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289. おつかいフルール(悪女風)
しおりを挟む「───は? お待ちください!」
「あら、なぜ?」
今、私はリシャール様と王宮内の図書室の前にいる。
「なぜって……陛下はまだ寝込んでおります」
「そうですわね」
私はツンッとした冷たい態度と声でバサッと髪をかきあげる。
(ふふん! どう? 悪女風フルールの再来ですわよ~)
「ぐっ───そ、そもそも、王宮内の図書室は部外者は立ち入り禁止ですぞ? 失礼ながらあなた方はバルバストル国の者!」
警備の者が必死に私たちをどうにかして止めようとしてくる。
「ええ。存じておりますわ」
「な、ならば……」
ここで、悪女風フルールとなった私は目を吊り上げて思いっきり睨みつける。
もちろん、王妃殿下に倣って口元は扇で隠している。
なので、ここはこの目付きがとっても大事。
(この扇、とっても邪魔ですわ~~)
なんてことを考えながら私は声を張り上げた。
「その陛下が今も寝込まれているから、私たちは挨拶することも帰ることも出来ずに時間を持て余しているのですわっ!」
「うっ……そ、それは……」
何を隠そう寝込ませた張本人はこの私、酔っ払いフルールらしいですけれど!
(ですが、記憶にないのでセーフですわ~~)
私が堂々と言い切ったので警備の者が反論出来ずにたじろぐ。
(ホーホッホッホ! 付け入る隙を与えない。鉄則ですわ!)
「ですから、そんな時間を持て余している私たちに、それなら……と王妃殿下が直々に許可をくださいましたのよ!」
「は? 王妃殿下が直々に!?」
「そうです───こちらがその許可証です」
「あぅ……」
リシャール様がキラキラオーラを放ちながら、にっこり笑って警備の者に王妃殿下が書いてくれた入室許可証を見せる。
(まあ!)
この警備の男、リシャール様に微笑まれて頬が赤くなっていますわ。
さすが、我が国の国宝。
老若男女問わず、笑顔一つで皆をメロメロにしてしまいますわ。
(悪女風フルールも負けていられませんわ~!)
頬を染めた警備の者は許可証を見て驚きの声を上げる。
「こ、これは確かに……王妃殿下のサイン!?」
「ふふふ、と、いうことで許可は得ていますの。それでは失礼しますわ」
「は、はい……」
私たちはそのまま笑顔で強引に押し切って王宮内の図書室へと入り込んだ。
あれから───
“いつでも気軽に訪ねて来て構わない”
王妃殿下からそんな許可を得ていた私は、リシャール様好みの悪女風美人の王妃殿下を目指すために再び王妃殿下の元を訪ねた。
その理由は美の秘訣などを聞き出すため!
(そういえば……)
あまり、これまでは自分の美しさを磨くとか考えたこと無かったですわね……?
内面を磨くのはもちろん何よりも重要ですわ!
しかし、人の上に立つとなっては内面ばかりではいけない。
外見も気を使わなくては!
特に目指すのが悪女風美人ともなれば、やはり見た目が大事!
ホワホワ~とかぽやん顔とか言われたことのある私にはかなりの努力が必要ですのよ!
私は両手でグイグイ目を吊り上げてみたりと頑張ってみるもなかなか上手くいかない。
再び会いに行った私に対して王妃殿下はこう言った。
───王宮内の図書室のとある場所に、とーーっても大事な資料を隠してあるのよ、と。
なんでもそれがなくては何も始められないらしい。
それくらい大事な資料だそうで、こっそりと隠してあるのだとか。
『いつもは、資料を追加したり取りに行かせたりするのはわたくし付きの侍女を向かわせるのだけど……あまりにも回数が多いからそろそろ怪しまれそうで困っているのよ』
王妃殿下はそう嘆いていた。
大事な資料───
そう聞いた名探偵フルールの私はピンッと来た。
それは王妃殿下みたいな悪女風美人になるための美の秘訣が書かれた資料に違いありません。
どうやら、王妃殿下はそれを私に伝授しようと思ってくれたみたいだけれど……
(その資料とやらがないと私に伝授出来ない、ということですわね?)
しかし、王妃殿下は監視も厳しいようで、むやみやたらに動くとネチネチ未練タラタラ勘違い国王に連絡が入ってしまうという。
きっと、その後何をしていた? と、ネチネチネチネチ嫌味を言われてしまうのですわ!
(そんなの酷い!)
───それならその資料、私が取りに行きますわ!
私は大きく手を挙げておつかいに立候補した。
「旦那様、自由がないって大変ですわね?」
「え? ああ、王妃殿下のこと?」
私はコクリと頷く。
王妃の行動を監視させて報告させているって、ネチネチ未練タラタラ勘違い国王の粘着力が酷すぎますわ。
王太子殿下のネチネチ具合なんて、お子ちゃまでしたわ。
「ネチッとした国王の元に嫁がされて、跡継ぎを産んだからもう“お飾り”でいろだなんて……」
「全然、表舞台に出て来なかった理由はこれか、と思ったよ」
「……こういうことがあるから、“真実の愛”というものが流行っていくのですわ、きっと」
「そうだね……」
リシャール様もそこには納得らしい。
「ただ、なぜか僕らの前で“真実の愛”を掲げる人たちは暴走するんだけどね」
「ええ。なんと言っても人前で婚約破棄宣言……ですものね」
(ああ! 早く、幻の令息の本物の真実の愛が実るところを見たいですわ~)
ネチネチ国への出発前。
幻の令息は遂にパーティーで公に姿を見せたわけだし、そろそろ愛しの令嬢と何かしらの進展があったかと思って話を聞きに行こうとした。
そうしたら、幻の令息は定期購入した私の野菜を並べて幸せそうにうっとりしていたので、全く話を聞き出せませんでしたわ。
(帰国したら、今度こそ確認ですわ~!)
「……フルール? どうかした?」
「あ、いえ!」
リシャール様に顔を覗き込まれて国宝のドアップにドキッとした私は慌てて首を振る。
「さて、王妃殿下の言う“資料”を探さなくては!」
「うん」
美の秘訣を手に入れて、必ずや悪女風美人フルールを完成させてみせますわ!
待っててね、愛しの旦那様!
「確か、人気のない書架の本の中に紛れ込ませてあるって言っていた?」
「ええ。なんでも、即位記念に併せて出版したネチネチ国王の軌跡……生まれてから即位するまでのネチネチ国王の歴史をまとめた誰も読まない“クッソつまらない本”と王妃殿下は言っていましたわ?」
「………………つまらなそうだね」
リシャール様は少し間を置いてからそう口にした。
(同感ですわ~)
ちなみに父親にそっくりな息子の王太子殿下も、同様の本を作ろうとしているらしい。
クッソつまらない本、その2が出来上がるだけですわね。
「ネチネチ……ネチネチ……ネッチネチ未練タラタラ勘違い国王の軌跡~」
私はふんふん鼻歌のように歌いながら、書棚から該当する本を探していく。
「ネチネチ未練タラタラ勘違い? フルール、なんか呼び名が増えてないか?」
「気のせいですわ~」
「まったく……フルールらしいけど」
「ふふふ」
なんてリシャール様と呑気に笑い合っていると、ふと一冊の本が私の目に止まる。
(ん?)
「フルール、見つけた?」
ピタッと私の鼻歌と動きが止まったので、リシャール様が訊ねてくる。
私は首を横に振る。
「いえ、そうではなく……」
「うん?」
「何だか、とっても気持ち悪そうな本を見つけてしまいましたわ……」
「え!? 気持ち悪い!?」
リシャール様が慌てて覗き込む。
「どれ?」
「これですわ……」
私が一冊の本にスッと指をさす。
それを見たリシャール様が眉をひそめた。
「これが気持ち悪そうな本? 僕には普通の本に見えるけど?」
「タイトル! タイトルがとっても気持ち悪いのですわ!」
「え?」
リシャール様が不思議そうにもう一度マジマジとその本を見る。
「タイトルからして国王陛下の絵姿を描き収めた本……なのかな?」
「……」
「王妃殿下の言っていた国王の軌跡っていう本と同類の匂いがするね?」
まあ、確かに気持ち悪そうな本だね、とリシャール様は苦笑する。
「……違いますわ」
「え?」
「確かにネチネチ国王の絵姿集なんて……想像するだけでも気持ち悪い本ではありますが」
「フルール?」
私はカッと目を見開く。
「この本の真のタイトルは違いますわ!」
「え……?」
私はスッと指を動かす。
「いいですか、旦那様。理論は暗号を解く時と同じです」
「う、うん?」
「この本の場合はですね、一旦全ての文字を置き換えて───」
私はリシャール様にゆっくり解説しながら、隠された真のタイトルを明かしていく。
「───そうして、読み解くとこうなります!」
「……あ!」
リシャール様が目を真ん丸にしてその本を見つめる。
「どうです? 国王のネチネチ執着具合が表れていてとっても気持ち悪いでしょう?」
コクコクコク……とリシャール様が凄い勢いで頷いた。
「さすがフルール……普通、こんなタイトルが隠されているなんて思わない」
「ふふん! 暗号ならどーんとお任せ下さいですわ!」
私は大きく胸を張る。
一見、国王の絵姿を集めただけの本のように見えるタイトル。
しかし、私の目で読み解いた真のタイトルは……
『舞姫と私』となった。
「……私の野生の勘が言っています。これにはきっとお母様のことが書かれていますわ!」
「かなり分厚いな……どれだけの思いを綴っているんだろう……」
リシャール様も呆れた様子でその本を見つめる。
「旦那様……この本でネチネチ未練タラタラ勘違い国王の頭を殴ったら目が覚めます?」
「うーん、目を覚ます前に……別の世界に旅立つかもね」
旅立たれても私は困らないわねぇ、と思いながらその本を手に取ろうと思って手を伸ばす。
リシャール様がハッとした。
「え! フルール! 本当に殴るの!?」
「いえ、殴るのではなく読んでみますわ。だって、わざわざタイトルを暗号にして隠すなんて気になりますもの」
驚き顔のリシャール様に向かってふふっと微笑んだ。
「え?」
「あのネッチネチがお母様にご執心なのはもう誰もが知っていることなのに。だから怪しいんですのよ」
今度はニヤリと微笑む。
「この本からは、“何か”が出て来そうな匂いがしますわ───……」
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