誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

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【おまけ】手遅れ

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「あうあ~~!!」

 今日も日々身体を鍛えるべく、ジョシュアは元気に私と散歩をしている。

「はいはーい、ジョシュア!  次は右に曲がりなさい」
「あうあ~」
「右よ、右!  分かるかしら?  み・ぎ!」
「あうあ~」

 ───もちろん分かるです! 
 そう言いたそうな顔でニパッと笑って胸を張ったジョシュアがクイッと迷うことなく左に曲がる。

「!」

(……ふっ!  やっぱりね!)

 こうなるって分かってた。
 私は慌てることなく慣れた手つきでジョシュアの首根っこを捕まえてヒョイっと持ち上げる。

「ホ~ホッホッホ!  どうせそうなると思っていたわ!」
「あうあ~~」
「オ~ホッホッホッ!」

 私に持ち上げられたジョシュアは空中で手足をパタパタさせている。
 このポンコツベビーは何故、持ち上げられたのかきっと分かっていない。

「愛しの夫、ジョルジュを初めて踏みつけてからウン十年。ジョルジュも可愛い息子ジョエルもそして孫のあなたもアイラも揃いも揃って方向音痴!」
「あうあ!」
「……」

 ニパッ!
 何故なのか。
 一切褒めてないのにまるで褒められたかのような満面の笑顔が返ってくる。

「ホホホ、ジョシュア。ここであなたに質問よ!」
「あうあ」

 私はジョシュアを掴んだまま訊ねる。

「そのままでいいから、右手を挙げなさい」
「あうあ」

 スッ……
 ジョシュアは迷うことなく右手を挙げた。

「ホーホッホッホ!  正解よ」
「あうあ!」
「なによ。あなた、ちゃんと分かっているんじゃないの」
「あうあ!」

 ニパッ!

「なら、分かるでしょう?  ジョシュア!  さあ、右よ!  右にクイッと曲がるのよ!」
「あうあ~~」

 私は掴んでいたジョシュアを床に下ろすともう一度右に曲がるように指示を出した。

「あうあ~」

 しかし、ニパッと笑ったジョシュアは元気いっぱいにまたしても左に曲がった。

「んあ?」

(な  ん  で よ  !?)

 さっきの右手はなんだったの?

「ジョシュアーーーー!」

 さすがに今度は私も慌ててジョシュアを追いかける。

「───あうあ」

 ピタッと動きを止めたジョシュアが笑顔で振り返った。

「はい!  ジョシュア、右手!」
「あうあ!」

 スッと右手を挙げるジョシュア。

「左!」
「あうあ!」
「……くっ!  あってる」

 きちんと左手を挙げるジョシュア。
 やはり、理解している?

「右!」
「あうあ!」
「右!」
「あうあ!」
「左!」
「あうあ!」

 ニパッ、ニパッ、ニパッ!
 満面の笑みできちんと正しい方の手を挙げるジョシュア。

(な、何が起きてるの……!?)

 ここまで理解出来ているのに、なぜ動き出すとこうなるわけ?
 恐るべし────直線でも迷子になれる方向音痴、ジョルジュの血!

「くっ……ジョシュア。あなた……」
「あうあ~」

 ジョルジュとジョエルはもう手遅れ。
 でも……
 このベビーをどう矯正すればいいのかしらと悩んだその時だった。

「ガーネット?  そこで何をしてるんだ?」
「ひっ!?」

 突然、背後からヌッとジョルジュが現れた。
 ビクッと身体が大きく跳ねる。

「あうあ!」
「ジョ、ジョルジュ!」
「あうあ?  その呑気な声は……なんだ、ジョシュアと戯れていたのか」
「あうあ~」

 ジョルジュの登場に全く驚いた様子のないジョシュアがニパッと笑って頷く。

「お散歩です?  そうか、日課の邸の散歩中か」
「あうあ~」
「おばーさまに何故か行き先を止められたです?  へぇ、そうなのか」
「あうあ~」

 何故かじゃない。
 やはり、ポンコツベビーは分かっていなかった。
 私は軽く咳払いをしてから訊ねる。

「……ジョルジュこそ、ここは邸の奥よ?  こんな所で何をしているわけ?」
「邸の……奥、だと?」

 途端にジョルジュの顔が険しくなった。
 眉間の皺の寄せ方がジョエルとそっくりで親子の血を感じる。

「は?  なんでそんなに驚くのよ?」
「あうあ~」
「ちょっと!  ジョシュアはどうしてそこで目を輝かせてるのよ?」
「あうあ!」

 眉間の皺=カッコイイ
 なんて思ってるジョシュアのジョルジュを見つめる顔が心なしかキラキラし始めた。

(───そんなことより、ジョルジュのこの驚き方……)

 私は嫌な予感がして手で頭を押さえる。
 よくよく見ればジョルジュの手には愛用のスコップ。
 これは──恒例の庭いじりを終えて部屋に戻ってるつもりだったのでは?
 私は一度ため息を吐いてから、ジョルジュに現実を告げることにした。

「いいこと?  ジョルジュ。この先はどんなに進んでも進んでも進んでも、そこのジョシュアのだーい好きな物置部屋があるだけよ?」
「あうあ~」

 ニパッと笑って両手を上げるジョシュア。

「この先は物置ジョシュア部屋だと!?」
「あうあ~」

 同時にクワッとジョルジュの目が大きく見開いた。

(気のせい?  ジョシュア部屋って聞こえたような……)

「待て。なら俺の部屋はどこだ?  どこにいった?」
「あうあ~」
「どこにもいってないわよ?」
「あうあ~」
「なっ……」

 ジョルジュは更に大きなショックを受けた顔になる。

「では、ここは……」
「そうね~とりあえずあなたの部屋とは全然方向が違うってことだけは言えるわね」
「あうあ~」

 困惑顔で辺りをキョロキョロするジョルジュにニパッと笑いかけるジョシュア。
 笑うのはいいけど、自分もこの血を色濃く受け継いでる自覚はあるのかしら?

「確かにちょっと薄暗いとは思っていたが」
「あうあ~」
「薄暗いより、もっと早く気付くべきポイントは沢山あったと思うけどねぇ」
「あうあ~」

 ふむ……と考え込むジョルジュ。
 出会って何十年経つけど、こういうところは変わらないわね、としみじみ思う。

「おかしいな。俺は真っ直ぐ部屋に向かっていたはずなんだ」
「あうあ~」
「だが、気付くとこんなところに……」
「あうあ~」
「なぜだ?」

 ブツブツ呟いて何やら考え込んでいるジョルジュの足に絡みついて懸命に上に登ろうとしているジョシュア。
 しかし、上手く登れずズルズルと落ちていく。

「あうあ~」

(……何してるのよ、この子)

 ジョシュアが三度目の挑戦をしようとジョルジュの足に絡みついた瞬間、考え込んでいたジョルジュがハッと勢いよく顔を上げた。

「そうか。分かったぞ。俺はガーネットに引き寄せられているんだ!」
「んぁっ!?」

 何やらおかしな発言が飛び出した。

「あうあ~~……」

 ジョルジュがいきなり動いたせいでジョシュアがその場にコロンッと転がり尻もちをつく。

「ジョルジュ!?  あなた何を言って……」
「いや、ジョシュアもそう思うだろう……って、ん?  ジョシュアは何をしてるんだ?」
「あうあ~~」

 コロンッと転がってるジョシュアを見てジョルジュが目を丸くしている。

「……?  新しい一人遊びか?  懐かしいな。俺も昔はそうやってよく一人遊びをやっていたぞ」
「あうあ~」
「よくその辺の廊下でコロコロ転がっていたら父上と母上がすっ飛んで来たな……」

(……!)

 ジョルジュに当主の座を譲って領地で隠居中の義両親に同情する。
 ジョシュアの自由人っぷりはやはりジョルジュによく似ていると改めて思った。

「あうあ~」

 ジョルジュは手に持っていたスコップを床に置くと、転がっていたジョシュアをそっと抱き上げる。
 抱き上げられたジョシュアは嬉しそうにキャッキャッと笑った。

「ジョシュア、俺はいつもガーネットのそばにいるだろう?」
「あうあ~」

 ニパッと笑って頷くジョシュア。
 そう言われて私も考えた。
 確かに気付くとジョルジュは昔から……結婚前も結婚後もよく私の傍にいる。
 それは間違いない。

「あれは───俺がガーネットの天使の声に惹かれてフラフラと引き寄せられている結果なんだ」
「あうあ~」
「だから、今も自分の部屋ではなくここに辿り着いたに違いない!」
「あうあ~」

 ジョシュアがその通りです~、凄いです~と言わんばかりの笑顔で手を叩く。

「なに?  ジョシュアは俺のこの気持ちを分かってくれるのか?」
「あうあ~」

 ニパッ!
 絶対に分かってなさそうなジョシュアが元気いっぱいに頷く。

「そうだ!  つまり迷った時はガーネット!」
「あうあ!」

(は?)

「いいか、ジョシュア。これは迷子の先輩である俺からの重要なアドバイスだ」
「あうあ!」

 ジョルジュがキリッとした顔でジョシュアの顔をじっと見つめる。

「困った時は耳を済ましてガーネットの声を聞き分けろ!  それだけで俺たちの生存率は高くなる!」
「あうあ!」
「ちょっ……」

 何やら頓珍漢なアドバイスが飛び出した。

「あうあ!」
「なに?  大丈夫です?  僕の耳はいつでもおばーさまの声を聞き分けてます?  さすがジョシュアだ!」
「あうあ!」
「これで迷子は怖くないな!」
「あうあ~~!」

(は?)

 ここで意気投合した二人が仲良く駆け出そうとする。

「ジョシュア!  目指すは俺の部屋だ!」
「あうあ!」
「さあ、ガーネット!  ここから俺の部屋に行くには真っ直ぐか?  右か?  左か?」
「あうあ!」

 走り出す直前の二人が振り返って私に訊ねてきた。

「…………そこを真っ直ぐだけど」

 私は正しい道の方をそっと指さす。

「真っ直ぐだな……分かった!」
「あうあ……!」
「本当に分かってる? 真っ直ぐよ?  直進よ?」

 改めて念を押すとジョルジュが自信満々の顔で笑った。
 ジョシュアもニパッと笑って胸を張っている。

「ガーネットは心配性だ───俺たちを何だと思ってる?」
「あうあ~」
「え?  “究極の方向音痴の二人“だけど」

 私の言葉にジョルジュが首を振る。

「大丈夫だ!  さあ行くぞ、ジョシュア!!」
「あうあ~~!!」
「ちょっ……」

 そうして仲良く駆け出した二人。

「えぇぇええ……私はここにいるんだけど?  おかしくない!?」

 そんな私の声は走り出した二人には届かない。

「ジョシュア!  ここは真っ直ぐだ!」
「あうあ~!」

(……あ!)

 そして、あれだけ真っ直ぐと念を押したのに……
 仲良く走り出した二人は、そのまま見事に右と左に別れて駆け抜けあっという間に姿が見えなくなった。

「…………ホーホッホッホッ!  やっぱりそうなるわよねぇ」

 ポツンとその場に残された私は一人で高笑いしながら正しい道を真っ直ぐ進み、ジョルジュの部屋へと向かった。


─────


(静かねぇ……)

 ジョルジュの部屋で優雅に読書をしながらお茶を飲んでいたら、突然部屋の扉がバーンと開いた。
 現れたのはジョルジュとジョシュア。
 無事に戻って来たらしい。

「ガーネット!  ───どうだ!  俺は無事に辿り着いたぞ!」
「……」
「あうあ~~!」
「……」
「ジョシュア……やはり最後は君の言う通り、右に曲がって正解だったな!」
「あうあ~」
「外に出た時は一瞬何事かと思ったが、こうして部屋に到着が出来た……さすが俺の孫!」
「あうあ~」

 何故かジョシュアはジョルジュの腕の中で抱っこされている。
 なので、左右に別れたはずの二人は、あれからどこかで奇跡の再会を果たしたようだ。

(それより、外にも出たって言わなかった?)

 私はチラッと時計を見上げる。

「……ホホホホホ」

 私と二人が邸の奥で別れてからすでに三時間は経っている。

(ホーホッホッホッ…………これはジョシュアも手遅れね!)

 残念ながらジョシュアの矯正も諦めることにした。

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