290 / 356
290. 怪しい本
しおりを挟むニヤリと笑った私にリシャール様が不思議そうに訊ねる。
「だけどさ、フルール。数ある本の中で何でそれに目を付けたの?」
「え?」
「やっぱり野生の勘?」
その質問に私はフフッと笑みを深める。
「リシャール様。王妃殿下はなんて言っていたか覚えています?」
「え?」
「人気のない書架──と、言いましたわ?」
「う、うん……?」
私の言葉にリシャール様は首を傾げます。
私は顔を上げて書棚を見回す。
「どうやら、この辺りはネチネチ国関連──主に王族に関連する本が多く集められています」
「そう、みたいだね?」
「ですが、ここの書架は人気がない……ということは、読まれない本ばかりが集まっている、ということになるのですわ」
「あー……」
リシャール様は今、明らかに“ここの王族、つまらなそうだもんね”という言葉を飲み込みましたわ!
同感ですわ~
「───しかし、この本をよーーく見てご覧くださいませ」
私はこの『舞姫と私』と読めるタイトルの分厚い本を掲げてリシャール様に見せる。
「……あ! 背表紙が……」
ふふ、リシャール様も気付いたようですわ。
「そうです! このくたびれ具合……ここにある他の本と比べて明らかに人の手が多く触れられていたことが分かります」
私の見立てによると年季が入っていますわよ?
「そっか。それでフルールの目に止まったんだ?」
「ええ。それで怪しい匂いがしたので、この本のタイトルを色んなパターンに組み替えて読んで見ましたの…………結果が気持ち悪いこれですわ」
私がニンマリ笑うと、リシャール様もハハハと笑う。
「フルールの前で“悪いこと”は出来ないね?」
「はい?」
「怪しいと思われたが最後───野生の勘とフルールのこれまで培った知識で全て明るみにされちゃう」
リシャール様はそっと私の耳元に顔を寄せると、囁いた。
「───やっぱり君は“最強”だよ、フルール」
(まあ!)
その言葉が嬉しくて頬がニマニマ緩んでしまう。
「ありがとうございます! ですが終わりはありませんの」
「うん?」
「何度も言っていますように、最強の最強の最強……私は常に上を目指していますから」
リシャール様がコクリと頷く。
「最強令嬢から最強の公爵夫人───たとえこの先、最強の女王となったとしても……終わりはありませんわ」
「フルール……」
にこっとリシャール様に微笑んだところで、私はこの『舞姫と私』という気持ち悪いタイトルの本を開く。
「───まあ! ネチッとした顔の男の人の絵がいっぱい!」
「……国王だね」
「夢うつつで一瞬だけ見た顔ですわ!」
「フルールが破壊した銅像もこんな顔だったよ?」
リシャール様がククッと楽しそうに笑いながら教えてくれる。
「なるほど……これは。酔っ払いが破壊したくなる気持ちがよーーく分かりますわ」
絵なのに滲み出るネチネチ度。
やはり、粘着力は王太子殿下とは比べ物になりません!
ネッチネチ!
「寝込むくらいもう見るも無惨な状態となって粉々になっているから大丈夫だよ」
「破壊されて良かったですわ~」
自分の中に破壊したという自覚が無いせいで、破壊した張本人のはずの私は他人事のように胸を撫で下ろす。
この本、どうやら元のタイトル通りで、初めの方はネチネチ未練タラタラ勘違い国王の絵姿ばかりだった。
(見飽きましたわ……)
ネチネチ顔にお腹がいっぱいになった辺りで紙質が変わる。
私は眉をひそめた。
ここからは後々、追加しているみたいね?
そう思いながら目を通す。
そして内容も……
(……“舞姫と私”になりましたわ!)
この先は、読まなくても何が書いてあるかは想像つく。
私は深呼吸したあと、ページをめくりその先に目を通した。
「……旦那様」
「フルール、大丈夫? 眉間の皺がすごいよ?」
「はい。やはり、ネチネチ未練タラタラ勘違い国王と呼ばれるだけあってネッチリ具合が凄いですわ」
「……ネッチリ」
ヒクヒクッとリシャール様の顔が引き攣る。
「そんなに?」
「……舞姫と私──妄想小説か何かかと思いましたが、日記のようですわ」
今日も“私の”舞姫は美しい~、昨日の“私の”舞姫は~……
私の舞姫、舞姫とうるさいですわ!
「はっ! なんてこと! お父様が極悪人のように書かれていますわっ! 許せません!」
「フルール! 落ち着いて、ね?」
怒りでメラッとしてメラール化する私を宥めるリシャール様。
「それから、お母様はこんなにお淑やかではありませんわ! もう! いったいどこに目をつけているの!」
「フルール! ほらほら息を吐いて、吸って……」
「……っ」
興奮した私、メラールの背中をさすり手早く落ち着かせるリシャール様。
素晴らしすぎるほど出来た夫ですわ……
「しかし……その本、そのまま気持ち悪い日記が延々と続くだけなのかな?」
「いえ、私の勘だとそんなことはないはず───あ!」
(ありましたわーーーー!)
お目当てのページを見つけた私はほくそ笑む。
ピタッと動きを止めた私に首を傾げるリシャール様。
「どうかした? フルール。ん? なんかそこから文体が急に変わったね?」
「そうです…………ここからですわよ、旦那様」
「え?」
きょとんとするリシャール様に私はニヤリと笑う。
「王妃殿下へいいお土産が出来そうですわ───」
❇❇❇❇❇
(……名探偵フルールモードに入ったかな?)
非常に気持ち悪そうな内容の本を真剣に読み続けるフルールを僕は見つめる。
どうやら“目当て”の部分を見つけたのか、読むスピードが格段に上がった。
集中力が凄いので、ここからは余程のことがない限り僕からは話しかけない方が良い。
「……」
(今さら、敢えて聞くことはしないけど)
フルールの読む速さはめちゃくちゃ早い。
え? 本当にそのページ全部読んだの? って速さでページが捲られていく。
これはいつもそうだ。
でも、後で話すとときちんと内容はフルールの頭の中に入っている。
(……子供の頃からずっと自分が勉強漬けだったからこそ分かる)
皆、フルールのことを見る時は大胆な行動や発言の方にばかり注目するけど───
記憶力、情報処理能力、応用力、洞察力……あと、視力もか。
とにかくフルールはどれもかなり優れている。
そして、それは昔の僕が喉から手が出る程、欲しかったもの───
(フルールの凄いところは……)
それらが全て無自覚だということ。
それと、そこに“野生の勘”を働かせることで更にパワーアップするってところだ。
ただ……
(たまに全力で推理が斜め上を走って行くからなぁ……)
名探偵フルールを名乗るだけあって推理力もあるんだけど、何故か時々変な方向に全力で走っていく。
そして一見、迷走したかのように見せかけて正解……というか真相に辿り着くんだ。
(───さて、僕の可愛い妻は今回は何を見つけたんだろう?)
王妃殿下と組んで、ネチネチ国王を潰す気満々のフルール。
まさか、あんなにきっぱり潰すことを意思表示するとは思わなかった。
(母親に執着しているのが許せなかったんだろうな)
なんであれ、僕の仕事はそんなフルールの思いを汲み取ってサポートすること。
しかし、フルールのあの顔は分かっていなかったな。
王妃殿下が夫の国王“潰しちゃえ!”と思ったきっかけが自分なのだと───
(あ、そうだ!)
僕は今のうちに王妃殿下の言っていた“大事な資料”を隠してあるという、クッソつまらない本を探すことにする。
おそらくその本の中に隠してある資料というのは、王妃殿下が国王を追い詰めるのに使えるものなのだろう。
何だかこれは凄い瞬間に立ち会うことになりそうだ───
僕はフッと小さく笑う。
あの日、シルヴェーヌ王女に捨てられてフルールに拾われてからというもの、色んなことに巻き込まれている気がする。
とにかく親から愛されたいと必死だった子供の頃の自分に言ってやりたい。
───親からの愛は得られないけど、その代わりにとびっきり可愛いのに強くてかっこよくて素敵で無敵な人に拾われてメロメロにされちゃうよ、と。
(フルール……君はよく僕を国宝だと口にするけれど)
国宝って国の宝だろう?
僕はフルールの方こそ“国宝”だと思うんだけどな。
そんなことを思いながら最愛の妻、フルールにチラッと目を向ける。
(早っ! そしてあの顔……)
フルールは頬を可愛く緩めてニマニマしながら、すごい勢いでページを捲っていた。
❇❇❇❇❇
「さぁて、王妃殿下のおつかいの本も手に入れたので、王妃殿下の元に戻りますわよ~」
「うん」
私が最高に気持ち悪い本、『舞姫と私』に夢中になっている間、リシャール様は王妃殿下に頼まれたクッソつまらない本を探しだしてくれていた。
(やっぱり、出来る夫ですわ~)
気持ち悪い本を見つけたせいで、ちょっと忘れかけていた……なんて口が裂けても言えませんわ。
ですが、この気持ち悪い本の情報は王妃殿下がネチネチ国王を潰すのに役立つはず。
そして私は、リシャール様好みの悪女風の女性になるための美の秘訣を手に入れられます。
(お互い、いいことばっかりですわ!)
「フルール? 顔が緩みっぱなしだよ?」
「楽しみだからですわ!」
私は満面の笑みで答える。
「楽しみ……? (国王を潰すのが)そんなに!?」
「ええ! (あなたの好みの女性になれるのが)とーっても楽しみです!」
「フルール……」
「ふふ」
最強夫婦の私たちは、互いのズレた会話に気づかないまま笑い合っていた。
1,216
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました
ほーみ
恋愛
その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる