100 / 356
100. 幻の令嬢
しおりを挟む「──え!? 弟子入り出来たの?」
「心身共に鍛え抜かれた最強令嬢を目指す───こんな志を持った令嬢はなかなかいない! そう感激してくれましたわ!」
翌日、私はリシャール様の元を訪ねてニコレット様とお会いしたことについての報告をした。
「……確かに、なかなかいない……いや、他にいないだろう」
リシャール様がそうボソッと口にすると、優しく私を抱き寄せた。
私はそんなリシャール様にお礼を告げる。
「リシャール様、ありがとうございます」
「うん? なんのお礼?」
ギュッ
リシャール様は力強く抱きしめながら聞き直して来た。
私は、腕の中でふふっと微笑む。
「昨日、お兄様が言っていましたの」
「アンベール殿が?」
「婚約者が弟子入りしてまで身体を鍛えたいなんて言いだしたのに、反対もせずに送り出してくれる婚約者なんてなかなかいないぞ、ですって」
「!」
私がお兄様に言われた通りのことを告げたら、リシャール様は目を丸くして驚いた顔をする。
そして手を伸ばして私の頬に触れて軽く撫でたあとは、チュッと私の額にキスを落とした。
「ん……リシャール様?」
リシャール様は、どこか嬉しそうに声を出して笑う。
「ははは! アンベール殿も分かっているとは思うけど、やっぱり、こうしてのびのびしている所がフルールの一番の魅力だからね」
「リシャール様……」
「無茶をしないかって心配はするし、気にもなるけど取り上げることなんてしない。僕はそんなフルールを好きになったから」
「!」
そう口にするリシャール様の笑顔に胸がキュンとした。
国宝の笑顔と優しさはやっぱり素敵!
「───それはそれで、フルール」
「どうしました?」
「いや、辺境伯令嬢は今後、セルペット侯爵家をどうするつもりでいるのかは聞けたの?」
「あ、はい。それは───」
「それは?」
私はにっこり笑って答える。
「今回の件、話を聞いたニコレット様の父親……辺境伯様は大激怒しているそうなのです」
「だい……げきど」
ピクッとリシャール様の顔が引き攣った。
「これまで何度か婚約について話し合いたいと言っても、のらりくらり躱してきては権力をチラチラさせていたのに、ここに来て言い逃れできない浮気をしていたことにも当然ご立腹……」
「あー……」
「ついでに息子の浮気のせいで財産状況が悪くなっていったことも怒っていたそうですわ」
これには、リシャール様も肩を竦めて苦笑いするしかない。
「と、いうわけで予想した通り、私兵も引き連れて領地を奪い取るくらいの勢いでこちらにやって来たそうですわ」
「そ、それはまた……」
辺境伯の本気───これはもう私にはペラペラ男がぺったんこになる未来しか見えない。
「そういうわけで、昨日はセルペット侯爵家に請求する場合の慰謝料の相場などもお話して、ペラ……息子の浮気についての確実な証拠を揃えることになりましたわ」
ペラペラ男がエリーズ嬢の取り巻き化していた事実は旬の話題なので、誰もが知る所となっている。
けれど、どうせなら過去の浮気分まで請求しなくちゃ勿体ない!
ちなみにそれらを足すと全財産奪うくらいになるのでは? そんな金額になりそうだった。
「……と、いうわけでお茶会ですわ!」
「うん?」
「約束していたお茶会を開くことにしましたの!」
「約束って……」
私はニンマリ笑った。
そう。持つべきものは大親友ですわ!
────
「……フ、フルール様! こ、ここここここれはいったいどういうことですか!」
「アニエス様! ようこそいらっしゃいました」
そうしてお茶会の日。
一番最後にやって来たアニエス様を出迎えるといきなりの質問攻めに合った。
「えっと、どういうこと、とは?」
私が首を傾げるとアニエス様は更に興奮していた。
「っっ! な、何をそんな気の抜けた顔で呑気なことを言っているんですかっっ!!」
「気の抜けた? 呑気? 私はいつも通りですけれど?」
「……くっ! …………っ」
ますます意味がよく分からない。
目をパチパチさせていると、アニエス様は一瞬黙り込んで急に笑い出した。
「───そうよ、相手はフルール様……ふふ、わたしったら何を忘れていたのかしら……ふふ、ふふふ。分かっていたことじゃないの……」
「アニエス様! とても喜んでもらえて嬉しいですわ」
理由は不明だけど、笑っているし、とっても楽しそうなのでよかったわ。
「───よっ!? 少しお黙りなさい! コホッ……た、確かにわたしはあなたとお茶会の約束は……しました」
「はい!」
アニエス様と私の付き合いは長いけれど、家まで来てくれたことは初めてよ!!
だから、嬉しくて今日は朝から笑顔が止まらないの。
(より、大親友の絆が深まった気がするわね!)
「参加者……オリアンヌ様だけでなく、ひ、一人増えることも聞いた、わ」
「はい!」
今日はニコレット様も参加する。
ペラペラ男が口説いていたことのある令嬢とお茶会を約束しているという話をしたら、私が何か言う前に「参加したい!」と前のめりで強く表明してくれたわ。
と、いうことでアニエス様にも一人増えますと連絡はしたのだけど……
(それがどうしたのかしら?)
アニエス様は私の両肩を掴むとすごい勢いで前後に揺さぶる。
「あーなーたーねー!? 何をどうやったら“幻の令嬢”とのお茶会のセッティングが出来るのよぉぉぉ」
「幻の令嬢? どなたのことです?」
聞いたことのないフレーズに首を捻っていたらアニエス様はますます興奮していく。
「は!? そんなのニコレット・ドーファン辺境伯令嬢のことに決まっているでしょう!? どうやって呼び出したのーー!」
「ひぇ!?!?」
アニエス様の揺さぶりが更に強くなる。
「ほとんど領地から出ることなく、王都に姿を現すのだって年に一度あるかどうか……」
「まあ! 年に一度?」
滅多に出て来ないとは聞いてはいたけれど、そんなに少なかったなんて!
さすがアニエス様! お詳しいわ。
そう思ってニコニコしていたら、そこから更にアニエス様の興奮が高まっていく。
「もう、何を笑っているのですか! これは笑いごとではありませんーー」
「?」
「オリアンヌ様にニコレット様……社交界でも色々な意味でも有名な二人を……二人を……そんな呑気な顔をして集めるとか! 本当に何者なのよぉぉぉーー」
なんと! ここでまさかの自己紹介の要求!
「え? 私の自己紹介ですか? 名前はフルー……」
「ちーがーうーわーよーーーー! 何でそうなるのよ! そうじゃないーー」
アニエス様ったら今日も元気いっぱいね!
そう思ったらまた、嬉しくなった。
「くっ! だから! その笑顔はなんなのよーー……!」
こうして、絶対に楽しいお茶会は始まりを迎えた。
502
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました
ほーみ
恋愛
その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる