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12. もう遅い
しおりを挟むそんな予定外だらけな私の王宮生活。
次の日、そこに更なる衝撃が加わった。
ガシャンッ
私は持とうとしていた飲み物のカップをテーブルの上で倒してしまう。
「───エルヴィス様、も、もう一度言ってくれ……ますか?」
「……」
「今……」
聞き間違いよね?
そう思いたかったけど、エルヴィス様は悔しそうな表情でさっきと同じ言葉を繰り返した。
「…………だから」
午後のお茶の時間。
王宮料理人、砂糖と塩を間違えたのでは?
そう問いただしたくなるほど塩っぱいケーキに、我が家でも買えるほどの安っぽい味の紅茶を出されてイライラしていたところに、エルヴィス様がやって来た。
何だかその表情は怒っているように見えた。
(機嫌悪い……?)
───ケーキも紅茶も! これは私に対する嫌がらせよ……! 料理人たちをクビにして!
そう泣きつこうかと思っていたけれど、機嫌が悪そうなその顔を見てやめた。
そして、話を聞いてみると───
「そ、そんな! ガーネットがエルヴィス様に慰謝料の請求を……?」
「ああ。あんなにも綺麗で美しい涙…………ケホッ……いや、あんな風にしおらしく泣いていたくせにちゃっかりと請求書を送り付けて来た!」
「ガーネット……!」
(ガーネット! なんて、油断ならない女なの……!)
「あ、ですけど、ガーネットは婚約破棄を言い渡された側ですし、エルヴィス様はガーネットの方に慰謝料を請求していたんですよね……?」
「……」
それなのにガーネットは、エルヴィス様からの請求を突っぱねて逆に自分の請求を通そうとするなんて……
かなり非常識よ!
そう思って口にしたのに、何だかエルヴィス様の顔が暗い。
「…………だ」
「え?」
「まだ……まだ僕はガーネットに請求を…………」
「!」
私は勢いよく椅子を蹴ってガタンッと立ち上がる。
「まさか! まだガーネットに請求していなかったんですか!?」
「あ…………ああ」
気まずそうに頷くエルヴィス様。
「なんでですか!」
パーティーを開始してガーネットをはめる前までは今すぐにでも請求書を送り付けたそうな勢いだったのに……!
(何で……何でエルヴィス様は急に躊躇いを見せたの───)
そこで私はハッとした。
脳裏に浮かんだのはあのパーティーで涙を流して去っていくガーネットの姿。
まさか!
「ガーネットの涙……」
「!」
私がポソっと呟くとエルヴィス様の身体がギクリと震えた。
この反応……!
絶対そうだ。
あの涙で絆されたんだ……!
(なんてこと……!)
「エルヴィス様……! 今からでもエルヴィス様の方からガーネットに慰謝料の請求を……!」
私の提案にエルヴィス様は首を横に振る。
「出来なくはない……が、ガーネットは直接ではなく弁護士経由で請求書を送って来た」
「え? 弁護士経由?」
私は目を丸くする。
「そうだ。そうすることで、ガーネットがいつ請求書を僕に送ったのかしっかり記録に残される」
「記録に!?」
エルヴィス様はため息をついた。
「そもそも、王家に届く荷物や郵便は出すも受け取るも詳細に記録が残される」
「つまり、ガーネットは……」
「万が一、王家側で改ざんされてもいいように念には念を入れてそうしたんだろう……」
(~~~ガーネットっ!)
もし今からエルヴィス様がガーネットに対して請求書を送ったとしたら……
諸々の記録からも、ガーネットより後から送り付けたとバレバレということ……?
それはつまり……
「支払い逃れの請求じゃないかと世間に非常識扱いされるのは……」
「僕の方だろう」
エルヴィス様の言葉に私は青ざめた。
(~~~っ! う、嘘でしょ!? 何やってんの!?)
「ラモーナ……ガーネットへのこちらからの慰謝料請求は断念するしかないかもしれない」
「そ、そんな……!」
まさかの“もう遅い”に私は震えた。
「それとさ、今、こんなことはあまり言いたくないんだけど…………君の持参金の件なんだが」
「え……」
私はエルヴィス様のその言葉にハッと息を飲む。
「ガーネットとラモーナで婚約者交代することについて、父上と母上を説得する時の切り札となった……ラモーナの多額の持参金の件……その金を少しだけ早く先に貰うことは可能だろうか?」
「エルヴィス様……!!」
私はダラダラ内心で汗を流しながら膝の上で両拳をギュッと握り締しめる。
(ど、どうしよう……!)
───ガーネットを婚約者の座から降ろして、代わりに私がエルヴィス様の新しい婚約者となるにあたっての最大の壁は金だった。
でも、今度、まとまった大きな金が手に入るので、それを持参金とすることを条件に私が新たな婚約者になることは認められた───……
そう。
ガーネットはあんな形でパーティーという場で婚約破棄されたけど、本当はあんなことはしなくても元々、内密に婚約解消の話をエルヴィス様から持ちかけられるはずだった。
でも、婚約解消をガーネットに金をチラつかせられてゴネられたら困る。
だから、エルヴィス様と相談して陛下たちにも内緒でパーティーでガーネットの評判を落とすためにあの茶番劇を……
(何より、婚約破棄の方が慰謝料請求出来るし、一石二鳥よね……って!)
「実はさ今、ちょっと王宮内のあちらこちらで退職が相次いでいて人手不足なんだ……新しく雇うにしても金が……」
「!」
(また、退職! この王宮、どうなってるのよ!)
「なぁラモーナ。いつ頃ならイザード侯爵家に金が入るのかな?」
「そ……れは」
私はエルヴィス様からそっと目を逸らす。
(まとまったお金が入ることは嘘じゃない……本当。でも、それは……それはまだ先なの。だってそのお金は────……)
✤✤✤✤✤
「……イザード侯爵家の長男、デイモンの婚約者?」
「そうよ! フォースター伯爵令嬢ね」
私が誰に会いに行きたいのかを口にしたら、ジョルジュは何で? と不思議そうな顔をした。
「私はね、どうしても彼女に会いたいの」
「ガーネット?」
お父様まで不審そうな目で私を見る。
私は、ふふっと微笑んだ。
「でも、フォースター伯爵令嬢の婚約者のデイモン様はパーティーで私が冤罪を着せられるきっかけとなった方でありラモーナの兄。私が動くと色々警戒されちゃうでしょう?」
だから、どうしようかと困っていたのよ。
フォースター伯爵家に警戒されるのも、デイモン・イザードに私の動きが耳に入ってしまうのも……どちらも困るから。
「つまり、俺は……」
「ジョルジュの名前でフォースター伯爵家に訪問連絡を取り付けて欲しいのよ」
「分かった」
ジョルジュはここでも即答した。
(ジョルジュ……)
何だか落ち着いたはずの胸が少しキュッとなった。
「ガーネット? なぜフォースター伯爵令嬢に会いたいの? 彼女は今回のあなたの冤罪とは無関係でしょう?」
お母様も不思議そうに訊ねてくる。
私は頷いた。
「ええ、彼女は無関係よ。でもね?」
私は思い出す。
パーティー前日にラモーナが言っていた言葉……
────うふふ、平気よ。気にしないで? 確かに、ここ数年色々とお金には悩まされ続けてきた我が家だけど近々、解消される目処が無事にたったから心配要らないのよ?
あの時も私は思った。
その理由は、イザード侯爵家の長男の婚約者───結婚のおかげじゃないかしらと。
だから……
「───ちょっと彼女とお話をしてみたら…………色々なことが判明して楽しそうなんじゃないかしらと思って」
私はふふっと意味深に笑った。
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