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91. 破滅を呼ぶ娘
しおりを挟む使用人の話だと、セルペット侯爵は先触れも出さずに突撃して来たらしい。
そして困ったことにお父様とお母様は不在。
なので、お兄様とオリアンヌお姉様が応対しているのだと聞かされた。
(先触れもないなんて……リシャール様の時とそっくりだわ!)
パーティーの時にオリアンヌお姉様はきっちり彼らに釘を刺していた。
それでもこうして突撃して来るなんて……
もどかしいけれど、部屋への乱入はタイミングが肝心。
私は扉の外で様子を窺う。
「───もう一度だけ言う。オリアンヌ、戻って来い」
「お断りします。帰ってください」
「オリアンヌ! そんな頭ごなしに断らないで父上の話を聞くんだ!」
若い男性の声もするので、息子……オリアンヌお姉様にとっては兄にあたる人と一緒に来たのかもしれない。
(ますます、リシャール様の時とそっくり!)
兄弟を連れてくれば絆されるとでも思っているのかしら?
それは仲良しだった場合に限ると思うわ。何も分かっていないのね。
「話ですって? 苦労してせっかく婚約者の座を手に入れたのに、殿下の心を繋ぎ止めておけなかった役立たず……な私に今更、何のご用ですか?」
「うぐっ」
お姉様が帰国した時に父親の侯爵から言われたという言葉をそのまま返していた。
「もう、あの時に親子の縁は切れたものと理解しております。さようなら」
「ま、待て! オ、オリアンヌ……!」
席を立とうとしたらしいオリアンヌお姉様を侯爵が必死に引き止めているようだ。
「そうだ! オリアンヌはもう、セルペット侯爵家の令嬢ではない! 彼女に汚い手で触れるのは止めてもらおう」
(お兄様だわ!)
そこで庇うように前に出て来たのはお兄様。
まるでお姫様を守る騎士のようよ! 素敵!
しかし、執拗い侯爵はそれでも引こうとしない。
むしろ、伯爵家である我が家を馬鹿にしたかのように鼻で笑った。
「はんっ──たかが、伯爵家の令息のくせに出しゃばってくるな。そもそもなぜ若造が同席しているのだ? これは家族の問題なんだ! 引っ込んでいろ!」
「家族と言うなら、もう今は我がシャンボン伯爵家がオリアンヌの家族です。オリアンヌを追放したあなた方の方が部外者だ!」
お兄様がキッパリとそう言い切る。
そうよ! かっこいいわ、お兄様!!
「ふざけるなっ!」
お兄様に反論され部外者扱いされた侯爵は怒りに任せてダンッと勢いよく机を叩いた。
(ああ! 壊したら弁償よ?)
「追放したつもりはない! オリアンヌが勝手に脱走したんだ!」
「屋敷に閉じ込めて一歩も外に出さないのは犯罪だと思いますが? 脱走したくなるのも当然です」
「そうよ! 食事も一日一食だったくせに!」
(本当にありえない話よ……)
肉を求めて腹ペコで倒れていたお姉様の姿を思い出して胸がキュッとなる。
ようやく大好きなお肉をお腹いっぱいたくさん食べれるようになった今のお姉様の掴んだ幸せを邪魔しようとするなんて許せない!
(だけど……)
このタイミングでわざわざオリアンヌお姉様を連れ戻そうとやって来た理由は何?
パーティーの前も行方は探していたはずだけど……
しかし、今となっては貧弱しなしな王太子改め、げっそり王子との婚約は破棄されている。
そして王子も権力を失ったから連れ戻すことにもう意味なんてないはず。
(……これは、金ね)
私の野生の勘が働く。
ベルトラン様と婚約破棄してからというもの、たくさんお金に関わって来たからなのかお金には随分と敏感になったわ。
「──はっきり言ったらどうですか? 何か私を連れ戻さなくてはならないようなくだらない理由があるのでしょう?」
さすが私のお姉様!
同じことを思ったようで父親だった侯爵に問いかける。
「く、くだらないだと!?」
「……」
お姉様は無言で侯爵を睨みつけた。
かっこいい! お姉様! 素敵!
睨まれた侯爵は顔を引き攣らせながらも強気な姿勢を崩さない。
「ははは、さすが我が娘。きちんと分かっているじゃないか」
「娘ではありません」
「オリアンヌ! 父上になんて口を聞くんだ!」
「父親? そんな人知りません。あと、あなたも知らない人です」
「なっ! 兄に向かって……」
オリアンヌお姉様は二人に向かって冷たくそう言い放つ。
取り付く島もない様子のお姉様に痺れを切らした侯爵はため息と共に言った。
「──オリアンヌ。お前に新しい縁談の話が来ている。だから帰って来い!」
「は?」
「なに?」
(なんですって!?)
この侯爵親子……どんな顔をしてこんな馬鹿げた話を持って来たの!
私は隙間から部屋の中を覗き込む。
──盗み聞き? 盗み見? 上等よ!
「相手は、長年お前に懸想していたそうだ」
「は?」
「だが、お前は将来王妃となる身だったからな。静かに見守ることにしたらしい」
オリアンヌお姉様の顔が盛大に引き攣る。
お兄様がそんなお姉様の肩に腕を回して抱きしめながら侯爵を睨んでいる。
「なぁに、ちょっと年は離れているが相手は我が家と同じ侯爵家だぞ。しかも当主。侯爵家の当主の妻になれるんだ。こんないい話はないだろう?」
侯爵の身振り手振りが大きくなる。
これは何かを誤魔化そうとしているような気がしてならない。
「オリアンヌよ、分かるだろう? これはとてもいい話なんだ。先方は殿下に捨てられた傷のあるお前でも構わないと言ってくれているんだ」
「そうだ! 傷物のお前でも役に立てる! とてもいい話だろう?」
婚約破棄されたことが傷物って。
二人揃って女性を道具としか思っていないことがよく分かる発言だった。
(これはやっぱり、金が絡んでいるわね……だって侯爵親子の顔には、金、金、金という文字が浮かんで見えるもの)
オリアンヌお姉様を差し出して大量に金を貰おうという話だわ!
肥えた私の目は誤魔化せない。
「……あなたたちはパーティーでの私の発言や行動を見ておきながらその話を持ってきたと言うの?」
お姉様の声も顔も怒っている。
「ああ。そこの若造なんかにお前をくれてやる義理はない! お前はお妃教育を受けていた娘なんだからな!」
「お断りします! 私は自分で愛する人を見つけました! これからの未来は彼と生きて行くと決めています!」
お姉様がきっぱり告げているのに侯爵は全く意に介さない。
「オリアンヌ……こんな風に反抗するような娘ではなかったのにな」
(こうやって勝手に決めつけてくるところもリシャール様の時と同じだわ)
よく分からないけれど、悪役令息とか悪役令嬢と呼ばれる人の親は阿呆でないといけない決まりでもあるのかしら?
私が悪役令嬢になり損ねた理由が分かったわよ!
私のお父様は、決して阿呆なんかじゃないからだわ。
「どうせ、そこの若造をはじめとしたシャンボン伯爵家の面々に誑かされたに違いない」
侯爵はお兄様を指さしてそう言い切った。
「あ、そうですよ、父上。確かパーティーでオリアンヌは陛下に逆らった時にシャンボン伯爵家の娘に影響を受けたと言ってました」
「そういえばそのようなことを言っていたな……あの無礼にも殿下に逆らっていた娘だな?」
侯爵たちの会話が私の話になった。
飛び込むなら今がチャンス! お説教の時間よ!!
私はそっと扉を開けて中に入る。
「何やら王宮ではあの娘に逆らうと全てを失って破滅するなんていう話もあるが、くだらん。どうせそんなものは迷──」
「───訂正してください。逆らったわけではありません。私は純粋に慰謝料の請求をしていただけですから」
侯爵の言葉を遮りながら私が入室するとお兄様とお姉様がギョッとした。
「フルール!」
「はは、シャンボン伯爵令嬢だな? …………そなたが巷で噂の破滅を呼ぶ娘か!」
振り返った侯爵は私の顔を見るなり苦々しそうな表情で吐き捨てた。
(破滅を呼ぶ娘?)
最近は、普通とか平凡とか……王子には珍妙娘なんて変な呼ばれ方をしたけれど──……
破滅を呼ぶ娘というのは新しい呼ばれ方だと思った。
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