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第2話 突然やって来て父親だと名乗った人
しおりを挟む私はずっとお母さんと二人暮しだった。
お父さんはいない。
物心ついた時からいないから、そういうものだとばかり思っていた。
いない事が当たり前で寂しいという感情すらもわかない。
それでも、子供の頃一度だけお母さんに訊ねた事がある。
「お父さんってどんな人?」
この時のお母さんは悲しそうな顔で微笑みながら言った。
「……立派な人よ」
子供心に、あぁ、これは聞いてはいけない事だったのだと悟った。
その後、私がお母さんに“お父さん”の話を聞く事は二度と無かった。
──なのに。
「……ルイーゼが亡くなったと聞いた」
「えっと、失礼ですが母の知り合い……でしょうか?」
ここ数年、病気を患っていたお母さんが亡くなって数日後。
その日、突然訪ねて来たとても身なりの良さそうな紳士は不躾にそう言った。
「……知り合い、か。まぁ、そう言えなくもないな」
「そうですか」
正直、いけ好かないタイプの人だわ……そう思った。
もちろん、口には出さないけれど。
「君はルイーゼの娘……だな」
「はい」
「……そうか、あの時の。これはまたよく似ている。想像以上だ。これならしばらくは誤魔化せるに違いない。あぁ、訪ねて来て正解だったな」
「あの……?」
どこか私を舐め回すような視線を送った後、何やらブツブツと呟くこの方がちょっと気持ち悪い……そう思ってしまった。
「あぁ、すまない。単刀直入に言うよ」
「はぁ……」
「私は君の父親だ」
「……はい?」
ポカンとしてしまった。
目の前のこの方は今なんと言った……??
「訳あって君の母親──ルイーゼとは結婚出来なかったが……間違いない君は私の娘だ」
「……」
何の冗談かしら?
お母さんが亡くなってこれから一人で生きて行かなくては!
と、決意したばかりの私に向かって。
「何かの間違いではありませんか?」
「間違いなどでは無い! その白金の髪……そして何よりそのアンバーの瞳! どうだ? 私と同じだろう?」
「あ……」
確かに目の前の男性の髪色と私の瞳の色は同じだった。
「何より君は私の娘にそっくりだ」
「……え」
娘? つまりこの方は……そしてお母さんは……
(そっか。だからあの時、お母さんはあんな悲しそうな顔をしたのね)
「君も母親を亡くして大変だし辛いだろう? だから、君を我が家に娘として迎え入れようと思う。今日は君を迎えに来たんだ」
「え?」
突然、何を言っているの?
「いえ、無理です、お断りします」
「何を躊躇うんだ? 私は侯爵だ。君は貴族の令嬢になれるんだぞ、嬉しいだろう?」
「こ、侯爵!?」
ムリムリムリ!
身なりの良さそうな紳士だと思っていたけれど、貴族! それも、侯爵って!
「お気持ちは有難いですが……本当に無理です。私はこのままここで生きて行きます」
幸い私はお仕事もしている。残念ながら収入は微々たるものだけれども。
特にここ数年は、病気のお母さんの薬代に消えていたから、確かに苦しくはあるけど街の人達も優しいし、このままでもこの先は自分一人だけなら生きていける。
(何より突然現れた父親だと名乗るこの人が何一つ信用出来ない……)
私がそう言って首を横に振ると、父親……らしき人はため息を吐いた。
「そうか。そんなに言うのなら……」
──仕方ない、諦めよう。
そう言ってくれると思ったのに……
「無理やりにでも連れて行くしかないか」
──え!?
「逆らえると思うな。一応、私の娘ではあるがお前みたいな、たかが平民の娘。私の力でどうとでも出来るんだぞ?」
「……!?」
「どうしてもお前には我が家に来てもらわねばならん!」
「そ、そんな……」
「口答えはするな! さぁ、つべこべ文句を言わずについて来るんだ!!」
「痛っ……」
腕を捕まれ、無理やり馬車へと連れて行かれる。
(ひ、酷い……! 横暴だわ)
──こうして、私は身一つで無理やり侯爵家へと連れていかれる事となった。
せめて荷物だけでも持たせてと懇願したけれど、
「お前はこれから貴族の令嬢になろうと言うのだから、ここにある物達はもう要らないだろう!?」
そう言われて殆ど持ち出す事は叶わなかった。
持ち出せたのは、普段から肌身離さず持ち歩いていたとある物と、同じく常に身に付けていたお母さんの形見だけ──
(せめて、これらは見つからないようにしないと……)
そして、微塵も愛着が湧かないこの父親と名乗る男が、一度として私の名前を聞く事も呼ぶ事も無かったと気付いたのは、無理やり乗せられた馬車の中での事だった。
父親……は娘がいると言っていた。
つまり、侯爵家には正妻とその娘(おそらく私にとって異母姉妹)がいるのだろう。
(彼らが突然現れた私を温かく迎えてくれるはずが無い……!)
そう思うだけで身体が震えた。
私はどうなってしまうの?
何故、今更……18年も前に生まれた娘を探し出して連れて行こうとするのだろう?
その疑問は侯爵家についてから明らかになった。
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