【完結】身代わり令嬢は役目を終えたはずですが? ~あなたが選ぶのは私ではありません~

Rohdea

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1. 没落令嬢の私

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「───では、包帯を外します」

 医者のその一言に、この場に集まった人たちはゴクリと唾を飲み込み、その様子をハラハラした気持ちで見守っていた。
 “私”もその中の一人。
 心の中で必死に祈る。

 ───どうか手術が成功していますように。
 あなたの目が再び、光を取り戻していますように、と。



 今日は、今から約三ヶ月半ほど前に“不慮の事故”で階段から落下し、その後遺症で失明寸前になっていた第二王子の眼の手術が無事に終わり、包帯が外される日だった。
 医者の手によってスルスルと包帯が外されていく。

 その光景を部屋の隅で見守る私、リネットは一人場違いなことを考えていた。
 レジナルド殿下ってこんなかっこいい素顔だったのね、と。
 目元が包帯で覆われていてもその美形なオーラは隠せていなかったけれど、さすが王子様。
 想像していたよりもかっこいい。

 包帯が外れ、ゆっくりとその瞳を開けた殿下の目を医者が入念にチェックを行っている。
 具体的に何をしているのか私にはよく分からないけれど、医者の反応も周囲の反応からいってもどうやら手術は成功したらしい。

(良かった!)

 そんな喜びの思いと同時に生まれるのは……

(これで“私”の役目は終わり……ね)

 そんなちょっと寂しい気持ち。

 約三ヶ月。
 私は“ジュリエッタ”と名乗り、この方の……レジナルド殿下のお傍にいた。
 でも、本物のジュリエッタは“私”ではない────

(私の本当の名はリネットだから)

 私はチラッと殿下の傍に控えている女性に目を向ける。
 心配そうに殿下を見つめるその女性こそ本物の“ジュリエッタ”だ。
 今まで私がいたはずのその場所は、今日からは本物のジュリエッタの居場所となる。



 やがて医者と話を終えた殿下がキョロキョロと目を動かして辺りの物や人を確かめている。
 その様子から本当に目が見えていることが分かった。
 そして暫くして彼は口を開いた。

「えっと……それで。ジュリエッタ……この三ヶ月、ずっと僕のそばにいてくれたメイウェザー子爵令嬢は───」
「───ここにいますわ、レジナルド殿下。私です」

 本物のジュリエッタが綺麗な銀色の髪をなびかせて、これまで私が見たことも聞いたこともないような優しい声と柔らかい微笑みを殿下に向けた。

「……君が?」
「ええ。三ヶ月間、殿下のお世話をさせていただきました、ジュリエッタ・メイウェザーと申します」
「…………そうか、君が。ようやく……君の顔が見れたな」

 小さく笑ってそう嬉しそうに口にするレジナルド殿下。
 そんな彼の笑顔を見て私の胸がチクリと痛んだ。
 殿下のそばで過ごした三ヶ月間が私の脳裏に甦ってきたせいだ。

(落ち着くのよ……私)

 これは最初から決められていたことでしょう?
 私が“ジュリエッタ”として過ごすのは殿下の視力が回復するまで。
 その後は本物のジュリエッタに交代する……


 だから、身代わり令嬢だった私の役目は……これでおしまい。



❈❈❈❈



 私の名前はリネット。
 元は伯爵家の令嬢だったけれど、十年ほど前に両親が相次いで亡くなってしまい没落。
 他に身寄りがなかった私は唯一の血縁、叔父夫婦のメイウェザー子爵家に引き取られることに。
 そのメイウェザー子爵家には私と同い年の令嬢(つまり、いとこ)のジュリエッタがいた。
 母親同士が双子の姉妹だった……そんなことから私とジュリエッタはまるで双子のようにそっくり。
 そして、これが一番厄介で……
 私の家とメイウェザー子爵家の仲は……最高に悪かった。


 私、リネットはメイウェザー子爵家に引き取られたものの彼らは厄介者の私を令嬢ではなく、使用人の一人として育てることにした。
 メイウェザー子爵家はあまり裕福ではなかったので、ちょうどいい便利な子供が手に入った。
 そんな気持ちだったらしい。
 そして、仲の悪かった両親に倣い、ジュリエッタは当然のように私のことを昔から酷く嫌っていた。

 ───そんな人たちの中で使用人として暮らすことになればどうなるのか……子供だった私にも簡単に想像がついた。

 バシャーーッ
 その日も床を磨いていたら頭上から大量の水が降って来た。

「……」
「あーら、ごめんなさい?  こんな所に大きな汚れがあると思って流そうと思ったら、まさかのリネットだったのねぇ?  全然気付かなかったわ~」
「……」
「リネットも悪いのよ~?  そんな所でしゃがみ込んでいるんですもの~」

 ジュリエッタはクスクスと楽しそうに笑っている。
 私は小さなため息をこっそり吐いてそのまま掃除を続ける。

「は?  ちょっと無視するわけ?  生意気なんだけど?」
「……」
「何か言いなさいよ!  いっつもいっつも黙りばっかりで、リネットは口が無いわけ?」
「……」

 ジュリエッタが床掃除を続ける私の進路を足で塞ぎながらキャンキャン喚いていた。

(うーん、そこに立たれると邪魔なのよね……)

 私はこれを無理やり乗り越えたらジュリエッタはますます怒るし……早くどいてくれないかしら?  と呑気なことを考えていた。

「また無視?  ふざけないでよ!  聞いてるの?  リネット!!  何か言いなさいよ!」
「……」

 ジュリエッタは時々、いや常に?  こうして無茶を言う。

 顔が似ているのが腹が立つ。
 そう言って私に寄越したのは表情が分からなくなるくらいの分厚い眼鏡。

 髪色が同じなのが腹が立つ。
 そう言って銀色の髪は黒色に染められた。今も定期的に染め直す必要がある。

 声が似ているのが腹が立つ。
 だから、私(ジュリエッタ)の前では喋るなと厳命された。

 それなのに何か言えとは?  矛盾が酷い。
 ジュリエッタの要求は本当に昔から無茶が多いので私は困り果てていた。
 私は顔を上げてじっとジュリエッタを見つめる。
 分厚い眼鏡のせいで私たちの目がしっかり目が合うことはない。

「……」
「……」

 沈黙が続き、耐えられなくなったジュリエッタがやっぱり怒り出す。

「あぁ、もう!!  その分厚い眼鏡のせいで何を考えているのか分からないのが本当に不気味だわ!!  気味が悪いったらないわ!  近寄らないで頂戴!」
「……」

 ジュリエッタはそう言ってまたしても矛盾を含んだ理不尽な言葉を言い残すと、怒り心頭の様子で部屋へと戻っていく。
 ジュリエッタに対しては下手に言い返さない。
 これが長年のここでの暮らしで私が学んだこと。

(良かった、どいてくれたわ!)

 水を吸った服が重いのが多少気にはなったけど、掃除をサボるともっと面倒な人たちが現れてネチネチ攻撃が開始してしまうので私は床磨きを再開することにした。

(お湯でなかっただけマシだと思わなくちゃ!)

 だって、本当にジュリエッタの機嫌が悪い時はポットが飛んで来る。

 元令嬢だった頃の記憶なんて、もう遥か彼方。
 これからもこのまま、メイウェザー子爵家の中で理不尽な扱いを受けながら淡々とした日々を過ごしていく。


 そう思っていた。
 我が国の第二王子が不慮の事故で階段から落下するという事件が起きるまでは。

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