王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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16. 新たな決意

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❈❈❈


(うーん、返事が来ないわねぇ)

 モリエール伯爵家へ慰謝料請求の手紙を送ってから数日経ったけれど返事が来ない。
 まさか、あの金額を支払う準備を……?

(……は、ないわね)

 あの金額を払おうとすればモリエール伯爵領のダメージが大きすぎる。
 と、なると王女殿下に相談にでも行ったのかしら?


────


 リシャール様を拾っ……保護してから、早いもので数日が経った。

 怪我も癒えたリシャール様はベッドから起き上がって歩けるようにもなり、最近は我が家の庭を私と一緒に散歩するのが日課となっている。
 なので、私たちは今日も散歩しながら他愛のない話をしていた。

「王族の婚約者として認められるには“試験”があるんだ」
「試験、ですか?」

 リシャール様は頷く。

「それに試験を受ける前も、かなりの数の教育を受けないといけない。僕も子供の頃から長い時間、受けて来たよ」

(ひぇっ!)

 教育……という言葉に引いてしまう。
 私は大人しく机に向かっていられる子ではなかったから……

「き、厳しいのですね……ですが、それって後継者の伴侶となる身でなくても必ず受けるものなんですの?」
「うん。どんな理由で後継の座が回ってくるかは分からないだろう?」
「あー……」

 リシャール様曰く、跡継ぎであるなしに関わらず必ず受ける教育なので女性であればお妃教育、男性であれば王配教育と呼ばれているのだとか。

(つまり、リシャール様は王配にもなれる教育をばっちり受けて来た人……?)

 なるほど。
 だからと言ってもちろん許せるわけではないけれど、モンタニエ公爵がリシャール様に厳しかったと言われるのはそういう理由が背景にあるのだわ……

「ですが、今は王太子殿下がいらっしゃいますわよね?」

 王太子殿下は現在、他国に婚約者と共に仲良く留学中。
 この騒ぎは帰国されたらビックリするでしょうね。

「うん。でも万が一、王太子殿下に何かあれば次の王位はシルヴェーヌ王女殿下に……」
「……ひっ!」

 私は口を押さえた。
 それは想像するだけでも恐ろしい。
 あんな場で真実の愛ごっこを繰り広げてお互いを運命の人よ!  永遠の愛だ!  と言って浮気を正当化した二人になんて絶対にこの国を託したくはないわ……

 思わず想像してしまって身体を震わせたら、リシャール様がそっと私の手を取った。
 そのままギュッと握られたので私の胸がドキッと大きく跳ねる。

「フルール、今、ビクってしたよね?  ……可愛い」
「!」
「普段は、可愛い顔してあんなに無邪気に人を振り回すのに、意外と……」
「な、何の話です!?」

 リシャール様はククッと笑う。

「決まってるだろう?  フルールは何をしていても可愛いという話、だよ?」
「っっ!」

 リシャール様は国宝級の笑顔でそんなことを平然と口にする。

(キラキラ……キラキラすぎるわ)

 昨日、ついに彼の美しさを一部曇らせていた頬のガーゼが無事に取れた。
 おかげで、昨日からキラキラした最強の美男子が誕生している。

「どうしたの?  フルール」
「はっ!  いえ、リシャール様はすっかり元気になられたな、と!」
「はは、おかげさまで……フルールのおかげだ。ありがとう」

 そう言って笑ったリシャール様は、手を引いて私を抱き寄せようとする。
 私はそれを慌てて止めた。

「これ以上は、だ、駄目ですわ!  私はまだ婚約破棄が成立していません」
「……」

 ピタッとリシャール様の動きが止まる。
 そしてムッとした様子で訊ねてきた。

「まだ、何の返事も来ていないんだっけ?」
「ええ、そうなのです」

 そう答えたら、リシャール様の美しい顔が一瞬で険しくなり表情も曇ってしまう。

「…………口説けないじゃないか」
「く……」
「当然だろう?  フルールには少しでも僕を好きになってもらいたいんだから」

(好き……に)

「早く思う存分フルールに触れたいのに」
「触れ……る」
「そうだよ?」

 私が言葉を失うと、リシャール様はまたしても国宝級の笑顔を私に向けた。




「───お兄様、大変ですわ!」
「大変?  何があった!?」 

 お兄様が私の声に驚いて慌てて顔を上げた。
 私は、ここ数日のリシャール様の変わり様を知ってもらうため、お兄様の元に走っていた。

「───国宝が私を殺しにかかって来ますわ!」
「ははははは。リシャール様は必死だな」
「!」

 真剣な顔から一転、明るく笑い出したお兄様。
 あっさり流されましたわ!

「いえ──お兄様、これは笑いごとではありません!  国宝が……」
「いやいや毎日、楽しそうで何よりだよ、うん」

 私は抗議するけれどお兄様はサラッと受け流してしまう。
 楽しい毎日……であることは否定しないけれど、なんだか素直に認めるのは恥ずかしい。



 リシャール様との会話をお兄様に伝えたところ、話を聞き終えたお兄様は納得したように頷いた。

「フルール。リシャール様の仕事っぷりなんだが」
「?」

 動けるようになったリシャール様は、このまま何もせずにお世話になることは嫌だと言い、お兄様の仕事を手伝うことになった。
 お兄様は手に持っていた紙を私に見せる。

「あら、すごい数の問題点、改善案まで記してありますわね?」

 そこには我が領地が抱える問題点が挙げられ、改善案まで書かれていた。
 それも、今すぐに実行出来そうな案と長期的な計画案に区別もされている。

(これ、資料を見ただけで……?)

「リシャール様、流石というか……その王配教育とやらを長年受け続けて来ただけある」
「まあ!」
「王女殿下も公爵家もこんな凄い人をよくあんなにあっさりと捨てられたものだと正直、驚くよ」
「……それだけ王女殿下の用意した、リシャール様の“悪役令息”としてやらかしたらしいことの証拠が凄かったのでしょうか?」

 王女殿下がパーティーでリシャール様を悪役令息だと罵って捨てた時、これは父上にも伝え済みと発言していたわ。

(つまり、国王陛下も反対しなかったということよね……?)

 これはよっぽど上手く証拠資料を作成したとしか思えない。
 その時ふと思った。

「…………お兄様。ベルトラン様にそんな頭あったかしら?」
「ん?  頭?」

 私は首を捻る。

「そうです。三年間、彼の婚約者として過ごして来ましたからこそ思うのですけど……失礼かもしれませんが、ベルトラン様ってさほど秀でた頭の持ち主とは思えず……」 
「つまり?」
「国王陛下も反対せず、かつモンタニエ公爵をあれだけ激怒させるほどの証拠の捏造……ベルトラン様だけでは無理じゃないかしら、と」

 お兄様もうーんと唸った。

「……確かにそう言われると」
「あの時の王女殿下が公表した捏造ってどんな内容だったかしらお兄様」
「えっと……」

 二人で思い出せる限りの内容を挙げていく。

「結構、広範囲での話ですわね?」
「ああ」

 こう考えると、どうしても他に協力者がいるような気がしてならない。
 そう。
 まるで、リシャール様のことをよく知っていそうな───……

「……あ!」
「どうした、フルール?  何か思いあたることが?」
「いえ……そうではなく」
「では、何だ……?  お前のあ!  は怖いんだ!」

 お兄様が警戒の目で私を見て来る。  

「ベルトラン様のあの頭で……リシャール様が乗り越えた王配教育とやら……乗り越えられるのでしょうか?」
「……そっちか!」
「そっちです……」
「……」
「……」

 黙り込んだお兄様が無理じゃないか?  という目で私を見る。
 私も激しく同意なので大きく頷いた。
 そうなると───

「…………リシャール様は返しませんわよ!!」
「ぅおっ!?」

 私が突然叫んだせいで、驚いたお兄様が変な声を上げる。

「フ、フルール?」
「あ、えっと……今、私の頭の中で、やっぱりリシャールをわたくしに返しなさい!  伯爵令嬢如きの小娘が生意気ですわ!  などと言い出す王女殿下の姿の想像が浮かんでしまって……」
「お得意の妄想か…………だが、ベルトランの頭が使い物にならないと分かり、我が家でリシャール様を匿っていることが知られたら…………うん。何だか恐ろしいくらい有り得そうな話だな」
「……」

 いつもなら、お前は何を言っているんだーー!  くらいは言うお兄様が否定しない。
 つまり、そういうこと。
 ───ならば!!

「お兄様!  やっぱり、リシャール様のことは何がなんでも私が守ります!!」
「……顔か?」
「顔?  ───いいえ、全てよ!!」
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