
私はギリッと唇を噛む。
(昨日の結婚式───)
───息子はちょっと遅れているだけだろうから、段取りを変えて先に花嫁を入場させて息子の到着を待っていればいいだろう
───ワイアット家の方の事情など知らん。どうせ、息子はもうすぐ来る。だからさっきも言ったように先に初めておけ
(当主の一声で私は……)
マイルズ様が式場に来ていないと分かったあの時点で、伯爵が式を中止にしてくれていれば……!
「───パターソン伯爵、伯爵夫人」
「な、なんだ?」
パターソン伯爵は俺は悪くない! そう言わんばかりの表情で応える。
私はしっかり伯爵の顔を見ながら言った。
「結婚式場に対して支払う費用に関しては、お父様としっかりお話なさってください」
「ぬっ……」
パターソン伯爵はとても分かりやすく顔をしかめる。
私が部屋にいた時からずっとこの話し合いに関しては平行線だった。
どうやら、この様子だと私が部屋を離れたその後も、結局話はついていないのだろう。
「───それとですが。私、個人としてはまた別の話です」
「は?」
「個人ですって……?」
伯爵夫妻が怪訝そうな目で私を見る。
「私はパターソン伯爵家にきっちり慰謝料を請求させていただきます」
「なっ!?」
「これは当然の私の権利です!」
伯爵夫妻がギョッとした目で私を見る。
「な……なぜ……」
「なぜ? あなた方の息子、マイルズ様に結婚式の当日に裏切られたのは私ですよ?」
クワッと伯爵が目を大きく見開いた。
「だ、だが! マイルズが駆け落ちした相手はそなたの身内でそなたの……」
「マイルズ様の駆け落ち相手が身内で姉だろうと誰であろうと関係ありません!」
私はハッキリきっぱり告げる。
そんなことは関係ないのよ!
「こたびの件は───マイルズ様が私を裏切った。それが全てです」
「ぐっ……」
「その分の慰謝料はきっちり頂きます」
(本当はここでアレコレ言われたことも上乗せしたいところだけど───)
それはこっそり請求金額に上乗せすればいいか、と思って今は余計なことは言わずに黙っておく。
「後日、請求書を送らせて頂きますので、よろしくお願いしますわ」
「……っ」
「……っっ」
パターソン伯爵夫妻の顔がどんどん青ざめていく。
お父様とお母様と同じ。
まさか私がこんなことを言うなんて……
二人の顔にはそう書いてある。
(……私、こんなにも舐められていたのね)
今なら分かる。
きっとマイルズ様は両親と私、どちらにも“いい顔”をして、その場しのぎの言葉を吐いてのらりくらりとしていたのではないかって。
伯爵夫人が嫁いで来るのを楽しみにしている──私にそう嘘を吐いたのもそのせいだ。
(この人たちの義娘にならなくて良かった……)
私は伯爵夫妻を一瞥すると、再び両親に視線を戻す。
「お父様、お母様。もう耳にされていると思いますが。ギルモア侯爵様のご厚意により、私は今日からギルモア侯爵家でお世話になることになりました」
「そのようだな! 先ほど閣下から説明があった」
「……」
まだ、何も知らないお父様の顔からは喜びが溢れている。
厄介者払いが出来て、侯爵家への慰謝料回避した───
そう思っているのでしょうけれど。
甘いわ!
───ギルモア侯爵家は、私とジョエル様が婚約したら慰謝料請求を取り下げるとは一言も言っていないのに。
(まあ、それはこれから思い知ることになるのでしょう)
私は最後に両親二人に向かって口を開く。
「───これまでお世話になりました。どうぞお元気で」
「セアラ……?」
本来は昨日、言うはずだったこの言葉。
(この言葉……こんなにも違う意味で口にするとは夢にも思わなかったわ)
私はそんなことを思いながら伯爵家を後にした。
─────
「我が家の馬車だ」
「は、い」
ギルモア侯爵家の馬車の前に立ったジョエル様が淡々とした口調でそう言った。
(豪華!)
しがない伯爵家の我が家の所有する馬車とは雲泥の差!
(お尻とか痛くならなそう……)
そんなことを考えていたら、ジョエル様の手が私の目の前に差し出される。
「……」
「……?」
「……」
「……??」
(───はっ!)
馬車に乗るためのエスコートなのだと気付くまで数十秒かかった。
「あ、ありがとうございます……」
「……」
(あれ?)
ジョエル様……また“無”に、戻ってない?
エスコートをしてくれているのに無口だし、顔は無表情だし。
何だかどこか視線もおかしい。
(それなりに色々と喋ってくれるようになったと思ったのに……)
私は馬車の椅子に腰掛けながら、何だかそれはそれで少し寂しいような気持ちになった。
「……」
(ううん、これからよ!)
私は顔を上げた。
だって私はジョエル・ギルモア侯爵令息の“婚約者”になった。
これからはこの方と生きていくのだか……
「──ジョエル」
「……」
と、ここで侯爵様がジョエル様の名前を呼んだ
(ん? 気のせい?)
今、父親に名前を呼ばれたジョエル様の身体が一瞬震えた気がしたような……?
あと、何故かジョエル様はまだ馬車に乗り込んでこない。
入口に立ったまま。
そんなジョエル様に向かって侯爵様は言う。
「隠してもどうせすぐにバレる。諦めろ」
「ウッ!」
その瞬間、ジョエル様の顔が歪み小さく唸った。
これまた珍しい光景。
驚いた私は思わず訊ねる。
「……何のお話でしょうか?」
「ああ、なんてことはない話だ」
「?」
ジョエル様を見ながらクククと笑う侯爵様。
「ジョエルは───」
「ち、父上!」
バッと父親に飛びついて口を塞ぐジョエル様。
「じ、自分で…………言う!」
「ほぉか?」
「……っ」
ジョエル様は勢いよく私の方に振り向いた。
その顔がカッチカチに強ばっている。
(何……? いったい何なの?)
私はゴクリとと唾を飲み込む。
ジョエル様はいったい何を私に隠していて、何を告白しようとしているの!?
あと、何だか胸がちょっとドキドキするのは何故かしら……
「お、俺は……」
「俺は?」
「じ、実は……」
「実は?」
「…………なん、だ」
(え?)
よく聞こえなかった。
「すみません、ジョエル様。もう一度……」
「お、俺は…………馬車が苦手…………なんだ」
「え?」
その発言にびっくりして私は目を丸くする。
「そ、そうだったんですね……?」
「……」
なるほど。
だからなかなか乗り込もうとしなかったのかと理解した。
すると、侯爵様が苦笑しながら言った。
「行きもやっとの思いで乗せて連れて来た」
「ジョエル様……」
「さあ、ジョエル。観念してさっさと乗れ! 帰るぞ!」
「……っ」
(あああ! ますますジョエル様の表情が無くなっていくーーーー!)
ジョエル様の隠しごとというのは、思っていたよりも可愛いらしい隠しごとだった。
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