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第26話 侯爵家は破滅の道へ
しおりを挟む「ラ、ライザ……! あぁ、私とルルの娘……」
膝から崩れ落ちた侯爵が、初めて私の名前を呼びながら手を伸ばして来た。
今更、私の名前を呼んで娘として扱おうとするつもりなのかと思うとゾッとする。
(この人はどこまで身勝手なんだろう)
「近寄らないで下さい。私はあなたを父親だと思った事は一度もありません」
「なっ!」
「私の名前は、ライザ・デ・リーチザクラウです。あなたとは一切無関係の人間です」
「ライザ……!」
それでも、侯爵は私に手を伸ばそうとする。
「気安く名前を呼ばないでくれますか? あなたが忘れていても私はあなたにされた事を決して忘れてはいません」
「……」
侯爵は伸ばしかけていた手を力無く下ろす。
もはや、何かを口にする気力も無いみたいだった。
そんな私の言葉に、
「マクチュール侯爵は隣国の王女を敵に回したぞ……!」
「待て。そもそも、我が国の王族も敵に回していないか?」
「マクチュール侯爵家も終わったな」
そう囁き合う声があちらこちらから聞こえて来る。
「ライザ」
「セオドア様?」
「侯爵家はもう終わりだな」
「えぇ」
私達がそう頷き合った時、まだまだ諦めの悪い人──エリザベスがヒステリックな声を上げた。
「どういう事よ! 王女って何なのよ!? しかも身代わりですって? お父様は本当は私ではなくあんたを望んでたと言うの!?」
「……」
「そしてお母様も私も身代わりだった!? ふざけないで!」
「ふざけてなどいません」
「いえ待って? そうよ! あんたも身代わりのはずよ、ライザ! 殿下には初恋の人の噂があったじゃないの……!」
エリザベスは急に思い出したのかそんな事を言い出した。
その言葉に会場内からも「そう言えば……」なんて声もチラチラ上がる。
「エリザベスは本当にこっちの言った事を理解しないんだな。俺は昔も今もライザだけを想ってる、そう口にしたはずなのにな。何故それで初恋の相手がライザなのだと結びつかないんだ?」
殿下が呆れた口調でそう言った。同感だった。
きっとエリザベスは見たくないものは見えない。聞きたくないものは聞こえない。そんな便利な頭をしているに違いない。
「まぁ、いい。これもいい機会だ。この際、皆の前でそれもはっきりさせておこう」
殿下はそう言うと皆の前に立ち、声を張り上げた。
「巷で噂になっていた、俺の忘れられなかった初恋の相手……それはライザだ!」
その発言に会場内が再びザワザワし始める。
まさか、そんな偶然があるわけない……そんな声ばかりが飛び交う。
(本当に……そう思うわよね……)
「ライザ。手鏡を出して?」
「え? は、はい」
私は殿下に言われて忍ばせていた手鏡を懐から取り出す。
その手鏡が間近で見えた貴族が「そ、それは!」と驚きの声を上げた。
「あぁ、そうだ。気付いた者もいるようだな」
「?」
「俺が“初恋の女性にあげたから無い”と言い続けていたあの手鏡だよ。対になっている俺の物もここにある」
そう言って殿下も自分の手鏡を取り出し、対になっている二つの手鏡が並んだ。
それを見て数人の貴族が唸った。
「戻って来た!」と、喜んでいるようにも見える。
「??」
「ライザ、ごめん。実はこの手鏡は……代々王家に伝わる物の一つで……」
「!?」
「本来は王太子と王太子妃がペアで持つものなんだ」
とんでもない衝撃の言葉を聞いた気がする。
「セオドア様……いえ、テッド! あなた、なんて物を私に……!」
「俺はどうしてもライザに持っていて欲しかった!!」
「!」
殿下のその声も顔も真剣で、生半可な気持ちで当時の私へ渡したのではない……そう伝わって来るから困る。
「ライザとは二度と会わない。自分から彼女を探す事はしない。俺は皆の前でそう誓わされた」
殿下のその言葉に何人かの貴族がそっと目を逸らす。
おそらく当時、その誓いを殿下に迫った人達だと思われた。
「二度と会えなくても俺の気持ちは……ライザだけだったから……ライザに持っていて欲しい。そんな思いで最後の逢瀬の日、勝手に持ち出した」
「なんて事を……怒られたのではありませんか?」
「はは、凄い怒られたよ」
殿下は苦笑いをする。
「……私ではない王太子妃を迎えた時、どうするつもりだったのです?」
「エリザベスのフリをしていたライザに言っただろう? “君を愛せない”と。手鏡の件も同じだよ。君には渡せない……そう言うつもりだった」
「とんでもなく酷い人ですよ? それ」
「うん……分かってる。でも、ライザでなければ俺の中では誰でも同じだったから……」
その言葉を聞いてますます、私はこの運命とも呼べる偶然に改めて感謝した。
「セオドア様は私の事、好きすぎませんか?」
「……自覚はある」
「もう!」
私と殿下がそんな事を言いながら見つめ合っていると、エリザベスがプルプルと震え出した。
「意味が分からないわ! 殿下の初恋までもがライザだと言うの?」
「だから、そうだとこの間から言っている。エリザベス嬢、君が理解出来ていなかっただけだ!」
「どうしてこうなるの? 私は……私は王妃になって皆の羨望の的になって……」
エリザベスのその言葉に殿下は大きくため息を吐きながら言う。
「まだ言うか。エリザベス! 残念ながら君は王妃どころか貴族令嬢でもなくなるのだから夢を見るだけ無駄だ!」
「え?」
エリザベスは理解出来ないという顔をした。
「エリザベス……そしてそこで打ちひしがれているマクチュール侯爵とその夫人。お前達は好き勝手し過ぎた。王家を謀った罪は重い」
「「「!!」」」
三人はビクリと肩を震わす。
「マクチュール侯爵家は今日を持って取り潰す!」
「まっ! お待ち下さい、殿下……それは横暴では……」
侯爵が縋りつこうとするけれども、殿下はそれを冷たく突き放す。
「この件に関しては陛下から全てを一任されている。そして、マクチュール侯爵家の取り潰しに関しては既に陛下の裁可を得ている。何を言っても無駄だ!」
「なっ!」
「散々、こちらからの呼び出しを無視しておいて今更何を言う? 今ここで此度の件以外のお前の悪事を明らかにしても俺は構わないがどうする?」
「ぐっ……」
侯爵は言葉につまり反論をやめた。
それはつまり、侯爵は他にも悪事を働いていた……そういう事なのね。
本当にどこまで最低なのだろう……
「次に平民となり、犯罪者となったお前達の処罰に関してだが……」
殿下がそこまで言った時、レイ伯父様が「ちょっとすまん」と口を挟んだ。
「セオドア殿。確か私の記憶が確かならこの国は一番重い罰でも命を持って償う刑は無いと聞いた」
「……そうです」
「ならば、元マクチュール侯爵夫妻……ミゲールとタニアは私に……リーチザクラウ国に預けてもらえないだろうか?」
「え?」
それはつまり……
「ルルも無茶で身勝手な事をしたとは言え、ルルとライザにした事を思うと私はどうしてもこの二人を許す事が出来ない。キャンキャン吠えていた煩い二人の娘に関してはこの国の法律で裁いて構わないが……こいつらは我が国で裁かせてもらえないだろうか?」
レイ伯父様のその言葉を聞いて元侯爵夫妻の顔色は真っ青を通り越して真っ白になった。
「父上、どうしましょうか」
殿下は我が国の国王陛下に彼らを委ねてもいいのかの確認をとる。
「構わぬ。そやつらは我が国の法だと極刑には出来ないからな」
「ありがとうございます。国王陛下、王太子殿下。こいつらは我が国で責任をもって裁かせてもらいます。あぁ、タニア。期待しても無駄だぞ? お前の実家は既にお前のした事の責任を取って男爵位に降爵している。もはや、国内での影響力は地に落ちた」
「え? どう……して?」
元侯爵夫人が目を丸くして驚いている。
「既に嫁いだ身とはいえ、お前が王女にした事は許される事では無いからな。先日、セオドア殿の訪問の後、公爵家を軽く問い詰めてみたら、青ざめた顔でタニアのした事の責任を取ると言ってな。自ら降格を願い出てきたぞ? その時は詳しくは聞かなかったが、どうやら公爵家の面々はお前のした事を全て知っていたようだな」
「……っ」
元侯爵も元侯爵夫人ももはや反論する気力も無くなったようで、力無くその場にへたり込む。
「え、待って、何これ? お父様……お母様……嘘でしょう!? ねぇ! あなた達も黙って見てないで何か言いなさいよ!!」
エリザベスがそう必死に周囲に向かって喚いたけれど、当然助けの声など出るはずも無く……虚しさだけが残った。
「あぁ、エリザベス。お前の処罰は既に決まっている」
「何ですって!?」
「安心しろ、両親達と違って命までは取らない」
それでもエリザベスの顔は不安でいっぱいの表情になる。
「ははは、喜べ。お前にピッタリな場所を用意してやったよ」
殿下はそれはそれはとてもいい笑顔をエリザベスに向けた。
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