4 / 30
4. まるで別人のよう
しおりを挟む「それで? エドワード殿はどうだったんだ?」
帰宅した私にお父様が待ってましたと言わんばかりに訊ねてきた。
「身体中、包帯だらけではありましたが……意識もはっきりしていました。思っていたよりも元気そうで……」
だけど、記憶喪失になってしまっていた。その事を思い出して私の顔が曇る。
「その割には浮かない顔だな。それで? 覚悟してから来てくれとは何だったんだ?」
「……」
「さっきからのその顔。良くない話なんだな?」
私の顔色からお父様はそう判断したらしい。
「エドワード様は……記憶喪失になっていました」
「なに?」
「事故で強く頭を打ったらしく……記憶が無いそうです。ご自分の事も、家族の事も、もちろん、私の事も覚えていませんでした」
「……覚悟とはそういう事だったのか」
お父様が頭を抱える。
「……それで? アリーチェはどうするんだ」
「どう、とは?」
「エドワード殿との婚約だ。お前は忘れられたまま彼との婚約を続けられるのか?」
ビクッ
その言葉に身体が震えた。
「わ、忘れられたから見捨てろと?」
「だが、お前もショックだろう? なんと言ってもお前は昔から一途にエドワード殿を追いかけていたからな」
「……」
「最近のエドワード殿の態度もどこか様子がおかしかったし、お前がどうしても嫌だと言うのなら婚約は……」
──婚約破棄? それは嫌!
「いえ……お父様、私、エドワード様に頼まれているのです!」
「頼まれた? 何をだ」
「今日、エドワード様に少し昔の話をさせていただいたのですが、また話が聞きたいのでこれからも来て欲しい、と」
「昔の話を?」
「はい。ですから、伯爵家にしばらく通っても良いですか? 彼の婚約者として」
お父様は少し悩んだ顔を見せたけれど「お前がいいなら好きにしろ」と言ってくれた。
*****
「こんにちは、エドワード様」
「今日も来てくれてありがとう、アリーチェ」
「!!」
翌日、私が再び伯爵家を訪ねるとエドワード様はそれはそれはとても眩しい笑顔で私を迎えてくれた。
「体調に変わりはないですか?」
「特別、変わったことは無いかな。でも、そろそろ動きたい」
「それはー……まだ早いと思います!」
「……」
「……ふっ」
エドワード様が拗ねた子供みたいな顔をしたので可笑しくて思わず笑ってしまった。
「なんで笑うかなー」
「いえいえ、だってエドワード様の顔中から不満が伝わって来たんですもの」
「だからってさー……」
そこまで言ったエドワード様が突然黙ると、じっと私を見た。
「ど、どうされました?」
「……昨日も思ったけど、アリーチェは笑顔が可愛いね」
「!?」
エドワード様が、おかしな事を言い出した!
そして突拍子のない事を口走った本人は私を見つめながらほんのり頬を赤く染めている!
(誰よこれ……いえ、エドワード様なんだけれども!)
頭でも打った……? って打ったからこうなっていて……えぇぇ?
私の脳内が軽いパニックに陥っている。
「な、な、何をおっしゃって……」
「本当に思った事を口にしただけなんだけどな? あ、もしかして記憶を失くす前の俺は口下手だった?」
「……っ」
口下手どころか……無口です! 無愛想です! 素っ気なかったです!!
そんな私の反応で何かを悟ったらしいエドワード様は申し訳なさそうな顔をして言った。
「そうか。きっと内心で可愛いと思っていても照れて言えなかったんだな」
「照れ!?」
全く想像出来ない言葉が飛び出した。
「うーん。自分の事ではあるわけだけど駄目だ……情けない!」
「え、いや……それ自分で言います?」
エドワード様は恐ろしいぐらい前向きに捉えていた。
「とにかく、だ。記憶を失くす前の俺はアリーチェを大事に出来ていなさそう、という事か。そうかそうか……」
「……エ、エドワード様……?」
エドワード様は一人で結論を出してはウンウンと納得し、どんどん話を進めている。
「よし! アリーチェ。今日は君の事を教えて?」
「わ、私の事ですか?」
「自分の事も知りたいけど、今はアリーチェ、君の事が知りたい」
「!」
ほ、本当にこの人はエドワード様なの?
そう疑いたくなるくらい、今の彼は別人となっていた。
私が自分の趣味──刺繍が好きなのだと口にした時、エドワード様が突然「あぁ! だからか」と何かに納得した様子を見せた。
「だから?」
「あぁ、うん。実は事故にあった時、俺のポケットにはある物が入っていたらしくて」
「ある物ですか?」
そう言ってエドワード様が、ベッドサイドの机の引き出しからゴソゴソ取り出した物は1枚のハンカチ。
「これは……」
見覚えがある。私が刺繍を習い始めた頃にエドワード様の名前を刺繍したハンカチ。
まだ、婚約者となる前。
態度が変わってしまう前のエドワード様に半ば無理やり渡したハンカチだ。
─────……
『まだ、下手だけどエドワード様のお名前を入れてみたの!』
私は緊張し過ぎて震えそうになる手をどうにか誤魔化しながらエドワード様にハンカチを差し出した。
ドキドキしながら反応を待っていたら、
『……それ、間接的に俺に貰えって言ってるように聞こえるんだけど?』
『!』
エドワード様があまり嫌がっているようには見えなかったので私は強引に行くことにした。
『そうよ! だから貰って?』
『待て! ……お前なんか図々しくないか!?』
『気のせいです!』
エドワード様は少しツンツンした言い方だったけれど、結局、最後は受け取ってくれた。
─────……
「あの時の……」
「やっぱり、アリーチェが刺繍した物だったんだね」
エドワード様が嬉しそうにハンカチを広げて私が頑張って名前を入れた刺繍部分を眺めている。
「そ、それ、本当に刺繍を習い始めた時のもので下手で……」
「そんな事ないよ、一生懸命さが伝わって来るし、何より愛がこもってる感じがする」
「あ……い」
その言葉に動揺してしまう。
確かにひと針ひと針エドワード様への想いは込めた。
「きっと貰った時の俺も嬉しかったんだろうね」
「!」
「だって、最近貰った物でもないのにポケットに入れていたんだからさ」
「……」
偶然……なのでは?
そんな言葉が喉まで出かかった。
「アリーチェ? 何でそんな変な顔をしているの?」
「い、いえ。エドワード様がそれを未だに持っていてくれているとは思っていなかったので驚いているのです……」
「そうなの?」
「……はい」
「でも、アリーチェ。他にも刺繍した物を俺に贈っているよね?」
「えぇ、それなりに」
押し付けた……が近いかもしれないけれど。
「だよね」
エドワード様はウンウンと頷きながら、
「おかしいな。何でアリーチェにそんなに伝わってないんだ? それに……」
と、何やら小さな声で何事かを呟いていた。
88
あなたにおすすめの小説
危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました
しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。
自分のことも誰のことも覚えていない。
王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。
聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。
なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。
壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~
志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。
政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。
社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。
ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。
ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。
一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。
リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。
ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。
そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。
王家までも巻き込んだその作戦とは……。
他サイトでも掲載中です。
コメントありがとうございます。
タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。
必ず完結させますので、よろしくお願いします。
今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから
毛蟹
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。
ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。
彼女は別れろ。と、一方的に迫り。
最後には暴言を吐いた。
「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」
洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。
「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」
彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。
ちゃんと、別れ話をしようと。
ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
身代わりの恋だと思っていました〜記憶を失った私に、元婚約者が泣いて縋る理由〜
恋せよ恋
恋愛
「君を愛している。一目惚れだったんだ」
18歳の伯爵令嬢エリカは、9歳年上のリヒャルト伯爵から
情熱的な求婚を受け、幸せの絶頂にいた。
しかし、親族顔合わせの席で運命が狂い出す。
彼の視線の先にいたのは、エリカの伯母であり、
彼の学生時代の恋人で「初めての女性」だった……ミレイユ。
「あの子は私の身代わりでしょう」「私はあなただけなの」
伯母ミレイユの甘い誘惑と、裏切りの密会。
衝撃の事実を目撃したエリカは、階段から転落し、
彼と過ごした愛しくも残酷な二年間の記憶だけを失ってしまう。
「……あの、どちら様でしょうか?」
無垢な瞳で問いかけるエリカに、絶望し泣き崩れるリヒャルト。
裏切った男と、略奪を企てた伯母。
二人に待ち受けるのは、甘い報復と取り返しのつかない後悔だった。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
【短編】記憶を失くした令嬢が、二度目の恋に落ちるまで
夕凪ゆな
恋愛
ある雪の降る日の朝、ヴァロア伯爵家のリディアのもとに、信じられない報せが届いた。
それは、愛する婚約者、ジェイドが遠征先で負傷し、危篤であるという報せだった。
「戻ったら式を挙げよう。君の花嫁姿が、今から楽しみだ」
そう言って、結婚の誓いを残していったジェイドが、今、命を落とそうとしている。
その事実を受け入れることができないリディアは、ジェイドの命を救おうと、禁忌魔法に手を染めた。
あなたの側にいられたら、それだけで
椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。
私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。
傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。
彼は一体誰?
そして私は……?
アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。
_____________________________
私らしい作品になっているかと思います。
ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。
※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります
※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)
夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。
MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。
記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。
旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。
屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。
旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。
記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ?
それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…?
小説家になろう様に掲載済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる