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第1話 婚約者となった王子との対面
しおりを挟む──今、私は何が何でも絶対に失敗出来ない状況にいた。
「君がエリザベス・マクチュール侯爵令嬢か」
「……初めてお目にかかれて嬉しく思います。マクチュール侯爵の娘、エリザベスでございます」
油断すると震えそうになる足を叱咤しながら、どうにか受け答える。
「怪我を負ってしばらく療養していたと聞いたが……もう大丈夫なのか?」
「……おかげさまで無事に完治しました。その節はご心配をお掛け致しました」
今、私の目の前にはキラキラの金髪と碧い目の麗しい王子様がいる。
(まさか、私がこうして王子様と向かい合う事になるなんてね)
こんな事、数ヶ月前の自分に想像出来ただろうか?
これまでの人生で全く縁の無かった豪華なドレスを纏って、我が国の王子様の前で跪く自分の姿を。
「君は俺の婚約者に選ばれた」
「……とても光栄な事です。父も……マクチュール侯爵家も大変喜ばしい事だと……」
「そうか。だが君は、どこか不満そうだな」
殿下が私の言葉にかぶせるように言う。
「……えっ? ……ま、まさかそんな事はありません! わ、私もとても嬉しく思っております」
──しまった! 一瞬反応が出遅れてしまった!
それに、図星を指されたせいで動揺が声に出てしまったわ……
(まずいわ。バレてしまう……?)
だから、嫌だし無理だと言ったのに。一切聞き入れて貰えなかった。
このままマクチュール侯爵家と共に私の人生も終わりを迎えるのかしら。
「ははは、マクチュール侯爵令嬢は、これまで聞こえて来た噂とは随分違うようだ」
「!」
「噂とは当てにならないな」
内心で冷や汗をダラダラ流しまくる私の前で王子様……セオドア殿下は意外にも笑顔を見せた。
(噂って……)
「だが、覚えておいてくれ。君との婚約は政略結婚。周りが煩いから仕方なく決断したまで。その事を決して忘れないで欲しい」
「…………はい」
──つまり、こう言いたいのよね?
“俺の愛は期待するな”“でしゃばるな”“将来の王太子妃という立場はくれてやるのだから大人しくしておけ”
──と。
目の前の殿下からは、“私”を愛するつもりは無い! という空気だけが伝わって来る。
(知っていたわ……だけど、むしろそうでなくては困るから丁度いい)
「……本当に意外なほど大人しいな。ここまで言ったらもっと怒り狂うと思ったのだが」
「ま、まさか、そんな事しませんわ」
慌てて否定するも信じてもらえる気がしないのは何故だろう……
「あぁ、侯爵に大人しく振る舞えとでも言い含められて来たか。侯爵家としても破談になったら困る話だろうからな」
「……」
(ちょっと違うけれど概ね当たっているわね)
でも残念ね、王子様。私が命じられているのは、大人しく振る舞え……では無いわ。
───余計な事は一切喋るな、よ。
「まぁ、いい。噂がなんであろうと、どんなに不満を抱こうとも君との婚約はもう決定事項となっている」
「……」
目の前の王子様は、まるで自分に言い聞かすように言った。
(この婚約……本当は殿下も物凄く不服なのでしょうね……申し訳ないわ)
「……マクチュール侯爵令嬢」
「はい」
「もっと顔を上げて、しっかり顔を見せてくれ」
その言葉にドキッと胸が跳ねた。
「……はい」
(ここまでは何とか大丈夫だった……問題はこの後……顔を見られた後の反応よ)
大丈夫。セオドア殿下とエリザベスは、これまで直接顔を合わせた事は無い。
この王子様は絵姿と釣書だけで婚約者を選んだ。
(と、聞いている)
───だから、バレない。バレることは無い。大丈夫……
私は自分にそう言い聞かせてそっと、顔を上げた。
そして、王子様───セオドア殿下と目が合った。
「っ!」
噂通りのかっこいい方だわ……
昔、読んでもらった絵本に出て来た王子様を思い出した。
(……て、本物の王子様だったわ)
「っ! …………君は。いや……」
「?」
私が殿下の姿に見とれていると、反対に私の顔を見たセオドア殿下は信じられないものを見たと言わんばかりに驚いた顔をしていた。
(こ、この反応はどういう事かしら……まさか本当にバレてしまったのでは……?)
正直、何もかもバレてしまった結果として侯爵家がどうなろうと、ちっとも気にならないけれど、自分の首が飛ぶ姿を想像するとさすがに血の気が引いた。
そう。全てがバレてしまったら間違いなく私の首は飛ぶだろう。
私は、私の名前はエリザベス・マクチュール侯爵令嬢なんかではない。
本当の名前は……ライザ。
マクチュール侯爵家の血は入っているらしいけれど、少し前まで貴族令嬢でも何でもない単なる平民だった。
もちろん、自分に侯爵家の血が入っている事も知らなかった。
(正直、私としては半信半疑だったけれど、私とエリザベスの容姿はとても似ているらしい……だからここに来る羽目になったのよ……)
そんな私は今、この度、セオドア殿下の婚約者に選ばれたと言う私とは違う生粋の侯爵令嬢の“エリザベス・マクチュール”の振りをしてここにやって来た。
(あれもこれもそれも……エリザベスが失踪なんてするから……)
つまり、私はこれまで一度も会ったことの無い異母姉──エリザベスの代わりとしてここに来た、すなわち身代わり令嬢なのだ──……
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