3 / 30
3. 記憶喪失
しおりを挟む「そ、それは記憶喪失、という事ですか?」
そう訊ねる自分の声が震えているのが分かる。
だって、信じられない。
「そういう事になるんだと思う。君の事だけじゃない。家族の事も自分の事も分からない。何も思い出せないんだ」
「そんな……エドワード様……」
私が呆然としていると、横から伯爵様が頭を下げながら言った。
「エドワードは意識を取り戻し目を覚ました時からこうだった……先に説明出来れば良かったんだが……すまない。アリーチェ嬢」
「伯爵様……」
「目を覚ましてまず、ここは何処、自分は誰だ、あなた達は家族ですか? そう言われた」
「お医者様は何とおっしゃっているのですか?」
伯爵様は悲しそうな顔をして首を横に振る。
「事故の際に強く頭を打った事による影響だろう、とだけ。そして記憶が戻るかは……分からないそうだ」
「……」
私がもう一度エドワード様の方を見ると彼は悲しげに微笑んだ。
「ごめんね……えぇと……?」
「アリーチェです」
エドワード様は私の名前も分からず呼べない。
本当に記憶喪失なのだと実感させられた。
「ごめん、アリーチェ」
なんて言葉にしたらいいのか分からない。
私はどうするべきなの?
(いえ。私が変な顔していてはダメよ。だって今、一番不安なのはエドワード様なのだから)
自分の事も分からず、家族の事も分からないなんて、ここに居ても今の彼には不安しかないはず。
「エドワード様」
「アリーチェ?」
私はそっと彼の手を握って安心して欲しくて微笑みを浮かべる。
「何か聞きたい事や、知りたい事があれば何でも聞いて下さい。私達は婚約者である前に幼馴染でもありますから」
「幼馴染……?」
「そうですよ、幼い頃からよく一緒に遊んでいましたから」
「そうなんだ……」
エドワード様が少しホッとしたように笑顔を見せた。
「!」
その笑顔に胸が高鳴る。
エドワード様が私にそんな微笑みを向けてくれるなんていつ以来?
その笑顔はまだ昔……そう。無口で無愛想で素っ気なくなる前のエドワード様を彷彿とさせた。
(そう言えば、会話も成立しているわ)
ここ最近は何を話しても「は?」とか「……」ばかりだったのに。
何だか本当に昔に戻ったみたい。
「なら、お言葉に甘えて少し昔の自分の事を聞いてみてもいいだろうか?」
「えぇ」
最近のエドワード様の事はうまく語れないけれど、昔の事なら語れるわ。
「その前にエドワード様は、今のご自分の事はどのくらい話を聞いているのですか?」
「そこまで詳しくは。名前と家族構成と……」
「なるほど……それでは昔のヤンチャだった頃のあなたの話を……」
「え? ヤンチャ!? いきなりそこなの?」
エドワード様がびっくりしている。
(本当に感情表現も豊かになっているわ)
つられて私もふふっと笑ってしまう。
「黒歴史は早い内に知っておいた方がいいかと思いますよ?」
「……アリーチェ、酷い!」
「ふむ、ヤンチャな話か。アリーチェ嬢、それはぜひ私も聞いてみたい話だな」
「え、伯爵様もですか。本気ですか?」
「あぁ」
何故か伯爵様まで加わろうとしている。
なぜ、そんな興味津々なの。あなたの息子の事ですよ? と言いたい。
「えー……それでは、お話しますね? あれはまだ、私達がー……」
とりあえず、エドワード様の身体に無理が無い範囲で話をする事にした。
「アリーチェ、待って?」
「はい?」
これ以上長居するとエドワード様の身体に負担がかかる可能性がある為、私は話を切り上げてお暇する事になった。
そうして部屋を出て行こうとする私をエドワード様が引き止めるように声をかけた。
「どうされました!?」
もしや、具合でも悪くなってしまったのかと思い慌ててエドワード様に近寄る。
先程の昔話で興奮させ過ぎた自覚もある。
なぜなら、エドワード様は昔の自分のヤンチャっぷりにショックを受けたのか「そんな事を……俺が?」と、頭を抱えていたから。
けれど、エドワード様はそんな私の心配をよそに頬を赤く染めながら笑顔で言った。
「ありがとう、アリーチェ」
「?」
「君の事をすっかり忘れてしまった酷い婚約者なのにこんなに優しくしてくれて」
「え?」
思いがけない言葉をもらって思わず固まった。
「君が俺の婚約者で良かった」
「!」
エドワード様がとても嬉しそうにそう言った。
それは、ずっとずっと婚約者になった時からエドワード様の口から聞きたかった言葉。
なのに私は素直に喜べない。
(違う……私、私は……)
私は不満が爆発してエドワード様に婚約破棄して下さい! なんて口走っていて……
(そうだ、あの発言を否定する事も言い過ぎたと謝る事も出来ないんだ……)
今の記憶の無いエドワード様には何も言えない。
その事を痛感する。
(それに……)
エドワード様はあの日私が帰った後、慌てて何処かに行こうとしていた。
と、お父様は言っていた。
それは、私の婚約破棄発言のせいなのでは?
エドワード様が事故にあう原因を作ったのは私なのでは?
そんな私が、婚約者で良かった。なんて言ってもらえる資格はある?
暗い気持ちがどんどん私の中に生まれていく。
「アリーチェ? どうかした?」
私の表情が翳った事を悟ったエドワード様が心配そうな顔で私を見つめていた。
(ダメ! 今のこの人に心配かけてはいけない!)
私は笑顔で答えた。
「い、いいえ! エドワード様が思っていたよりお元気で安心しただけです」
「記憶はどこかに行ってしまったけどね。でも身体は見た目程じゃないよ? この包帯も大袈裟なんだよ」
頭を打ってるのに何を言う……
「無理はなさらないで下さいね?」
「あぁ、分かってるよ。それでね、アリーチェ。もし、迷惑でなければ……なんだけど」
「はい」
エドワード様の瞳が真剣だったので、目が逸らせずに見つめ合う。
「君に時間がある時で構わないから、また話をしに来てくれると嬉しい」
「エドワード様……」
「駄目だろうか?」
「い、いえ! 駄目では無いです。私でお役に立てるなら」
私の返答にエドワード様はとても嬉しそうな笑顔を見せた。
「ありがとう! 待ってる」
そんな嬉しそうな顔をしてくれるなんて。
私の胸がキュッと痛む。
「で、では。私は本日はこれで失礼しますね。お、お大事になさってください」
「うん」
最近は、全く見る事の無かったエドワード様の笑顔に直面して、動揺しながら私は帰路についた。
98
あなたにおすすめの小説
壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~
志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。
政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。
社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。
ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。
ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。
一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。
リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。
ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。
そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。
王家までも巻き込んだその作戦とは……。
他サイトでも掲載中です。
コメントありがとうございます。
タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。
必ず完結させますので、よろしくお願いします。
危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました
しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。
自分のことも誰のことも覚えていない。
王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。
聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。
なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。
MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。
記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。
旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。
屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。
旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。
記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ?
それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…?
小説家になろう様に掲載済みです。
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
私はあなたを覚えていないので元の関係には戻りません
天宮有
恋愛
伯爵令嬢のアリカは、婚約者のマトスから記憶を失う薬を飲まされてしまう。
アリカはマトスと侯爵令嬢レミザの記憶を失い、それを理由に婚約破棄が決まった。
マトスはレミザを好きになったようで、それを隠すためアリカの記憶を消している。
何も覚えていないアリカが婚約破棄を受け入れると、マトスはレミザと険悪になってしまう。
後悔して元の関係に戻りたいと提案するマトスだが、アリカは公爵令息のロランと婚約したようだ。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから
毛蟹
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。
ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。
彼女は別れろ。と、一方的に迫り。
最後には暴言を吐いた。
「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」
洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。
「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」
彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。
ちゃんと、別れ話をしようと。
ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる