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第9話 私のこれから

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「マリアンナ様の、きょ、教育係ですか?」
「そうです」

  私が驚きながら聞き返すと、マリアンナ様はしっかりと頷いた。

「エリーシャ様もご存知のように、私は妃候補になってからの期間が短いです。アラン殿下の婚約者にはなれましたが、まだまだ、私の王太子妃教育はこれからです」
「それは、存じてますけど……」

  私がそう答えるとマリアンナ様は、ニッコリ笑って言った。

「だからこそ、エリーシャ様にそばにいて欲しいのです」
「えっ!」

  そう口にするマリアンナ様の目はどこまでも本気だった。

「いえ、あのマリアンナ様……お気持ちは嬉しいですが、私は公爵家から勘当された身です。身分は平民となります」
「……アラン殿下、王太子妃教育の教育係が貴族のみで構成される必要はありますか?」

  マリアンナ様が殿下に尋ねる。殿下は首を横に振って答えた。

「もちろん、そんな必要は無い」
「ですって!  エリーシャ様!」
「で、ですが何故、マリアンナ様は私を……」

  昨日は庇ってくれたり、アラン殿下やフィリオに対して怒りを表したり……
  何故、彼女はここまで……? 

「あ、私がこんな事を言い出したから不思議に思われていますか?」

  私はコクリと頷いた。

「……私は昔、エリーシャ様に助けられた事があります。その時から、ずっとエリーシャ様は私の憧れなのです!」
「?」

  ……はて?  助けた?  私がマリアンナ様を??
  記憶の糸を辿ってみたけれどさっぱり覚えがなかった。




****




  そこからはマリアンナ様も交えて、私の今後についての話し合いになった。

  私が今日、王宮に来る前にマリアンナ様は殿下とフィリオには既にこの話を伝えていたらしく、マリアンナ様は「でも、待ちきれなくて突撃しちゃいました」と笑って言った。


「殿下達は構わないのですか?」

  私は直球で聞いてみた。

「反対する理由は無い。だがそうなるとエリーシャ嬢、君が……」

  まぁ、そうよね。
  私だけでなくマリアンナ様も色々言われるだろうし。

  そう思い、チラッとマリアンナ様を見るも、気にしている様子は見られなかった。

「聞いてもいいだろうか?  ……さっき途中になってしまったが、今後はどうするつもりでいたのだろうか?」

  私が躊躇っている事に気付いたのか、アラン殿下が聞いてくる。

「…………国を出ようと思っておりました」

  私がそう答えると、微かにだけどフィリオの身体がピクリと動いた気がした。
  ……相変わらず顔は無表情のままだけど。

「何か伝手でも?」
「万が一の際は、お願いする事になる、とだけ伝え連絡をとった場所はあります」
「そうか……」

  そんな大掛かりな約束などではない。
  隣国の修道院には国を出る事になったら、お世話になりますとだけ話をしておいただけ。
  向こうも「必要な時にいつでもいらしてください」と返してくれただけなので、そこにはなんの確約もない。
  だから今すぐ行かなくてはいけないわけではないのよね。


  
  それに、犯人の事も気になる。
   犯人の目的が、単に私を蹴落す事だけが目的だったのか、それとも私自身に何らかの恨みがあったのかでも話は変わってくる。
  後者だった場合、私は危うい立場にいる事になるわけで。
  その状態で一人で国を出るのはどう考えても危険なのよね……

  標的に選ばれてしまったのがマリアンナ様だったのも、偶然だったのかそれとも狙っての事だったのか……

  そう思うとマリアンナ様のこれからもどうなるか分からない。
  
  もちろん、殿下の婚約者となったマリアンナ様は、今後手厚く警護される事になるけれど。それでもだ。

  

  ……更に言うと殿下達が提示しているこのマリアンナ様の教育係の条件待遇は、今の私にとってとても都合の良いものだった。
  何故なら王宮に住み込みで賃金も出るから。

  (衣食住の保証+賃金付き!  条件は悪くないのよ……)

  ──だけど。
  私が即答しない理由は1つ。
  そっと殿下の横に立つフィリオを見る。

  ……無表情だった。特に口に挟む事もなく、ただ静かに殿下の傍に控えていた。
  そんな表情からは何を考え、思っているのかは全く分からない。

  フィリオは私が国に残る事をどう思ってるんだろう? 
  嫌じゃないのかな?
  さっきの私の質問にも、アラン殿下だけでなくフィリオも反対しなかった。

  ……嫌がられると思ったのにな。
  フィリオに嫌がられたなら迷う事なくこの話は断って、危険でも何でも予定通りここを出るのに。

  (だけど、教育係を引き受けたら、フィリオと顔を合わす機会も増えるわよね?)

  チクリ

  そんな事を考えてしまい胸が痛む。

  だってフィリオの近くにいたまま、フィリオが私以外の女性の手を取る姿なんて見たくない。

  私が躊躇う理由はたったそれだけ。
  結局、何をどうしたって私の心の中はいつだってフィリオの事しかないのだから。



  (今すぐ国を出たいと、私が口にしたとしても決して咎めず、最初に支援を申し出てくれた事を思うと国を出てからも困らないように手配してくれるんでしょうね……)


  私がさっきから考え込み黙り込んでいても、殿下もマリアンナ様も無理強いをしようとはしない。
  2人は私に命じる事だって出来るのにそれをしない。あくまでも私の気持ちを尊重しようとしてくれていた。


  
  ──そうして、私が出した結論は。

  


「承知しました。マリアンナ様の教育係の任、謹んで拝命致します」


  私の返事にマリアンナ様が嬉しそうに笑った。
  本当に喜んでくれている。

  
  もう少しだけこの国にいよう。
  犯人の行く末はやっぱり見守りたい気持ちはあるし。

  フィリオには……申し訳ないけど、なるべく近付かないようにするから許して欲しい。          
  そして出来る事なら……



  そんな事を考えながら私は承諾の返事をした。



「エリーシャ様、ありがとうございます。よろしくお願いします!」
「私こそ、力になれるかは分からないけれど……」

  嬉しそうなマリアンナ様の為にも頑張ろう。

「では殿下!  あとの事はフィリオ様に任せて、私達は行きましょう」

「「え?」」

  マリアンナ様の言葉に私とフィリオの驚きの声が重なった。
  声こそ出さなかったものの、殿下も驚いた顔をマリアンナ様に向けた。

「エリーシャ様の仕事内容やこれからの生活の事に関して手配するのはフィリオ様の仕事ですもの。確認しなきゃいけない事は沢山ありますよね?」
「それは、そうだが……」

  フィリオが戸惑ってる。
  そして私も戸惑ってる。

  (確かにその通りなのかもしれないけど、待って、心の準備が!!  マリアンナ様!!)

「大丈夫ですよ。部屋の外には護衛もいますから。フィリオ様が変な事しようとしたらぶっ飛ばしてもらいましょう!」

「「え!」」

  またしても私とフィリオの声が重なった。
  いや、護衛とかぶっ飛ばすとか……そういう問題では……!



「…………ねぇ、エリーシャ様。私、思うのです」
「?」

  マリアンナ様は混乱している私の方に顔を向けて近付いて来る。
  そして、私の耳元でそっと囁いた。

  (…………え?)

  その言葉に私が驚いてマリアンナ様を見ると、目が合ったマリアンナ様はただニッコリと笑った。




「それでは、エリーシャ様。お話を受けて下さり、本当にありがとうございます。私は今日はこれで失礼しますね。突然押しかけて申し訳ございませんでした……さぁ、殿下行きましょう」
「お、おい、待て、マリアンナ」

  そう言ってマリアンナ様は殿下と一緒に出て行ってしまった。


  扉も開いてるし、マリアンナ様の言う通り外には護衛も控えているけれど、
  とりあえず部屋には私とフィリオの2人が残される事になってしまった。


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