王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
19 / 356

19. 愚かな男

しおりを挟む

❈❈❈



 返事を保留にしすぎたせいか、返事はまだかと催促がしつこかったが、ようやく家族での話し合いが終わり、シャンボン伯爵家……フルールに返事を送る内容が決まった。
 あとは、僕の個人的な手紙を書くだけだ。

(婚約破棄はもちろん同意する───だが)

 あんなとんでもない慰謝料の金額、どうしたって受け入れられるはずがない。 
 そもそも、僕がしたことと言えば、フルールにきちんと話を通す前に大勢の前でシルヴェーヌ様に愛を誓ったことくらいだろう?
 確かに何も言わなかったのは悪かったとは思うが、何もここまで……

「だが、こうまでして僕が離れるのを引き止めたいというのは、まぁ……うん、可愛いじゃないかとも思うし……正直、悪くない」

 僕がそう呟いた時だった。

「ベルトラン?  それは何の話だ?」
「……父上?」

 僕に用があったのか、部屋に訪ねてきた父上が独り言を聞いていたようだ。

「え?  えっとそれは……」
「今のはシャンボン伯爵令嬢……フルール嬢の話だろう?  彼女がお前が離れるのを引き止めたいというのはどういうことだ?」
「それは、だ、だから……」

 仕方がないので僕は説明する。

「実は、フルールはまだ僕に未練を残しているようで」
「なに?  ではあの高額の慰謝料請求は?」
「おそらく……フルールの僕への未練がタラタラだからこのような法外な金額を吹っかけているのだと。これはシルヴェーヌ様も仰っていました」

 父上は、ふむ。そうか……と呟いた。
 そして何かいいことでも思いついたのかニヤリと笑った。

「なら、ベルトラン。お前はフルール嬢を誘惑して慰謝料請求の金額を減額してもらうんだ!」
「は?」

 誘惑する?  フルールを?  婚約破棄したのに?

「あの娘、元気はいいが、お前が求婚するまで誰からも相手にされてこなかった令嬢だろう?」
「そう、ですが……」

 確かに三年前、フルールに求婚した時、初めて申し込まれたんですと言っていた。

「つまり、お前に振られたらもう後がない!  次の嫁ぎ先の宛もなく見つからないので必死になってお前にしがみつこうとしているのだ!」
「その通りだとは思いますが、父上。だからといって誘惑というのはさすがに……」

 僕は戸惑う。
 そんなことをして、もしシルヴェーヌ様に嫌われたら僕はどうなる?
 僕は運命の人を失い、父上もせっかくの王家との縁が潰えてしまうかもしれないんだぞ?

「分かっている。だが、このまま言われるがままに請求された慰謝料を支払えば我が家は……」
「うっ……」
「さすがに貴族の子息の身分……伯爵以上の身分がないと王女殿下とは結婚出来ないだろう?  それでもいいのか?」

 父上の言う通りだ。
 今は少しでも支払い金額が安くなる方法があるならなんでも試すべきだと……

「それに何も本気で誘惑しろとは言っていない」
「え?」

 意味が分からず顔を上げると父上がニヤッと笑う。

「誘惑するフリで騙せばいい。シャンボン伯爵家が慰謝料金額の減額に関して頷きさえすればこっちのものだからな!」
「誘惑するフリして騙す……」
「王女殿下にも誘惑するフリをすると話しておけばいいだろう」

 父上はあっさりそう言った。

「でも、シルヴェーヌ様はとても繊細な心の持ち主なので───」
「いいから、さっさと殿下に事情を説明し、フルール嬢には二人っきりで話がしたいと呼び出すんだ。お前に未練タラタラなら、のこのこ誘いに乗って会いに来るだろう」 

 よほどこの案に父上は自信を持っているらしい。

「まあまあ可愛い顔をしていたが、あまり物事を深く考えてなさそうな単純な性格の娘だったじゃないか。大丈夫、上手くいく」

 この時の父上はとても悪い顔をしていたが、あのバカ高い慰謝料請求を減額させるチャンスだと思ったので僕は頷いた。

(そうさ、本当に誘惑するわけじゃないなら、フルールと二人っきりで会ってもこれはシルヴェーヌ様への裏切りなんかじゃない……)

 元婚約者とちょっと顔を合わせるだけ。
 大丈夫、大丈夫……
 シルヴェーヌ様なら分かってくれる。

 僕は自分にそう言い聞かせて、フルールへの手紙に出来れば君と二人っきりで直接会って話がしたい、と書いた。
 そしてシルヴェーヌ様の元にも報告に行くことにした。


────


(フリとはいえ、フルールを誘惑すること……なんて言い訳しようかなぁ……)

 そんなことを考えながら王宮に向かい、シルヴェーヌ様の部屋に向かう。
 扉をノックするとシルヴェーヌ様が嬉しそうに出迎えてくれた。

「ベルトラン!  ちょうど良かったわ。実は貴方を待っていたの!」
「え?  僕を待っていたのですか?」
「うふふ!  以心伝心ね!」

 ああ、今日も僕のシルヴェーヌ様は美しいのに可憐だ。
 思わずうっとり見惚れる。

(……ん?)

 その見惚れた先に何かが大量に積み上がっている山が見える。

(……?  あれはなんだろう?)

 僕の視線に気付いたシルヴェーヌ様が、うふふっと笑ってその何かの山を指差した。

「前に話したでしょう?  わたくしの伴侶になるための教育と試験について」
「はい」
「その準備が出来たの。というわけで、ベルトラン。これがまず貴方への教育の課題について書かれた紙よ!」

(…………へ?)

 思わずそんな間抜けな声が出そうになった。
 この山が……課題?

「どうかしら?  これくらいなら、リシャールは数日で片付けていたから……ベルトランも大丈夫よね?」
「……っ!」

 僕はニコッと笑って誤魔化すも、内心では顔を引き攣らせる。

 この僕の身長よりも高そうな紙の山が……僕への課題、だと?
 これを……え?  元婚約者は数日で片付けていた?
 は?  人間じゃないだろうーー?

(だが、時間が多少かかっても、これを片付けて試験にさえ受かれば……)

 そう考える僕にシルヴェーヌ様はとても美しい笑顔を浮かべて言った。

「ベルトラン、それが終わったらまだまだ次もあるわ。もちろんわたくしとの愛のために頑張ってくれますわよね?」
「!?」

(つ、次も……あるだと!?)

 それもまだまだ……と言わなかったか……?
 高く高く積み上がっている課題とやらを見上げていると、背中に冷たい汗が流れた。



❈❈❈



 ベルトラン様からの届いた手紙の気持ち悪い一文を見ながらゾッとしていた私はふと思った。

(待って?  ……これ、読みようによってはベルトラン様からの浮気の誘いに見えないかしら?)

 真実の愛だの運命だのと言って王女殿下を選んだくせに、元婚約者の私にまで誘いをかける浮気男からの手紙……
 もちろん誘いに乗る気なんて全くないけれど、これは今後、ベルトラン様が浮気男だという証拠を示すのに使える時が来るかもしれないわ!
 そう思ったら笑みがこぼれた。

「フルール?  さっきまでは眉間に皺を寄せていたのに、今度は急にニコニコし始めてどうした?」
「お兄様?」
「今、フルールが手に持っているのは、ベルトランからの手紙だろう?」

 手紙を読みながら突然笑った私のことを不審に思っているらしい。

「まさか、面白いことが書いてあったのか?」

 お父様が興味を示すと、その横にいるお母様も興味深そうに言った。

「あらあら……いったいどんな愚かなことが書いてあったのかしら?」
「お、母様?」

 なんと、お母様はベルトラン様の手紙を愚か呼ばわり。
 でも……そうね、その通りだわ! 

「……えっと、実はベルトラン様から私に浮気のお誘いがありましたの」

 ───ピシッ

(あら?)

 なるべく簡潔に説明をしなくては……そう思って口にしたけれど部屋の空気が一瞬で凍りついた。

しおりを挟む
感想 1,477

あなたにおすすめの小説

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。

椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」 ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。 ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。 今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって? これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。 さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら? ――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました

ほーみ
恋愛
 その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。 「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」  そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。 「……は?」  まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

処理中です...