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10. 侯爵家へ
(ジョエル様……)
何とか馬車に乗り込んだジョエル様。
しかし……
(明らかに無理しているのが見え見え!)
無表情なのに青い顔をしてダラダラ汗を流す……という器用なことをやってのけていた。
私がハラハラしていると、侯爵様は言う。
「いつものことだ」
「いつもの……こと」
それでも、なにか出来ることがないかと考えた私は、ジョエル様の手を取った。
「ジョエル様っっ!」
「!?」
ビクッとするジョエル様。
ギュッ……
私は彼の手を強く握る。
「……!?!?!?」
「だ、大丈夫です、から!」
「……」
「わ、私がいます!」
「……!」
「いつでも頼ってください! わ、私……私はあなたの……」
何故かしら。
ここまでは勢いで来たけれど、何だか“この先”を口にしようとすることが、すごくすごーく照れくさい。
無性に恥ずかしくなったので私はギュッと目を瞑って叫んだ。
「───こ、婚約者! ……になったのです、から!」
しーん……
(あれ? ここまで言っても無反応……?)
───きょ、許可なく触れるなど……!
なんてことくらいは言うかもと思っていたのに。
不思議に思いながら、私はおそるおそる目を開けた。
目の前にはジョエル様の顔。
そして当然だけど無言。
「………」
「えっと、ジョエル……様?」
「………」
「大丈夫、ですか?」
(んーー?)
やっぱり無言で無表情のままだったけれど、ジョエル様の顔色は青色から赤色へと変わっていたように思えた。
「──そうだ、セアラ嬢。あのことはワイアット伯爵夫妻に言わなくて良かったのか?」
「え?」
しばらくしてから、侯爵様が私にそう訊ねてきた。
“あのこと”
そう。
さっきの私は、両親に一つ重要なことを言わないまま家を出て来ていた。
私は少し考えてから答える。
「───あの人たち、このたびの婚約で慰謝料の支払いは回避出来た! ギルモア侯爵家とはこのまま縁続きになれる! と、かなり喜んでいる様子でしたから……」
「ああ。そうだったな」
「先に明かして何か下手に妨害されても困りますし」
「……それもそうだな。やりかねん」
侯爵様は呆れた様子でやれやれと肩を竦めた。
「……ですから」
私はジョエル様と繋いだままの手にギュッと力を込めた。
「?」
ジョエル様が不思議そうに私に視線を向けた。
私はその戸惑いの視線を感じつつ小さく笑う。
「今はぬか喜びさせておいて、後から思いっきり“現実”を突きつけて地獄に叩き落とすのも悪くないかなって……」
グフッ
(……ん?)
私がそう口にしたら、ジョエル様が吹き出してむせた。
侯爵様は、ほぉ……と言って薄く笑った。
「え! ジョエル様? だ、大丈夫ですか?」
「……!」
コクコクコク……! と強く頷くジョエル様。
そして、ゴホンッと軽く咳払いをしながら私に言った。
「あ、後から地獄……に、叩き落とす……だと?」
「はい」
私はしっかり頷く。
「とはいえ、こういうのは……少々、性格が悪くも感じます……が」
「───いや」
(あ……)
ジョエル様が首を振る。
同時にギュッと手を握り返された。
「俺は………………いいと思う」
「ジョエル様?」
「せ、性格だって別に……」
「……」
「悪い、など……とは」
「……」
相変わらず、言葉はぶっきらぼうで少なかったけれど、握り返された手の温もりはとても優しく感じた。
何だか胸の奥があたたかくなる。
私はふふっと微笑んでお礼を告げる。
「ジョエル様、ありがとうございます」
「……い、や」
ジョエル様はそのまま黙り込んでしまう。
あの人たちを地獄に……
(私自身……自分にこんな風に考える面があったなんて、知らなかったなぁ)
後々、真っ青な顔で慌てふためくであろう両親の顔を想像して、私は小さく笑った。
それからも馬車は順調に道を走っていたのだけれど、私はふと違和感を覚えた。
(この馬車……遠回りをしていないかしら?)
ギルモア侯爵家に向けて、自分の頭の中の地図と走っている道が一致しない。
気になったので訊ねてみる。
「あの? この馬車、遠回りしていませんか?」
すると、侯爵様はああ……と頷きながら答えた。
「最短の───本来の道は今、土砂崩れが起きていて通行出来ないのだ」
「え!」
「昨日の雨はかなり強かったからな」
そう言われて思い出す。
昨日、マイルズ様がまだ式場に来ていないと従業員に言われた時……
───我々もこの雨ですし、土砂崩れなどの事故が起きていないか確認しましたが、ここまでの道ではそういった話は入って来ておりません
(“ここまでの道”とわざわざ言っていたのは、そういうことだったのね……?)
あれは式場までの道中には問題ないけれど、その他の場所では災害が起きているという意味……
「幸い、今日はよく晴れているが、場所によってはかなり大規模に起きているらしいので、復帰までに時間はかかりそうだ」
「そうですか……」
「それに、また天気が崩れれば更に時間はかかるだろう」
侯爵様はそう言った。
「そういうことだから、ジョエル。しっかり耐えろ」
「……ぅぐっ」
頑張ってジョエル様!
私は心の中で彼を励ます。
(それより、また天気が崩れたら……か)
そうなれば、今、災害に巻き込まれている人たちは、きっと大変ね────
私はぼんやりとそんなことを考えながら馬車の窓から空を見上げた。
✤✤✤✤✤
……その頃、とある場所では─────
「ねぇ、マイルズ様……」
「……」
「マイルズ様ったら! 聞いているの!?」
「…………あ!」
目の前の彼───私の妹、セアラの婚約者、マイルズ・パターソン伯爵令息は私の声にやっと反応してくれた。
「ご、ごめん。考えごとをしていた」
「……考えごと?」
ヘラッとした笑顔を見せる彼。
(もう!! こっちはいったい何度呼びかけたと思っているのかしら!)
こんな時なのに呑気すぎるわ!!
「えっと、それで何かな? シビル嬢?」
「何かなって……」
(言わなくても分かるでしょう!? どうしてこんなに察しが悪いのよ?)
私は苛立つ。
……おかしいわ。
セアラといる時の彼、マイルズ様はもっと素敵に見えたのに……
なんだか今は、
(とても頼りなく見える……)
どうして……?
どうしてなの……? こんなはずじゃ……
私はギュッと両拳をスカートの上で握りしめた。
✤✤✤✤✤
それから、私たちを乗せた馬車は無事にギルモア侯爵家へと到着した。
屋敷の前に立った私は思わず息を呑んだ息を呑んだ。
(……ひ、広…………い!)
ギルモア侯爵邸とワイアット伯爵邸の違いに驚愕する。
嫁ぐ予定だったパターソン伯爵家はあまりワイアット伯爵邸と変わらなかったから油断していた。
(世界が違う!)
え? 私、大丈夫?
こ、こんなに大きな家で暮らしていくの!?
ダラダラと内心で汗を流していたら、隣のジョエル様が無言で私の顔を覗き込んで来る。
(ひぇっ!?)
「……どうした? 手が震えている」
「え? あ……」
そう言われて馬車から降りた今もジョエル様と手を繋いだままだったことに気付いた。
私は慌てて手を離そうとした。
しかし……
「別にそんな固く緊張するような家ではない──行くぞ」
「あ……!」
そう言ってジョエル様は私と手を繋いだまま、ずんずんと屋敷の中へと入って行く。
「ちょっ、ジョ、ジョエル様ーー!?」
(手! 手、手ーーーー!)
「…………ジョエル。馬車から解放されたから途端に元気になったな……」
ジョエル様に引きずられる勢いで引っ張られていく私を見て侯爵様はそんなことを言いながら、ウンウンと頷いていた。
(すっごい見られている……)
ジョエル様に半分引きずられてギルモア侯爵邸の中に入ると、一斉に侯爵家の使用人たちの視線を浴びた。
──坊ちゃん……
──若君……
──あの令嬢は?
──引きずってるぞ!?
──い、生きているか?
(一応、生きてます……)
とにかく、色々な視線と声が聞こえて来た。
しかし、よくよく考えれば驚かれるのも当然。
昨日、婚約者に裏切られたことが発覚したばかりのジョエル様が、当主の父親と相手方の家に乗り込んで話をつけに行ったはずなのに、なぜか婚約者とも違う女性を連れ帰ってきて引きずっている……
(…………私が使用人なら意味が分からない!!)
ただ……
何かしらね。
これ……
───ジョエル様、ご乱心!?
と言った驚きではなく……
───うちのジョエル様、またなんかやらかしてる!
みたいな雰囲気を感じるわ?
「……? どうかしたか?」
「い、いえ……」
私は小さく首を振る。
「ならいい。こっちだ」
「は、はい……」
そう返事をしたものの。
(いったい私はこの方に引きずられながら、どこに向かっているのだろう────……)
こうして、私の前途多難(?)な新しい生活が開始しようとしていた。
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