王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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282. いざ、出発!

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 それから、数日後。
 私がお見舞いに行ったあと、何故か再び寝込んでしまったネチネチ王子。
 けれど、それから目も覚めてようやく帰国出来るくらいの体力が戻ったということで、出発の日が決まった。


「全く!  ネチネチ王子がまた寝込んでしまったので、出発はいつになるやらと思いましたわ!」
「…………王子がまた寝込んだのってさ…………フルール」

 ネチネチ国に向かう道中の馬車の中。
 私の言葉を聞いたリシャール様が隣でなぜか苦笑いしている。

「旦那様?」
「……いや、なんでもないよ」
「そうです?  ───しかし、残念でなりませんわ!」

 私は腕を組んで怒りをあらわにする。

「フルール……」

 リシャール様が優しく私の背中をさすってくれる。
 けれど、そんな簡単に私のこの怒りはおさまりませんわ!

「ネチネチ王子が二度も寝込まなければ、ニコレット様やジメ男たち辺境伯領の皆様と途中まで一緒に行動するはずでしたのに!」

 そう。
 ネチネチ国に行くには辺境伯領を通ることになる。
 それなら、即位の儀のために王都に来ていたニコレット様たちが領地に戻るのに合わせて私たちも出発しようかと考えていた。
 しかし、ネチネチ王子が再度寝込んだことで出発が延期になり、さらに───

「辺境伯令嬢たち、急いで戻らなくちゃいけなくなったと言っていたね」
「ええ」

 当初はそれでも一緒に行動するはずでしたのに……
 ネチネチ王子の目覚めを待っていたら、辺境伯領に残っていた騎士から早馬で手紙が届いた。
 それを読んだニコレット様たちは慌てて先に戻らなくてはいけなくなってしまいましたわ。
 ネチネチ国に向かう際に、再度会えるには会えるけれど──……

「あれもこれもそれも全部、ネチネチ国のせいですわ!」
「えっと──なんだっけ?  向こうの国が集めていた兵や軍が一部残してほぼ撤退したんだっけ?」
「ニコレット様はそう言っていましたわ」

 きな臭い動きがあると言われていたネチネチ国。
 陛下の即位の儀を迎えた時は、かなりの数の兵や軍を国境付近に配備していて、一触即発状態だったそう。
 しかし、即位の儀にあわせて攻めてくるわけでもなく、むしろなぜか突然撤退したという。

「開戦を仕掛けるつもりだったけど撤回することにした?  それともただの牽制──脅しだったのかな?」

 うーんとリシャール様が考え込んでいる。
 どちらにせよ、油断ならないからニコレット様たちは慌てて辺境伯領へと戻ることに……

(国防の要は心休まる時がなかなかありませんわねぇ……)

 やはり、今回の訪問でこれ以上ネチネチするのはおやめなさい!  としっかりお説教しなくてはなりませんわ。
  
「あ、そういえば」
「ん?」
「ネチネチ王子にその撤退の件を訊ねようとしたのですが、なぜか私の顔を見るなり石像みたいに固まって微動だにしなくなってしまい話が出来ませんでしたわ」
「フルール…………それ、完全にトラウマ植え付けてるよ……」

 リシャール様が額に手を当てて顔を俯ける。
 その言葉に私は果て?  と首を傾げた。

「トラウマ?  とにかく!  もう国も王子もネチネチしすぎて何を考えているのかさっぱり分かりません!!」
「フルール、落ち着いて!」
「旦那様……」

 怒りがなかなか冷めない私をリシャール様は優しくなだめてくれた。
 そんなリシャール様に私の胸がキュンとなる。

(ああ、国宝は今日も美しいですわ!)

「はっ……そういえば、旦那様。ジメ男とニコレット様は前より仲良しになっていましたわね?」
「え?  うん。弟は顔つきもだいぶ変わっていた」

 リシャール様はどことなく嬉しそう。
 私にはどうしても彼をジメ男と呼ぶ癖が抜けませんけれど、あの出会った頃のジメジメの面影はもう無くなっていた。

「やはり、毎日厳しく鍛えられると違うようですわね」

 私だって毎日の日課としての走り込みは欠かしていない。

(また、辺境伯領の騎士たちと走り込みしたいですわね~)

 ふとそんなことを考えた。

「ですが、ジメ男……それでもまだ辺境伯様に“漢”として認められていませんの?」
「うーん、さすが辺境伯。やっぱり厳しい」

 リシャール様が肩を竦める。

「でも、ジメ男の成長を話してくれるニコレット様はとても可愛らしかったですわ!」
「二人の仲が良好なら、そのうちいい報せを聞けるよ」
「そうですわね!」

 私たちはふふふ、と微笑み合う。

(二人の幸せ、皆の幸せのためにも……ネチネチ国には大人しくなってもらわないと……!)

 私は窓の外に目を向けて、ネチネチ王子が乗っている馬車の姿を見ながら改めてそう決意した。



 ───それからのネチネチ国までの道は至って平穏だった。

 辺境伯領に入った時は、念願の騎士たちと久しぶりの走り込みも行った。

『俺たち、もう負けません!』
『あれから、血を吐くほどの努力をして来ましたから!』
『まあ!』

 そんなに!?
 熱い心をぶつけてくる辺境伯領の騎士たちに感動して私はキラキラと目を輝かせた。

『それでは、皆で走り込みですわ~』

 私のその声で念願の皆での走り込みが開始!
 しかし……



 辺境伯領を出発した私は馬車の中から窓の外を見ながら、その時のことを思い出して軽くため息を吐く。

「フルール?  ため息を吐いてどうかした?」
「あ、旦那様……」

 その声に振り向くと、リシャール様が心配そうに私の顔を覗き込んでくる。

「あー……もしかして、辺境伯領の騎士たちとの勝負のこと?」
「ええ……とてもショックでしたわ」

 私はギュッと両拳でドレスを握りしめる。

「私……今度こそ、仲良く皆様と並んで走れると思いましたのに!」
「……うん」
「だんだん静かになりましたわ~?  と思って振り返ったら、誰もいないってどういうことですの!?」
「……う、うん」

 走り始めた当初は、何人もの騎士が私と並んで走っていた。
 しかし、なぜかその数は一人また一人とだんだんと減っていき、気がつくと私は独りぼっちになっていた。
 私は辺境伯領で走り込みをするのは初めて。
 それなのに知らない道に独りぼっち───

「知らない土地なのに危うく、私が迷子になった騎士たちの捜索を開始しなくてはいけなくなるかと思いましたわ」
「…………迷子になった騎士たち、か」

 リシャール様がフッと笑う。

「どうやら、皆で揃って姿を隠して私を驚かせようとしたみたいですけれど……全くですわ!」
「……いや、屈強な騎士たちの力尽きた屍が……道にね、転々と…………すごい光景だったよ、うん」 
「屍?」

 そう口にするリシャール様の顔は笑顔だったけれど、なぜかピクピクと頬が引き攣っていた。

(どうしたのかしら?)

「そういえば、彼らは“まさかこんなにパワーアップしているとは……”“出直して来ます”“まだまだ未熟でした”“身の程知らずだった我々をお許しください”と顔をクシャクシャにして皆、地面に這いつくばって泣いていましたわね……?」
「うん、あれもすごい光景だった…………皆、フルールの前に這いつくばっていたから、フルールがまるで騎士を従える女王みたいだったよ」
「……?  私はまだ、女王ではありませんわよ?」

 なぜここで女王?  
 不思議に思い、眉をひそめながら私は首を捻る。

「ははは、分かっているよ」

 リシャール様が楽しそうに笑いながらそっと私の肩に腕を回して抱き寄せる。

「旦那様?」
「……」
「っ!」

 リシャール様は無言で国宝級の微笑みを浮かべると、そっと優しく私の額にキスを落とした。



 そんなこんなで、遂に私たちはネチネチ国入りを果たした。
 その後も大きなトラブルもなく私たちの乗った馬車はネチネチ国の王都、そして王宮へと向かっていく。

(国境を越えたら隠れていた兵が……なんてことはさすがになかったようですわ)

 実はそんなこともあるのでは?  と、少し警戒していた。
 しかし、ネチネチした性質の国ではあるけれど、さすがに倒れた自国の王太子の付き添いを勝手でた私たちに無体を働くつもりはないらしい。

「もうすぐ王都ですわね……」

 王都入りしたら王宮まではもうあっという間。
 ネチネチ国王との対面の時ですわ!

(お母様に執着していた人───どんなネチネチ具合なのかしら……)

「───心の準幅は大丈夫?  フルール?」

 心配そうなリシャール様に向かって私はニンマリ笑顔で答える。

「ええ、もちろんですわ!」
「メラール……!」
「ふっふっふ。今回は───お母様からも“好きにしていい”と許可も貰っていますのよ!」
「そ、そっか、そうなんだ……?  でも、陛下の許可は……あるのかな……」
「ふっふっふっ」
「あ、駄目だ。聞いてない……」

 今回“は”思う存分好きなようにやらせていただきますわーー!


 こうしてメラメラと闘志を燃やす私、“王族クラッシャーフルール”はネチネチ国の王宮へと足を踏み入れた。

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