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13. 嫁の心得
(ん~~ふっかふか! 気持ちいい~)
自分でもびっくりするくらい気持ちよく眠れた翌朝。
私はジョエル様の用意してくれた最高級のふっかふかのベッドに癒されながら目を覚ました。
「……朝」
まさかこんな気持ちで目が覚めるなんて。
昨日の朝に起きた時は想像もしていなかった。
「このふっかふか最高。本当に人をダメにしてしまう……」
なんて恐ろしい物をジョエル様は用意してくれたのか。
これでこの部屋は日当たりがいいだなんて……
(この先、ぐでぐでになった私の姿が想像出来るわ!!)
「でも、夢みたい……」
私はゴロゴロしながらポツリと呟く。
起きてしまった事実は消えない。
それでも今、落ち込むどころか心が軽くなっているのは、ジョエル様──ギルモア侯爵家の人たちのおかげだ。
(ありがとうございます……ジョエル様)
私は隣の部屋の壁に向かって心の中でお礼を言った。
その後、侯爵家の使用人がきっちり時間に起こしに来てくれて朝の支度を終えた私は、朝の食事のための部屋へと向かった。
(侯爵家の使用人たちも事情を聞いているでしょうに……)
一昨日や昨日のワイアット伯爵家の使用人たちとは違って、必要以上に腫れ物に触れる……みたいな扱いはされなかった。
きちんと“ジョエル様の新しい婚約者”として丁寧に接してくれる。
けれど少し、目線があたたかく感じたのは……
(ジョエル様に屋敷内をズルズルと引きずられていたせいかしらね……)
そう思ったら、ふふっと笑みがこぼれた。
「おはようございます……」
「ああ、セアラさん。おはよう。ジョエルの用意した寝具で昨夜は気持ちよく眠れたかしら?」
真っ先に私に声をかけてくれたのは侯爵夫人。
私は微笑みながら答える。
「はい! おかげさまで朝までぐっすりでした」
「それは良かったわ。ジョエルもその話を聞いたら喜ぶでしょうね」
侯爵夫人も嬉しそうに笑い返す。
(……ん?)
だけど、その言葉に私は首を傾げた。
───ジョエル様がその話を聞いたら?
侯爵夫人は確かに今、そう言った。
けれど……
(なんでそんな言い方? ジョエル様は、すでにすぐそこの席に着いていらっしゃるわよね?)
私はチラッと横目でもう席に着いているジョエル様のことを見た。
なぜかずっと一点を見つめていて微動だにしていないけれど、今の私たちの会話は聞こえていたはずだ。
(……?)
「あの? ジョエル様はもうあちらに……」
いらしてますよね?
そう言いたかったけれど、侯爵夫人は私の言葉を遮って首を横に振る。
それも、何だか表情が険しい。
「いいえ、セアラさん。あれはね、ジョエルであってジョエルではないのよ」
「は、い?」
(……ジョエル様であってジョエル様ではない?)
意味が分からず目をパチパチと瞬かせると、侯爵夫人はジョエル様を見ながら盛大なため息を吐いた。
「セアラさん……よーく目を凝らしてジョエルの隣をご覧なさい?」
「えっと、侯爵様が座られています」
私は見たまんまのことを素直に答える。
ジョエル様の隣には父親の侯爵様がすでに座られている。
(ん? 侯爵様もジョエル様と同じ様子で一点を見つめたまま……?)
「そうね……何か気付くことはない?」
「……」
私はコホンッと軽く咳払いをしてから、そっと口を開く。
「えっと? …………お二人が同じ姿勢で……固まって…………います?」
「そう!」
笑顔でパンッと手を叩く侯爵夫人。
「───その通りなのよ! よく気付いたわね。セアラさん!」
「は、はぁ……」
(いや、あの二人……体勢からシルエットまでそっくり……)
「いいこと? あの二人はね? 今、起きているように見せかけて実はまだ半分以上が夢の中なのよ!」
「ゆ……!?」
夢の中!?
私は慌ててもう一度、二人に視線を向ける。
(確かに───二人共、さっきから全く動いていない!)
二人は今もただじっと一点を見つめている。
(こ、怖い……)
「困ったことに夫もジョエルも昔からとっても寝起きが悪くてねぇ……毎朝、覚醒するまではあんな感じなのよ」
「か、覚醒するまで……?」
それは、動き出すまではまだ時間がかかるということ?
「そういうわけで、セアラさん」
「は、はい!」
「あれは無害な置物だとでも思って、私たちは先に朝食を済ませてしまいましょう」
「え!」
侯爵夫人はそう言ってさっさと席に座る。
そして、使用人に合図を出した。
「さあ、セアラさんもそちらに座って?」
「は、はい……」
言われた通りに私が着席すると朝食がどんどん運ばれて来る。
「……」
(ジョエル様も侯爵様も、朝食が運ばれて来ているのに微動だにしない!!)
「本当に、さ、先に食べてしまってもよろしいのでしょうか?」
「勿論よ。だって、二人が覚醒するのを待っていたら午前中が潰れてしまうもの。そんなの時間が勿体ないでしょう?」
ホホホッと侯爵夫人は笑い飛ばす。
そして笑い終えると真面目な顔つきになって言った。
「いいこと? セアラさん。これがギルモア侯爵家の嫁の心得!」
「よ、よめの……こころえ……ですか?」
「そうよ───朝の夫は置物と思え! ギルモア侯爵家の嫁となるあなたは、まずこの光景に慣れること。ここからがスタートよ」
「は、はい!」
私はピンッと背筋を伸ばしてそう返事をした。
返事をした……けれど……
朝の夫は置物と思え───それが、よめ……嫁の、心得……?
え? 嫁の心得ってこういうことだったっけ……?
私が聞いたのはもっと……こう……
「……」
とりあえず───思っていたのと全然違う! ということだけは分かった。
そして結局、半分夢の世界にいたというジョエル様と侯爵様が覚醒したのは、私と夫人の朝食が半分ほど終わった頃だった。
「───す、すまない」
「え? 何がでしょうか?」
どうにか朝食を終え、それぞれ自分の部屋へと戻る私たちは並んで廊下を歩いている。
すると、なぜかジョエル様が突然頭を下げてきた。
「朝から……その、驚いただろう?」
「え……あ!」
置物になっていたことを言っているのだと分かった。
「驚き……はしましたが、朝が弱いのは仕方がないことですよ?」
「……」
私はそう答えたけれど、片眉がピクッと動いたのでジョエル様は何だか納得がいっていない様子。
「ジョエル様? どうかしましたか?」
「…………昨夜」
私が訊ねるとジョエル様はポツリと語り始めた。
「実は、なかなか……寝付けなかった……んだ」
「え?」
「普段はそんなことはなく……ぐっすり眠れる、のだが」
「そうだったんですか」
「ああ。そのせいもあってか、今朝は一段と目覚めが悪かった……」
どうやら、もともと悪い寝起きが今日はさらに悪かったらしい。
ジョエル様はそこでピタッと足を止める。
「ジョエル様?」
私も足を止める。
足を止めたジョエル様はじっと自分の掌を見つめていた。
「やはり眠れなかった原因は……」
「え? 眠れなかった原因の心当たりがあるのですか?」
「ああ」
ジョエル様は力強く頷く。
よほどの確信を持っているに違いない。
「これしかないと……思っている」
「……!」
(普段は安眠の人を不眠にしてしまうほどの原因とは……いったい何なの?)
私は静かにジョエル様の次の言葉を待った。
「────あの昼間の体温上昇のせいだ!」
「たい……」
(……熱のことね!?)
「慣れないことが起きて身体が驚いた……に違いない」
(うーん……)
それを聞いて私は思った。
というより、具合が悪かったのでは……?
だって、青くなったり赤くなったりと顔色は忙しそうだった。
でも、ジョエル様はあれを頑なに熱だと認めないものだから、医者を呼ぶこともなかったようだし。
(……今も具合が悪かったとは認めたくなさそうね)
それなら、私に言えるのはこれくらい。
「あまりにも続くようなら一度、お医者様を呼んだ方がいいかもしれませんよ?」
「…………そうだな」
「そうしてください」
「……ああ」
「……」
「……」
そこから部屋までの残りの間は無言の時間だったけれど、不思議と気まずさはなかった。
───
こうして、私の新たな生活が本格的に始まった。
(……侯爵様はゆっくり休めばいい、と言ってくれたけれど───……)
「そういうわけにもいかないわよね? 慰謝料請求の準備をしなくちゃいけないもの」
まず、私が請求する先はマイルズ様の───パターソン伯爵家にだ。
唯一の後継だった嫡男のマイルズ様が居なくなったことで大変だろうけれど、そんなことは私の知ったことじゃない。
「伯爵家、そして今後マイルズ様の行方が分かったらマイルズ様にも請求させてもらうから───……」
そこまで言いかけて、二人は何処に行ったのだろう? と思った。
「どちらかの領地? でも、そんなのすぐに見つかってしまうだろうし……」
さすがにそれは安易すぎる。
あっという間に見つかって連れ戻されるだろう。
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自分でそう口にしながら、でも……難しいわねとも思った。
「もし、お姉様が当初はそのつもりだったとしても……」
私は頭の中で地図を思い浮かべる。
昨日、ギルモア侯爵邸に向かう最短ルートの道は土砂崩れが起きていたと侯爵様は言っていた。
「おじい様やおばあ様を頼ろうとした場合に通る道は、土砂災害が起きているというあの道を通らなくてはならないもの───……」
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