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30. 脆そうな真実の愛
しおりを挟むその言葉で、前に私とお兄様を見て「いいなぁ……」と呟いていたリシャール様の姿を思い出した。
(やっぱり兄弟仲は良くなかったんだわ)
「子供の頃は兄上、兄上……と僕の後を着いて来るような弟だったんだけど」
「……」
「でも、僕が王女殿下の婚約者になって、公爵家でも更に厳しく躾られるようになってからは話す機会が減っていって、気が付いたら殆ど口を利かない状態になっていた……」
「リシャール様……」
「たまに目が合っても睨まれてお終いだ」
たくさんの物を背負わされたリシャール様。
きっと自分のことにいっぱいいっぱいで、気が付いたら二人の間には大きな溝が出来てしまっていた。
そんな所だろうと思う。
「……つまり、弟さんは大好きな兄上が突然自分に構ってくれなくなって拗ねていたら、そのまま接し方が迷子になって拗らせちゃったということですわね?」
「え? 拗らせ? 嫌いになったではなく?」
リシャール様が目を丸くして驚いている。
もしかして弟さんに嫌われていると思っていたのかしら?
「そうですわ。困ったことに、なぜかそういう感情ってどんどんどんどん負の方向に走っていってしまうんですのよ」
そして、兄……リシャール様が優秀であればあるほど、自分と比べて劣等感を抱いて……
この人さえいなければ!
そんな感情が強くなっていく。
そうして憧れはいつしか憎しみの対象へ───……
「……皆、私みたいに“お兄様、大好き!”と素直に口に出して言えたなら、こんなことにはならないでしょうに。世の中、恥ずかしがり屋さんが多いですわね」
「は、恥ずかしがり屋……」
「───ですが、私はお兄様が大好き! 誰に聞かれても堂々と答えられますわよ!」
私が自信満々にそう口にすると、リシャール様が後ろで小さく笑った気配がした。
「……知っている」
「ええ!」
「そして、ちょっと妬ける……」
「あら?」
そう口にしたリシャール様にまたギュッと抱きしめられた。
(た、大変! こ、これはもう破局の危機!? 早すぎるわ!)
その言葉に危機感を持った。
もしかしたら、これは私のリシャール様への愛が伝わっていないことなのかもしれない!
そう思った私は、くるりと体勢を変えてリシャール様と向き合う。
「え? フルール?」
突然、体勢を変えた私に驚いているリシャール様の頬に両手を添えて顔を掴んだ。
そして背伸びをすると、自分からチュッとリシャール様の頬にキスをする。
「……!!」
「……」
ボンッと顔を赤くするリシャール様。
そんな彼に向かって私は言う。
「どんなに、だ、大好きでもお兄様に対しては、ここまではしませんわ!」
「……フルール」
「私がこういうことをするのは、リシャール様だけですからね!?」
「フルール!」
そこまで言い切ったら嬉しそうに笑ったリシャール様の美しい顔が近付いてきて、頬ではなく、今度は私たちの唇が重なる。
「もちろん、それも知っているし分かっているよ」
「……?」
キスの合間にそう囁くリシャール様。
唇以外にも、チュッチュッとキスをたくさん落としながらリシャール様は言う。
「だって、お兄様大好き! なフルールごと僕は大好きなんだから」
「!」
「見ていて楽しいよ」
その言葉が嬉しい。
「……ふふ、それなら嬉しいです! ありがとうございます」
「うん……」
目が合った私たちは、微笑み合ってもう一度そっと唇を重ねた。
何度目かのキスを交わして唇が離れたところで私はリシャール様に言った。
「──私、リシャール様の弟さんが本当はどれだけ私のようなお兄様大好きっ子だったとしても、あの追放劇に手を貸したというのなら、絶対に絶対に許せません」
「え?」
「そんな方は、私と同じお兄様大好きっ子仲間とは認めませんから!」
「う、うん? お兄様大好きっ子……」
(そうよ! だから、やらかしたことへの罪はきちんと償わせないといけないわ!)
それに、もしかしたらこの弟さんは……
「……弟さんはあの日のパーティーには参加していたのですか?」
「え? うん。父上の影に隠れて前には出て来なかったけど」
「……」
負に走りすぎた弟さんは、リシャール様のあの不自然な暴行事件にも関わっているかもしれないわ。
そう思った。
それから数日後。
王女殿下に請求していた慰謝料請求に関する返信が届いた。
「まあ! 見事な断り文句! そして脅し付き!」
手紙を読んだ私は思わず感嘆の声を上げてしまう。
「───その件に関しては、こちらに非はない。モリエール伯爵家と話し合えの一点張りだな」
お父様がため息と共にそう言った。
まあ、予想していた答えなので驚きはない。
そして、そのモリエール伯爵家と言えば……
私はチラリともう一通の手紙に視線を向ける。
(今日も届いたわ……)
私の手元には今、大量の浮気のお誘いが溜まっていっている。
あまりにも数が多くて不気味なので、最近はこれ単体でも慰謝料請求出来るのでは?
なんて思っているわ。
「ベルトラン様も諦めが悪いですわね……」
「ベルトランというより、モリエール伯爵家じゃないか? それだけ慰謝料をどうにかしたくて必死なのだろう」
お父様のその言葉に頬杖をつきながら私は言った。
「さっさと払ってしまえば、私とは綺麗に縁が切れて王女殿下と幸せになれるでしょうに」
「あー……フルール。それなんだが」
「お父様?」
聞き返した私にお父様が呆れた顔で話し始めた。
「……こっちから吹っかけるまでもなく、最近の王女殿下とベルトランの仲はギクシャクしているらしいぞ?」
「え? もう?」
まだ、何もしていないのに?
あまりにも脆そうな二人の真実の愛に驚いた。
❈❈❈
「────ベルトラン。どういうことかしら? こんな手紙がシャンボン伯爵家から届いたわ?」
「シルヴェーヌ様?」
今日も王宮で勉強、勉強と追い詰められていたら、シルヴェーヌ様が怒りながら僕の所にやって来た。
「手紙、ですか?」
「そう! 図々しくもこのわたくし相手に慰謝料請求書を送り付けて来ましたわ!」
「へ?」
一瞬、言われていることが理解出来なくて間抜けな声が出た。
そして、意味を理解すると今度は変な汗が吹き出して来た。
はぁ? 王女殿下に対して慰謝料請求?
我が家にあんな高額の請求を吹っかけておいて?
まだ、金が必要だと言うのか?
相変わらず、返信は来ないし……フルールは何を考えているんだ!
「もちろん、お断りの返事を書かせてもらいましたけど、これはどういうこと?」
「そ、それをぼ、僕に聞かれても……」
たじろいでいると、シルヴェーヌ様がジロッと僕を睨んだ。
「───この件、お父様がお怒りなのよ」
「え?」
ギクッと身体が震える。
(陛下? 国王陛下がお怒り!?)
「こちらにまで慰謝料請求を送り付けて来るなんて、モリエール伯爵家は何をしているのかって!」
「……ひっ!」
「近々、お父様は伯爵──あなたの父親を呼び出すつもりだそうよ?」
そこまでに、フルール……シャンボン伯爵家と話し合いが済んでいなかったらどうなるんだ?
だが現状、フルールには無視をされている。
「それからね? ベルトラン……課題のことなのだけど」
「え、は、はい……」
一応、必死でやっている。やっているが終わりが見えない!
「あれから課題を頑張ってくれてちゃんと提出していることは聞いているわ。でも、教師たちがね、わたくしに言うの」
「な、なんて、です……?」
「───ベルトランに試験を受けさせる意味があるのかしらって」
「……っっ!」
僕は息を呑む。
それって……つ、つまり……
「これって、どういう意味なのかしら? ベルトラン」
「そ、それは……」
「おかしいと思うの……だってあなたは優秀なのよね?」
「!!」
どうにかして誤魔化さねば……そう思うのに。
目が泳ぎまくって上手い言葉が出てこない。
(ど、どうしよう、どうすれば?)
全身にはダラダラと変な汗がたくさん流れ始めていた。
───確実に着実に、二人の“真実の愛”は揺らぎ始めていた。
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