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107. 無理よりの無理
しおりを挟む最初に声を上げたのはジョシュアだった。
「あうあ!」
顔を上げてニパッと笑うと私たちに紙を見せた。
「早いな。ありがとう…………えっ!?」
ジョシュアの描いた絵を見たお兄様が目をまん丸にして驚きの声を上げた。
そこに描かれていたのは、もちろん誰が見てもお兄様だと分かる。
(本当、ジョシュアは“私に似て”特徴を捉えるのが上手だわ)
「あうあ!」
「……は? 待て待て待て」
「あうあ!」
「ジョシュア、君! 上手すぎるだろう?」
「あうあ!」
「今、何歳だ!?」
「あうあ!」
ニパッ! ニパッ! ニパッ!
ジョシュアはいつもの調子でお兄様に笑いかける。
「ど、どういうことだ?」
お兄様はジョシュアの描いた絵を穴があきそうなほどじぃぃっと見つめる。
その隙に私はジョルジュにジョシュアがなんて言っていたのかを聞いた。
「───描けました! 大伯父さまはとてもカッコいいので大変でした! もちろん、カッコいいところは余すことなく全て表現させてもらってます! どうですか? 褒めてください! ───みたいなことを言っていたが?」
「そう。やっぱり、会話は全く噛み合ってないわね」
あと、さり気なく“褒めて”とか言っている辺りが、ちゃっかりしている。
「~~ガーネット! ジョシュアはあの“斬新な玄関の絵”からあっという間にここまで成長したのか!?」
「は?」
目を血走らせたお兄様が凄い勢いで私に迫って来る。
私は何にそこまで驚いているのかが分からず眉をひそめた。
「お兄様は何を言っているの? ジョシュアの絵は言うほど劇的に変わってなんかいないわよ?」
「あうあ!」
「なに!? 変わっていない!?」
お兄様も眉をひそめた。
私はやれやれと肩を竦めて訊ねる。
「そうよ。玄関に飾られていた絵、見たのでしょう?」
「……ああ。とても斬新な謎の三……」
「セアラさんと私の絵」
「え」
その瞬間、お兄様の表情が固まった。
(……なにかしら?)
あと、同時に部屋の空気もピリッと張り詰めた。
(……?)
そんな中、ジョシュアと私の目が合う。
「あうあ!」
「そうよね? もちろん、ジョシュアの絵はベビーとは思えない上手さなのは認めるけど、そこまで前と劇的な変化は起きてないわよね?」
「あうあ!」
ニパッ!
ジョシュアと微笑み合っているとお兄様が唸るように言った。
「……ジョシュアの絵は……あっちだった? では……」
「お兄様?」
お兄様がガシッと私の両肩を掴んで揺さぶる。
「な、なに!?」
「ならば、ガーネット! 玄関のあの絵は誰が描いた!」
「あ、あの絵?」
「そうだ! 三つの……」
ここでようやくお兄様は揺さぶるのを止めてくれた。
「コホッ……お兄様ったら何を言っているの? あれほどまでの最高傑作の絵は、この私が描いたに決まっているでしょう? さっきからわざと?」
「……!?」
お兄様がギョッとした。
「ホーホッホッホッ! あまりにも久しぶりに上手すぎる私の絵を見たから驚いてしまったようね!」
「…………あの絵のタイトルは?」
「タイトル? ギルモア家の男たちよ?」
「ギルッ!?」
変なところで言葉を切ったお兄様が、ジョルジュ、ジョエル、ジョシュアの順に視線を送る。
「……」
「……」
「あうあ!」
ジョシュアだけがニパッと満面の笑みで頷いていた。
それを見て両手で顔を覆ったお兄様がブツブツ呟く。
「まさか……まさか、あそこまで……成長してな…………そ、そうか、そうだよな……ああ」
きっと私の絵の素晴らしさに再感動しているのね!
なんて思っていたら、それまで静かだったアイラが顔を上げた。
「…………ぅぁ」
「あら、出来たの? アイラ」
「ぅ」
かつてのジョエルを彷彿とさせる無表情で短く返事したアイラ。
「ホホホ、アイラのお絵描きデビューはどんなお兄様の絵となっ……」
そう言いながら私はアイラの手元の紙を覗き込んだ。
「ぅ」
「……」
「……ぅ」
「……」
コシコシと目を擦る。
あまりの衝撃に私は自分の目を疑った。
(私、疲れてるのかしら?)
ホホホ……と笑ってアイラに訊ねる。
「アイラ。“これ”は大伯父さま……私のお兄様を描いた絵……なのよね?」
「ぅぁ!」
か細いけどいいお返事。
───もちろんですわ、おばーさま!
「そう。そうなの、ね?」
「……ぁぅ?」
「え? 何か問題がありますの? ふっ……そうね、問題……」
こんな斬新な絵(!?)を見たのは初めてで言葉が出てこない。
(この私をこんなにも動揺させるなんて!)
……0歳児ベビーと言えども侮れない。
さすがジョルジュの……いえ、ギルモア家の血を引いた子……
「……? ガーネットが口篭るなんて珍しいな。そんなに素晴らしい絵なのか?」
「母上?」
「お義母様?」
「あうあ!」
ジョルジュ、ジョエル、セアラさん、ジョシュアの順で私を呼んでいく。
「ガーネット? アイラはどんな俺の絵を描いてくれたんだ?」
「お兄様……」
「ははは、ガーネットの絵以上の衝撃なんてこの世に無いだろう。もう俺は驚かない」
「そう? でもね……」
そう豪語するお兄様と興味津々の皆に向けて私はアイラの描いた絵を見せた。
しーん……
皆が言葉を失ってその場が一気に静まり返る。
常にキャッキャしているあのジョシュアでさえも……
「……ぅぁ?」
そんな中で、ちょこんとお座りしているアイラだけが小さな声を上げる。
───皆様、どうかしましたの? と不思議そう。
そして、ようやく皆が口を開き始めた。
「…………絵? これは絵なのか?」
と、ジョルジュ。
「……」
無言で愛娘の描いた絵を見つめ続けるジョエル。
「アイラ……」
何か言いたげにアイラの顔を見るセアラさん。
「あうあ!」
ニパッ!
通常運転のジョシュア。
「ガーネットの血……」
わけのわからないことを口走るお兄様。
「ぅぁ、ぅぁ……ぁ!」
「あら? アイラ? どうかして?」
アイラが更に何かをうにゃうにゃ訴えて来たので聞いてみると……
「ぁぅ、ぅ、ぁぅぁ……ぅぁぅ、ぅぅ!!」
「え? せっかくなので他の皆……私たちの絵も描いた? ですって?」
言われてみれば紙がもう一枚ある。
ドキドキしながらその絵……を覗き込んでみた。
「!!」
(こ、これは……!)
「アイラ!」
「ォーォッォッォ!」
私と目が合ったおっとり顔の天使、アイラがニヤリと口元を緩めて高らかに笑う。
(アイラ……)
「斬新に斬新な斬新を加えて煮詰めたような絵(?)だな……この絵は俺らしいのだが」
「お兄様……」
意味が分からない。
「ガーネットよ…………俺には、な。コレがただの・(点)にしか見えない!」
(私もよ、お兄様───……)
アイラが描いたお兄様の絵。
そこには、紙の真ん中に・(点)が一つ。
ジョシュアが特別だったけど、本来このくらいの年齢のベビーが描くような、
ぐちゃぐちゃの丸やら三角やら四角やら殴り書きの線でもなく……
アイラの描いた絵は、・(点)のみ。
(これがお兄様の絵という名の・……そして)
もう一枚の絵に目を通す。
アイラ曰く私たちを描いたのだと言う。
「……」
(無理! 無理よりの無理!)
────どう頑張っても・が五つ……にしか見えないわ!
「ガーネット? アイラは俺たちのことはどんな風に描いてく…………っっ!?」
隣から絵を覗き込んで来たジョルジュが息を呑む。
「お…………俺は、どれだ?」
「……」
私は何も言えずに黙り込む。
(ホホホ! ここはさり気なくアイラ画伯に聞いてみましょう!)
「アイラ? この私たちを描いた絵、せ、説明してくれると嬉しいわ?」
「ぅぁ?」
不思議そうにキョトンとするアイラに私はそれぞれの・を指さしながら問いかける。
「アイラ! これは?」
「ぁぅ」
「……アイラ! これは?」
「ぅ」
「…………アイラ! これは?」
「ぁぅぁ」
おじーさまですわ!
おとーさまですわ!
おにーさまですわ!
という順に聞こえた。
「…………なるほどね。それじゃ、アイラ? このジョエル(と思われる・)の横に並んでいるのは……」
「ぅぅ!」
おかーさまですわ!
「ホホホ! やっぱりそうよね、そうなるわよね? だって夫婦だもの。普通なら横に並ぶわよね?」
「ぅぁ」
「……」
当然ですわ! と、いいお返事をしたアイラに私はニッコリと笑いかける。
「ねぇ? それなら…………このジョルジュ(と思われる・)……あなたのおじいさま、の“上”に描かれている・は……」
「うあう!!」
───もちろん! おじーさまを踏み潰しているおばーさまですわ!
(アイラーーーー!?)
今までで一番元気いっぱいの声でアイラはそう答えた。
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