王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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15. 誤算だらけ(ベルトラン視点)

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❈❈❈


 婚約者のフルール。その家のシャンボン伯爵家から送られて来た手紙と慰謝料請求書。

(う、嘘だろ?)

「何だこの金額は!  常識外れにも程がある!  こんなの払えるわけないだろう!」

 僕は手紙をぐしゃりと握り潰しながら叫ぶ。
 しかも、だ。
 請求書に同封されていた手紙にはこうも書いてあった。

 ───真実の愛を見つけられたとのこと、おめでとうございます。
(略)
 ベルトラン様が運命の方と幸せになられることを切に願っております。

(……なら、この請求金額は何なんだ!)

「フルールが分からん……それに何で僕の願った通りの行動をしてくれないんだ!」

 正直、もっと単純な人だと思っていた……
 しかし、パーティーでは待てど待てども僕の予想に反して突撃して来なかったし、慰謝料請求もこんなに早く届いたと思ったらとんでもない金額……
 こうなると婚約破棄はともかく、慰謝料の件では確実にシャンボン伯爵家と争うことになるじゃないか。

「これはシルヴェーヌ様の元に報告に行かないといけない……ハァ」

 フルールとの婚約破棄が成立しても慰謝料の件がクリアにならないと、さすがの王家も僕のことをシルヴェーヌ様の新しい相手と認めることはないだろう。
 さすがにこの金額には頷けない。

(畜生……なんでこうも上手くいかないんだ)

 頭を抱え、大きなため息を吐いた。



 そして翌日。
 フルールへの返事は保留にしたまま、まずはシルヴェーヌ様の元に向かった。
 顔だけで簡単に通してもらえる所がパーティーで宣言した真実の愛効果なのだろうか。
 そんなことを考えながら、シルヴェーヌ様の部屋の前に着くと、先客がいたのか扉の隙間から話し声が漏れてくる。

「───は?  行方不明ですって?」
「……はい」

(行方不明?  何の話だろう?)

 少し不穏、でも気になるその言葉に僕は扉の隙間からこっそり部屋を覗いた。
 先客は若い男。
 自分よりは少し年下か。
 どこかで見たような顔だが──……誰だっけ?  と、首を捻る。

(何だかパッとしない雰囲気の男だな)

「……怪我は負わせたし、気絶した所までは確認したそうですが」
「それなら、なぜ途中で放り出してしまったの?」
「どうも、馬車が近付いて来る音がしたそうで、見つかったら危ない……ということで放り出してその場から逃げたようです」
「……馬車?」 

 男の発言にシルヴェーヌ様は明らかに不機嫌な声になった。

「あの時間は、まだわたくしのパーティーの途中でしょう?  あの時間なら人は通らないと思ったのに……!」
「その後、彼らは元の場所に戻りましたが既に姿はなく───行方知れずです。この辺の病院には手を回していましたが、どこぞの病院に収容されたという話も聞こえて来ません」
「……がそう言うのだからそうなのでしょうね……なら、リシャールはどこに消えたというの」

(リシャール様の話だったのか!)

 シルヴェーヌ様はバサッと髪をかきあげると足を組み直して男に告げる。

「リシャールの存在は邪魔なんですのよ。だから、悪役令息として追放したあとは、ならず者に襲わせて弱らせた所をリシャールを気に入っているというマダムに売り払う予定だったのに」
「はい……」
「マダム……顔の綺麗な大物が手に入るってすごく喜んでいたのよ?」

(売り払う?  噂で聞いたことがあるな。落ちぶれて行き場をなくした元貴族とか、借金を抱えて苦しむ自分好みの男を買っては、大勢侍らせているという男好きなマダム……)

「いいこと?  わたくしはこれから真実の愛に生きるの!  この先、リシャールが息を吹き返して来て復縁を迫られたら面倒だから、表舞台からは消えてもらわないといけないの───ねぇ?  もそうでしょう?」
「……はい」
「ずっと目障りで邪魔だった“兄”が消えてようやく公爵家の跡継ぎになれるんですもの、ね?」

(───何の話かと思えば)

 シルヴェーヌ様の最後の言葉でなんとなく状況を理解した。
 先客の男は……あれだ、モンタニエ公爵家の次男だ。
 目立つ兄、リシャールの陰に隠れて全く目立たない次男…………駄目だ。自分も名前がうろ覚えだ。

 シルヴェーヌ様とモンタニエ公爵は、本当に言葉の通りリシャール様を“追放”したのだな。
 そして、シルヴェーヌ様は追っ手か何かを差し向けて元婚約者のリシャール様を表舞台から完全に消し去るために男好きなマダムに売ろうとしていた……

(それもこれも僕との愛を貫くために?)

 シルヴェーヌ様の僕への愛の深さに胸がキュンとする。
 さすが真実の愛!  運命の人だ!

 そして、その為の協力者は同じくリシャール様が邪魔で疎ましく思っていたモンタニエ公爵家の次男(名前不明)というわけか。

(でも、リシャール様は行方不明と言っていたな)

 これはシルヴェーヌ様の方も計画は失敗したのかもしれない。
 お互い思う通りにはいかないものなのだな。
 そう思った。



 そして、先客──モンタニエ公爵家の次男(名前不明)が出て行った所を見計らって扉をノックする。

「───まあ!  ベルトラン!  来ていたの?  会いに来てくれて嬉しいわ」

 シルヴェーヌ様はふわりと笑って、僕の大好きな華のある笑顔で出迎えてくれた。
 そっと抱き寄せるといい香りがする。

「当然です。愛しいあなたの為なら毎日だって会いに来ますよ」
「まあ!  うふふ」

 シルヴェーヌ様はとても嬉しそうに笑った。

リシャールあの人とは大違いね?  わたくしがどんなにねだっても毎日会いに来てくれなかったし、来たは来たでお小言は多いし」
「シルヴェーヌ様……」
「しかもその理由が勉強勉強って!  わたくしと勉強どちらが大事なの?  と何度も問い詰めてしまったわ」
「リシャール様はなんて答えていたんですか?」

 プンプン怒るシルヴェーヌ様が美人なのに可愛いらしいなぁと思いつつ訊ねてみる。

「笑って誤魔化して答えてくれなかったわ。普通ここは当然わたくしを選ぶところでしょう?」
「そうですね。僕はシルヴェーヌ様を選びますよ?」

 手を取ってシルヴェーヌ様の手の甲にそっとキスをする。

「まあ、うふふ。嬉しいわ、ベルトラン……さすがだわ」
「当然です」
「それで?  今日わたくしに会いに来てくれたのは何か理由があったのでしょう?  あ、婚約破棄が成立したのかしら?」

 シルヴェーヌ様が期待に目を輝かせながらそう言った。
 違うんです……と言いながらフルールにとんでもない金額の慰謝料請求されたことを伝える。

「まあ!  過去の女のくせにとんでもない女なのね……」
「さすがに我が家としても頷ける金額ではありません」
「……そうまでしてベルトランを離したくないのかしら?」
「え?」

 その言葉に何故か胸がドキッとした。

「きっと、あなたに未練タラタラなのよ……それでわざとこんな金額吹っかけて……ベルトランの気を引こうとしているのだわ」
「フルールが僕に未練……」
「たかが伯爵令嬢のくせに、なんて身の程知らずな令嬢なのかしら」
「……」

 婚約破棄については了承する──
 手紙にはそう書かれていたけれど、もしかしてあれはフルールなりの強がりだったのか?
 本当は僕に未練タラタラであんな金額を?
 なんだ。フルールは見た目以外にも案外、しおらしくて可愛い所が──……

(い、いや!  僕の真実の愛の相手はフルールじゃない!  シルヴェーヌ様だ!)

 ブンブンと首を横に振る。

「とにかくフルールには金額を下げてもらうように交渉しますので、すみません。もう少し時間をください」
「分かったわ……仕方がないもの」

 落ち込むシルヴェーヌ様の姿が可愛くて胸がキュンとなる。

「あ!  それで、わたくしの婚約者になるために必要な“教育”はいつから開始する?  婚約破棄が成立しても“試験”に受からないとね!」
「え?」

 きょ、教育……?  試験?
 はて?  と首を傾げる。

「あら、なぁに?  その顔。もしかして忘れてしまったの?  出会った日に言ったでしょう?  王族である私と結ばれて伴侶になるためには教育と試験が必要よ、大丈夫?  と」
「……」  

(え!)

 身体のあちこちから変な汗が流れて来る……
 そういえば言われた気もするけど、あの時は運命の人との出会いに浮かれてすっかり忘れていた……とは非常に言いづらい。

「あ、そ、そういう話でした、ね……が、頑張り……ます」
「うふふ、大丈夫よ!  あんな堅物のつまらないリシャールに出来て、わたくしの運命の人であるベルトラン……あなたに出来ないなんてことないでしょう?」
「そ、そうです、ね……」

 いいや。自慢じゃないが勉強は大の苦手だ!!

(はたして運命で試験ってのは乗り越えられるもの……なのだろうか?)

「うふふ、僕は優秀だから問題ありませんって、あの日に言ってくれたものね!」
「……!」

 一抹の不安が頭をよぎったが、ここは見栄を張って頷くしかなかった。

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