91 / 356
91. 破滅を呼ぶ娘
しおりを挟む使用人の話だと、セルペット侯爵は先触れも出さずに突撃して来たらしい。
そして困ったことにお父様とお母様は不在。
なので、お兄様とオリアンヌお姉様が応対しているのだと聞かされた。
(先触れもないなんて……リシャール様の時とそっくりだわ!)
パーティーの時にオリアンヌお姉様はきっちり彼らに釘を刺していた。
それでもこうして突撃して来るなんて……
もどかしいけれど、部屋への乱入はタイミングが肝心。
私は扉の外で様子を窺う。
「───もう一度だけ言う。オリアンヌ、戻って来い」
「お断りします。帰ってください」
「オリアンヌ! そんな頭ごなしに断らないで父上の話を聞くんだ!」
若い男性の声もするので、息子……オリアンヌお姉様にとっては兄にあたる人と一緒に来たのかもしれない。
(ますます、リシャール様の時とそっくり!)
兄弟を連れてくれば絆されるとでも思っているのかしら?
それは仲良しだった場合に限ると思うわ。何も分かっていないのね。
「話ですって? 苦労してせっかく婚約者の座を手に入れたのに、殿下の心を繋ぎ止めておけなかった役立たず……な私に今更、何のご用ですか?」
「うぐっ」
お姉様が帰国した時に父親の侯爵から言われたという言葉をそのまま返していた。
「もう、あの時に親子の縁は切れたものと理解しております。さようなら」
「ま、待て! オ、オリアンヌ……!」
席を立とうとしたらしいオリアンヌお姉様を侯爵が必死に引き止めているようだ。
「そうだ! オリアンヌはもう、セルペット侯爵家の令嬢ではない! 彼女に汚い手で触れるのは止めてもらおう」
(お兄様だわ!)
そこで庇うように前に出て来たのはお兄様。
まるでお姫様を守る騎士のようよ! 素敵!
しかし、執拗い侯爵はそれでも引こうとしない。
むしろ、伯爵家である我が家を馬鹿にしたかのように鼻で笑った。
「はんっ──たかが、伯爵家の令息のくせに出しゃばってくるな。そもそもなぜ若造が同席しているのだ? これは家族の問題なんだ! 引っ込んでいろ!」
「家族と言うなら、もう今は我がシャンボン伯爵家がオリアンヌの家族です。オリアンヌを追放したあなた方の方が部外者だ!」
お兄様がキッパリとそう言い切る。
そうよ! かっこいいわ、お兄様!!
「ふざけるなっ!」
お兄様に反論され部外者扱いされた侯爵は怒りに任せてダンッと勢いよく机を叩いた。
(ああ! 壊したら弁償よ?)
「追放したつもりはない! オリアンヌが勝手に脱走したんだ!」
「屋敷に閉じ込めて一歩も外に出さないのは犯罪だと思いますが? 脱走したくなるのも当然です」
「そうよ! 食事も一日一食だったくせに!」
(本当にありえない話よ……)
肉を求めて腹ペコで倒れていたお姉様の姿を思い出して胸がキュッとなる。
ようやく大好きなお肉をお腹いっぱいたくさん食べれるようになった今のお姉様の掴んだ幸せを邪魔しようとするなんて許せない!
(だけど……)
このタイミングでわざわざオリアンヌお姉様を連れ戻そうとやって来た理由は何?
パーティーの前も行方は探していたはずだけど……
しかし、今となっては貧弱しなしな王太子改め、げっそり王子との婚約は破棄されている。
そして王子も権力を失ったから連れ戻すことにもう意味なんてないはず。
(……これは、金ね)
私の野生の勘が働く。
ベルトラン様と婚約破棄してからというもの、たくさんお金に関わって来たからなのかお金には随分と敏感になったわ。
「──はっきり言ったらどうですか? 何か私を連れ戻さなくてはならないようなくだらない理由があるのでしょう?」
さすが私のお姉様!
同じことを思ったようで父親だった侯爵に問いかける。
「く、くだらないだと!?」
「……」
お姉様は無言で侯爵を睨みつけた。
かっこいい! お姉様! 素敵!
睨まれた侯爵は顔を引き攣らせながらも強気な姿勢を崩さない。
「ははは、さすが我が娘。きちんと分かっているじゃないか」
「娘ではありません」
「オリアンヌ! 父上になんて口を聞くんだ!」
「父親? そんな人知りません。あと、あなたも知らない人です」
「なっ! 兄に向かって……」
オリアンヌお姉様は二人に向かって冷たくそう言い放つ。
取り付く島もない様子のお姉様に痺れを切らした侯爵はため息と共に言った。
「──オリアンヌ。お前に新しい縁談の話が来ている。だから帰って来い!」
「は?」
「なに?」
(なんですって!?)
この侯爵親子……どんな顔をしてこんな馬鹿げた話を持って来たの!
私は隙間から部屋の中を覗き込む。
──盗み聞き? 盗み見? 上等よ!
「相手は、長年お前に懸想していたそうだ」
「は?」
「だが、お前は将来王妃となる身だったからな。静かに見守ることにしたらしい」
オリアンヌお姉様の顔が盛大に引き攣る。
お兄様がそんなお姉様の肩に腕を回して抱きしめながら侯爵を睨んでいる。
「なぁに、ちょっと年は離れているが相手は我が家と同じ侯爵家だぞ。しかも当主。侯爵家の当主の妻になれるんだ。こんないい話はないだろう?」
侯爵の身振り手振りが大きくなる。
これは何かを誤魔化そうとしているような気がしてならない。
「オリアンヌよ、分かるだろう? これはとてもいい話なんだ。先方は殿下に捨てられた傷のあるお前でも構わないと言ってくれているんだ」
「そうだ! 傷物のお前でも役に立てる! とてもいい話だろう?」
婚約破棄されたことが傷物って。
二人揃って女性を道具としか思っていないことがよく分かる発言だった。
(これはやっぱり、金が絡んでいるわね……だって侯爵親子の顔には、金、金、金という文字が浮かんで見えるもの)
オリアンヌお姉様を差し出して大量に金を貰おうという話だわ!
肥えた私の目は誤魔化せない。
「……あなたたちはパーティーでの私の発言や行動を見ておきながらその話を持ってきたと言うの?」
お姉様の声も顔も怒っている。
「ああ。そこの若造なんかにお前をくれてやる義理はない! お前はお妃教育を受けていた娘なんだからな!」
「お断りします! 私は自分で愛する人を見つけました! これからの未来は彼と生きて行くと決めています!」
お姉様がきっぱり告げているのに侯爵は全く意に介さない。
「オリアンヌ……こんな風に反抗するような娘ではなかったのにな」
(こうやって勝手に決めつけてくるところもリシャール様の時と同じだわ)
よく分からないけれど、悪役令息とか悪役令嬢と呼ばれる人の親は阿呆でないといけない決まりでもあるのかしら?
私が悪役令嬢になり損ねた理由が分かったわよ!
私のお父様は、決して阿呆なんかじゃないからだわ。
「どうせ、そこの若造をはじめとしたシャンボン伯爵家の面々に誑かされたに違いない」
侯爵はお兄様を指さしてそう言い切った。
「あ、そうですよ、父上。確かパーティーでオリアンヌは陛下に逆らった時にシャンボン伯爵家の娘に影響を受けたと言ってました」
「そういえばそのようなことを言っていたな……あの無礼にも殿下に逆らっていた娘だな?」
侯爵たちの会話が私の話になった。
飛び込むなら今がチャンス! お説教の時間よ!!
私はそっと扉を開けて中に入る。
「何やら王宮ではあの娘に逆らうと全てを失って破滅するなんていう話もあるが、くだらん。どうせそんなものは迷──」
「───訂正してください。逆らったわけではありません。私は純粋に慰謝料の請求をしていただけですから」
侯爵の言葉を遮りながら私が入室するとお兄様とお姉様がギョッとした。
「フルール!」
「はは、シャンボン伯爵令嬢だな? …………そなたが巷で噂の破滅を呼ぶ娘か!」
振り返った侯爵は私の顔を見るなり苦々しそうな表情で吐き捨てた。
(破滅を呼ぶ娘?)
最近は、普通とか平凡とか……王子には珍妙娘なんて変な呼ばれ方をしたけれど──……
破滅を呼ぶ娘というのは新しい呼ばれ方だと思った。
590
あなたにおすすめの小説
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~
水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」
夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。
王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。
「左様でございますか」
彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪
山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。
「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」
そうですか…。
私は離婚届にサインをする。
私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。
使用人が出掛けるのを確認してから
「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる