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90. やっぱり大親友 ②
しおりを挟む「ひぃっ!?」
「あ……」
(もしかして、突然手を握ったから驚かせてしまった?)
私は安心して欲しくてアニエス様に優しく微笑みかける。
「……大丈夫ですわ」
「は?」
「私、アニエス様の気持ちはちゃんと分かっていますから」
私の言葉を聞いたアニエス様が一瞬ポカンとした後、声を張り上げた。
「わ、分かって……いるなら、手! その手を!」
「ええ、私は決して離しませんわ!」
「は? な、何でぇ!?」
たとえ、他の令嬢に嫉妬されたとしても大事な親友の手を離したりするものですか!
「私、大事な人の手は離さないと決めているんですの」
「……え?」
「手を離したら守れませんからね!」
アニエス様がまだポカンとした顔をしているので私は、更に手に力を込めた。
「アニエス様は人気者なので人との衝突も多いと思うんです」
「……!」
特に照れ屋さんだから発言が誤解を招くこともあると思うのよ。
「私はこそこそ姑息な手段を取る方が嫌いです。そういう姑息な人たちからアニエス様をお守りすると約束しますわ」
「なっ……」
感激してくれたのか、アニエス様の目が大きく見開かれた。
そして、そのまま言葉を詰まらせている。
「───フルール」
「リシャール様?」
そこで静かに私たちのやり取りを見ていたリシャール様が私を呼ぶ。
「ずっと気になっていたんだけど、フルールがパンスロン伯爵令嬢と親しくなったきっかけって何だったの?」
「きっかけ、ですか?」
「パーティーや夜会でフルールが一人でいると他の令嬢を連れてきてくれるとか、斬新なダンスだと褒めてくれてアドバイスを貰ったこととかは聞いたけど」
「!?」
リシャール様の言葉にアニエス様がクワッと更に大きく目を見開くと声にならない声を発する。
勝手に話すなんて恥ずかしいじゃない!
そう思っているのかもしれないわ……
「リシャール様もご存知かと思いますけど、私たち歳が同じなので社交界デビューの年も同じだったのです」
「うん」
「……ですが、当時の私は、お兄様とばかり遊んでいましたので人見知りが発動し……」
私がそこまで言うと二人が同時に驚愕した顔で私の顔をまじまじと見てくる。
「……人見知りだって? ……フルールが?」
「フ、フルール様……? な、何を言っているの? あれで人見知り……?」
「?」
二人が何に驚愕しているのかはよく分からないけれど、私は続ける。
「デビューの日、パートナーだったお兄様が友人たちに捕まってしまい私は一人ぼっちになってしまいました」
そうなると私のすべきことは一つ!
あの美味しそうな料理を私の胃袋に収めること! だった。
「ですから、ここぞとばかりに片っ端からパーティー会場の美味しい料理を食べて回っていましたところ……そこにアニエス様がやって来ました」
私はそこでアニエス様の顔をじっと見つめる。
その時のことを思い出したのかアニエス様は遠い目をして呟く。
「……あの胸焼けしそうな程の大食いの光景は今でも忘れられないわ」
リシャール様が小さく吹き出した。
「アニエス様の方が先にデビューを済ませていたのでパーティー慣れもあったのでしょう。そこで初めてのアドバイスをくれました」
「……アドバイス、か」
アニエス様はその時のことを思い出したのか恥ずかしそうな声を上げる。
「は!? アドバイス!? あれは……」
「──このような場でそんなにガツガツとはしたない! ……あなたはコロコロになりたいんですか? って」
「コ……コロール……!」
リシャール様が口元に手を当てて震え出す。
「せっかく用意したドレスが悲しいことになってしまうので、コロコロになるのは困るわ……とぼんやり考えている間もアニエス様はたくさんアドバイスをくれまして」
「え? 嘘っ……何であれがアドバイスになる……のよ……」
「なんて良い方なの! そう思っていたら、なんとそれからも顔を合わせる度にたくさんのアドバイスをくれて……本当にいつも頼りにしていますわ」
特にベルトラン様と婚約してからは、特に厳しい目でアドバイスをくれるようになったわ。
──そんな生温い態度で伯爵夫人になれると思って?
そう言われた時は、特にじんっと胸に来たわ……
「……っ! フルール様、あなたって方はどこまで、おめでたい頭を……」
「───だって、こんなたくさんのアドバイス……それだけアニエス様が私のことを見てくれているという証拠でしょう?」
私は満面の笑みを向ける。
「……なっ?」
「些細な変化に気付けるほど、私のことを見てくれている……そんなの家族以外ではアニエス様が初めてでした」
「……」
「これだけ私のことに心を砕いてくださる方を親友と呼ばずになんと呼べと?」
「……」
「人によってはアドバイスがお小言のように感じる方もいるかもしれません。でも、言いたいことも言わずに影でコソコソ姑息なことを考えている人なんかよりも私は当然、はっきり口にしてくれるアニエス様の方が大好きですわ!」
ふと顔をみるとアニエス様の瞳が揺れだしている。
どうやら照れ屋さんが発動して恥ずかしがっているみたい。
「……っ! バ、バカなの? なによ、それ……」
「アニエス様はいつだって最後まで私の話を聞いてくれますしね!」
「───っ! フ、フルール様は……わたしがあなたのことを嫌いだとは思いませんの!?」
アニエス様のその返しに私は目を瞬かせた。
「嫌い? まさか! そんなこと思ったことありませんわ!」
「どうして!」
「だって───……」
私はにこっと微笑む。
「私なら嫌いな人にわざわざ声はかけませんから」
「……え」
「ベルトラン様とか、げっそ……コホッ、ヴァンサン殿下とかは慰謝料請求が終わったら二度と声をかけたくない存在ですわね」
「……」
「でも、アニエス様はこうして私に声をかけてくれるでしょう?」
またアニエス様の瞳が揺れている気がする。
「そうそう! アニエス様! 実は私には素敵なお姉様が出来ましたの」
「は……?」
「オリアンヌ様のことですわ! 今度は我が家に招待しますのでぜひ、お姉様も一緒に仲良くみんなでお茶をしましょう!!」
私がそうお誘いしたらアニエス様の頬がピクピク引き攣りだした。
「オ、オリアンヌ様? …………そ、そういえばあの時……可愛い義妹がって言っていたわ。あれは……」
「そうですわ! 私たち最強令嬢を目指す姉妹になりました! どうですか? アニエス様も一緒に目指しませんか?」
「は?」
せっかくなのでアニエス様も目指せ、最強令嬢! にお誘いしてみたけれど、なんでよ! って怒られてしまったわ。
残念……
「……で、ですけど!」
「?」
アニエス様が頬を赤らめ照れながら少しぶっきらぼうな様子で私に言った。
「オ、オリアンヌ様がいらっしゃるお、お茶会なら……さ、参加してあげても……いいわ!」
「アニエス様!!」
「ふんっ!」
それだけ言ってアニエス様は行ってしまう。
「では、お姉様と相談して連絡しますわ~」
私は手を振ってアニエス様を見送る。
さて、私も急いで帰らないと……そう思って歩き出そうとしたらリシャール様が後ろから私を抱きしめた。
「リシャール様!? ここは我が家と違って王宮の廊下ですわよ!?」
「──うん、分かってる。でも少しだけ……」
王宮の使用人たちは我が家と違って訓練されていないから、見て見ぬふりはしてくれない。
「……どうしたのです?」
「いや、フルールはそうやって無邪気に壁を壊していくんだなって」
「壁?」
私が首を捻るとリシャール様が楽しそうに笑う。
「僕の弟に対してもそうだった」
「……」
ジメ男ね……?
久しぶりに存在を思い出した。
彼はちゃんと罪を償っているかしら?
戻って来たら、リシャール様の妻として厳しくチェックする気でいる。
「……フルールに嫌われるってよっぽどなんだろうなぁー……」
「ベルトラン様やげっそり王子たちは許しませんわよ!」
「ははは、あの真実の愛を謳った人たちがトップか!」
「当然ですわ!」
そんな話をしながら邸に帰ると、何だか我が家が騒がしい。
(……来客?)
見知らぬ馬車が止まっていたので誰かが来ている様子。
誰かしら?
そう思っていたら、お姉様の叫び声が聞こえて来た。
「───帰ってください! 言ったでしょう? もう私はあなたたちとは無縁です!!」
(あ!)
その言葉ですぐにセルペット侯爵が来ているのだと理解する。
(執拗いわね? ──お姉様の幸せの邪魔は絶対にさせないわ!)
…………どうやら、まだお説教の足りていない人が残っているらしい。
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