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絶望 (エミリオ視点)
「───やっぱりこの奇襲。イラスラー帝国が裏にいるのは間違いないな」
“その時”の僕は何も知らずに部屋で今回のレヴィアタンの奇襲について考えていた。
(シャロンがいるのに奇襲を仕掛けるなんてどう考えてもおかしい)
娘を単なる政略結婚の道具として使うような家族には見えなかった。
シャロンが苦笑しながら話してくれた様子では、国王陛下は見送り時に号泣していたと言うし、王妃はシャロンの庭を見るのが楽しみなのだと。
(結婚式に会えるわってシャロン、楽しみにしていたのにな……)
拳にグッと力を入れる。
イラスラー帝国が裏にいてレヴィアタンが無理やり脅されていたと分かれば、シャロンに寄せられる目も変わるはずだ……
だが、このままだと帝国との戦争は避けられそうにない。その事も考えなくては──……
ふと、空を見上げた。
「……シャロン。今日の具合はどうだろう?」
ここ最近、報告によるとシャロンの様子がおかしいと言う。
離宮に移った当初は穏やかに過ごしていたのに、今は誰が見ても元気を無くし、食事もほとんど手を付けなくなってしまった。
(このままだと衰弱してしまう……)
何とか食事を摂ってもらいたくてシャロンの好きな食べ物を用意させても表情すら変えないという。前はあんなに目を輝かせて可愛い笑顔を見せてくれたのに……
そして、シャロンの様子が大きく変化したのは、面会にイラスラー帝国の王女が来てからだ。
「……あの王女」
先日、突然我が国に訪問して来た王女は言った。
“わたくし、シャロン様とはとても仲の良い友人で。今回の話を聞いていても立ってもいられませんでしたの”
シャロンからイラスラー帝国の王女の話を聞いた覚えはなかったが、国を越えてまで駆け付ける程の仲だったのか……と純粋に驚いた。
だが。
『シャロン様ったら……酷いのです。わたくしの顔なんて見たくないと冷たく突き放されましたわ』
『わたくしのこと本当は大っ嫌いだったのですって……友人だと思っていたのに……』
シャロンとの面会を終えたアラミラ王女はそう言って泣きながら僕の前に戻って来た。
───シャロンがそんな事を言うわけないだろ?
なぜ、そんな嘘をつくのか分からなくてもっと詳しく話を聞こうと思ったら、アラミラ王女は擦り寄るようにして僕に近付いてきた。
『ところで……エミリオ殿下は次の婚約者はどうなさるおつもりですの……?』
『……』
僕を見つめるその紅い瞳を見て、この王女の目的がようやく分かった。
シャロンを悪者にして僕に取り入りたい。そんな欲望が透けて見えた。
『あまりお二人はお似合いには見えませんでしたし、やっぱりエミリオ殿下にはわたくしのような──』
『すまないが、僕の妃になれるのは“シャロン・レヴィアタン王女”しかいなくてね』
『え……?』
『他の人を妃に迎えるつもりはないんだ』
そう冷たく微笑んで僕は王女が縋ってきた手をやんわりと突き放す。
『な、何を言ってますの? だって、シャロン……様は』
『いや? 今回のレヴィアタンの奇襲にシャロンは関わっていないからね。むしろ───』
アラミラ王女の方が怪しい。僕はそんなを目を王女に向けた。
すると王女はその無言の圧力を感じ取ったのかビクッと身体を震わせた。
『どうも、アラミラ王女殿下はシャロンの事を誤解しているようだ』
『ご、かい……?』
『シャロンは誰よりも可愛くて心優しい女性なのでね……そうだな。あなたが本当にシャロンにそんな扱いを受けたと言うのならそれは、もしかしてアラミラ王女殿下、あなたが───』
『ああ! 大変ですわ! わ、わわわわたくし、か、帰らなくてはいけませんの!』
僕に睨まれたアラミラ王女は慌てたようにそう言ったが、その声も顔も明らかに動揺していた。
「シャロン…………今日も会ってくれないかもしれないが……会いに行こう」
そう思って立ち上がった時だった。
「────殿下! エミリオ殿下! 大変です!」
「なんだ?」
ノックもせずに真っ青な顔で部屋に駆け込んで来た側近。こんなにも非常識な対応をするのは初めての事だ。
よほどの緊急事態に違いない。
「シャロン様……シャ、シャロン様がっ!」
「シャロン!? シャロンがどうした!」
「────シャロン様が…………離宮の部屋で……じ、自害されました────」
…………その言葉は、一瞬で僕を絶望という闇の中に突き落とした。
(嘘だ、嘘だ、嘘だ……!)
そんな事あるはずがない! これは夢だ……現実じゃない! 悪い夢なんだ!
だから、早く覚めてくれ!
シャロンの元に駆け付ける途中、何度も何度も自分の頬をつねった。……痛い。
(シャロンが自害? そんなのするはず無いじゃないか!)
「───シャロン!」
だけど、その部屋に入った僕を出迎えたのは変わり果てた姿の彼女だった。
◇ ◇ ◇
「シャロン王女は毒を煽ったようですね」
「……毒、だと?」
シャロンの検死をした医師の結果を聞きながら、その言葉に眉をひそめた。
おかしい。
「倒れていたすぐ側に小瓶が落ちておりました。そこから同じ毒が検出されています。シャロン王女がおそらくこっそり持ち込んでいたものでしょう……」
「……」
「即効性の高いこの毒薬──」
「待て。シャロンの身体は毒に慣らされていたはずだ」
婚約したばかりの頃の手紙に書かれていた。
王族だから仕方がないと分かっていても、毒に慣らされるのは大変、と。
手紙の内容からしてもかなりの種類の毒に慣らされているようだったのに。
「……シャロン王女はここのところ、食事もまともに摂っておらず身体が弱っておりましたから」
(……あ)
「おそらく、シャロン王女はこの為に食事を抜いて───」
「違うと言っているだろう! これはシャロンの意思じゃない!!」
絶対に絶対に違う! シャロンはそんな道を選ぶ子ではない!
これは誰かが……
そこでハッと気付く。
あの薄気味悪く擦り寄ってきた紅い瞳の王女……イラスラー帝国の……あの王女が……
「───シャロンの担当だったメイドを今すぐ連れて来い!」
僕は側近に向かってそう叫んだ。
シャロンが毒を煽った日の担当のメイドは行方不明になっていた。
後から他の者に聞くと初めて見た顔だったと言う。
それとは別に使用人も一人同時期に姿を消していた。
絶対にこいつらは何かを知っている。そう思った僕は徹底的に探させた。
そうして辿り着いたのは、担当のメイドは“イラスラー帝国”の者だったこと。それと、姿を消した使用人がどうもその偽メイドを離宮に招き入れていたらしいことだった。
(どんどんあの国に繋がっていく)
そんな僕の元にシャロンの検死をした医師が訪ねて来た。
「なんだ? 何か分かったのか?」
「殿下…………実はこれは言うべきなのかどうかずっと迷っていたのですが……」
「?」
医者の顔は青白い。一体何だ? と不安になった。
「いいから話せ。シャロンの事はどんなに些細なことでも構わないから話すんだ」
「……っ!」
それでも医者の瞳は揺れていた。一体何だと言うのか───
「そ、それでは…………申し上げます。これはまだ、わ、私しか知りません。ことが事だけに国王陛下にも話をしておりません」
「?」
医者はとても言いにくそうに口を開いた。
「───シャロン様は妊娠していました」
(………………なんだって?)
聞き間違いか? シャロンが……? え?
「…………し、失礼ながら……その、子どもの父親は……」
────僕だ! あの時の……シャロンが、僕の子ども……を?
僕は……誰よりも愛していたシャロンと……僕の……僕らの子どもを…………失った……?
「……は、はは……」
「で、殿下!? 」
「うぁぁあぁぁぁーーーーー……」
もう言葉にならなかった。頭の中もぐちゃぐちゃだった。
膝から崩れ落ちた僕は、頭を抱えてただただ泣き叫んでいた。
(シャロン……シャロン……シャロン!!)
シャロンの死を知ってまだ、数日。
自害ではない! 犯人がいるはずだ! とがむしゃらに動き回っていた僕は、おそらく心のどこかでシャロンの死をまだ受け入れていなかった。
いや、受け入れたくなかった。
────もう会えない。
可愛く笑った顔も、照れて微笑む姿も。一生懸命前を向いて頑張る姿も……
温かくて優しくて幸せな温もりも。
生まれてくるはずだった子どもと一緒に全部全部失った。
再びの“絶望”を感じ、目の前が真っ暗になった僕はそのまま倒れた。
───夢を見た。
シャロンが僕の隣にいて笑ってくれている。
と、思ったけれど、シャロンのようでシャロンじゃない? 髪の色が僕とそっくりの色で、でも瞳はシャロンのあの金の瞳で───
(よく分からないけどシャロンだろう? シャロンだ!)
だけど、隣にいる自分も何だか少し違った。髪が黒くない。むしろこの色はシャロンの髪色で……
そんなシャロンと僕? が幸せそうに子どもを抱いている。
そしてよく見ると子どもの瞳が───
「…………って夢、か?」
どうせ夢ならシャロンの死んだことも夢であって欲しかったのに。
生きていたならあんな風に子どもを抱いて幸せになる未来が……
そんな事を思いながら起き上がった。
「…………シャロン」
もう二度と会えないたった一人の愛しい人の名前を呼びながら、僕はある決心をした。
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