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【スピンオフ完結記念】9. 未来のプレイボーイ
しおりを挟む───レティーシャ・ウッドワード伯爵令嬢。そこの男と無事、正式に婚約破棄が成立したら─────僕と結婚して欲しい
エドゥアルトの開いた楽しい楽しいパーティーは、見事にレティーシャさんがカス男を踏み潰すことに成功。
そして婚約破棄をもぎ取り、エドゥアルトからプロポーズを受けて承諾するという最高の形で締めくくられた。
そんな帰りの馬車の中。
「あうあ! あうあ! あうあ~、あうあ!!」
ジョシュアの興奮が未だに冷めない。
セアラさんの膝の上から抜け出してジョエルの膝の上に移動し、カチンコチンに固まっているジョエルに話しかけている。
「あうあ、あうあー、あうあ! あうあ!!」
朝からずっと興奮状態だったし、さすがにそろそろコテンッと体力切れを起こすとばかり思っていたのだけど。
(全っ然、収まる気配を感じない……)
「……ジョルジュ」
「───お父さま、お父さま! お兄さんのぷろぽーず成功したです? お兄さんとお姉さんずっと仲良しです? と一生懸命ジョエルに聞いているな」
何を言っているのかさっぱり分からない私のために、ジョルジュが解説してくれる。
「これからもいっぱい仲良く遊べるぷろぽーず、すごいです!! ───と、プロポーズそのものにも興奮している」
「へぇ……それに二人のキスも堂々と見てたものねぇ……」
ジョシュアはエドゥアルトがレティーシャさんにプロポーズする際、間近でその様子を見ていた。
あの光景はジョシュアの心の琴線に触れたらしい。
そしてその後は、二人がキスしているところを堂々と真正面から見ていた。
(皆、見て見ぬふりをしていたというのに!)
「あうあ~~~~!」
「お兄さんとお姉さんとまた遊ぶのが楽しみです~~だそうだ」
ジョシュアの興奮は夜中まで冷めることはなかった。
そして更に翌日。
昨日の疲れはどこへやら……
今日も元気いっぱいのジョシュア。
置物と化したジョルジュとジョエルを放置し、日課となっている私との邸内散歩に向かった。
「あうあ~、あうあ、あうあ~、あうあ」
ジョシュアはお尻をプリプリさせてご機嫌な様子でハイハイしている。
「ジョシュア。ずいぶんとご機嫌ねぇ?」
「あうあ!」
「昨夜はちゃんと寝たのかしら? 夜中まであなたの“あうあ”が屋敷中に響いていたわよ?」
「あうあ!」
「セアラさん、今朝も眠そうだったけど?」
「あうあ!」
ニパッ! ニパッ! ニパッ!
「ホホホ、その笑顔! さっぱり分からないわ……」
「あうあ!」
ペタペタペタペタ……
「あうあ~」
「え? ジョ、ジョシュア坊っちゃま?」
「あうあ~」
「……? ジョシュア様? どうかされました?」
「あうあ~」
ニパッ! ニパッ! ニパッ!
そんなジョシュア。
なぜか今日は使用人たちとすれ違う度にハイハイを止めて、何やら声をかけまくっている。
「ジョシュア?」
「あうあ~」
ニパッ!
今度は廊下に飾られている花に向かっても同じく満面の笑みを向ける。
(何してるの……?)
「ちょっとジョシュア?」
「あうあ~」
更に今度は飾られている絵画にまで満面の笑み。
それからも、今日のジョシュアは、人であろうと物であろうと関係なくあうあ、あうあ、と話しかけまくっていた。
(挨拶の練習でもしてるのかしら?)
そんなことを思ったその日の夜。
「そうだ、ガーネット。今日一日、ずっと聞きたかったことがあったんだが」
「あら、なぁに?」
寝支度を終えて、昨日のエドゥアルトのプロポーズ成功記念を祝う酒を用意しているとジョルジュが真剣な顔で私に問いかけてきた。
グビッ!
グラスに注いだ一杯目を思いっきり飲み干してからジョルジュの言葉を待つ。
「いや、最初は聞き間違いかと思ったんだが」
「聞き間違い?」
グビッ!
私は再びグラスに注いだ酒を飲み干す。
ジョルジュにしては珍しく言い淀んでいる。
「───ジョシュアが皆に向かって“ボクと結婚してください”と言いまくっていたあれは新しい遊びか何かなのか?」
「……は?」
ジョルジュのその質問にピシッと私の笑顔が固まる。
(けっ……?)
私はグラスに再び酒を注ぐとこれまた一気に飲み干した。
グビッ、グビッ、グビッ!
「ガーネット!」
「ホーホッホッホッ! 嫌だわ。耳が遠くなったかも……私もそろそろ歳かしら?」
「ん? 何を言っている? ガーネットはどこの誰よりも美しくて綺麗で輝いているぞ?」
「……っ!」
そこでサラッとそういうことを平気で言えちゃうのが私の愛する夫、ジョルジュ。
酒の力もあってか私の顔が赤くなった。
(……って、今は頬を染めている場合ではなくってよ!)
ジョシュアの珍行動について聞かないと!
グビッともう一杯酒を飲み干してから聞き返す。
「…………ねぇ? ジョシュアの件、もう一度言ってくれるかしら?」
「ガーネット」
ジョルジュが飲みすぎだぞ、と言いながら私の手からグラスを奪う。
「だから、ジョシュアが皆に“ボクと結婚してください”と言いまくっていたあれは新しい遊びか何かなのか?」
「……」
(おかしいわねぇ、さっきと同じ言葉が聞こえる)
私はにこっと笑ってジョルジュの目の前に指を一本立てる。
「もう一回」
「……? だから────今日のジョシュアが皆に“ボクと結婚してください”と言いまくっていたあれは新しい遊びか何かなのか?」
「…………」
ホホホホホ……おかしいわ。
何度聞いても聞き直しても、ジョシュアが皆に“ボクと結婚してください”と言いまくっていたと聞こえるんだけど?
ホホ、ホホホホホホ……!
(いえ、落ち着くのよ、ガーネット……)
私はこれまでどんなことが起きても常に冷静沈着、完璧に対処して来たでしょう?
だから落ち着くのよ……
まずは冷静になるの。
「ジョルジュ、グラスを返して!」
「おい、ガーネット!」
私はジョルジュの手からグラスを奪い返すとグビッともう一杯酒を飲み干した。
あうあ~
ニパッと満面の笑みを浮かべたベビーの幻聴が聞こえる。
そう、ジョシュア。
やんちゃで可愛い私たちのお孫さんはいつでもどんな時でも……
(…………やべぇ子!)
一気に冷静になった私はクワッと目を見開く。
「……なんでジョシュアが皆にプロポーズして回ってるのよ?」
「ん? 皆にだけじゃないぞ? 物に向かってもしていたぞ」
「は?」
(も……の?)
どういうことかと私は首を傾げた。
そして今日のジョシュアの様子を思い出す。
「そういえば散歩中、誰彼構わず声もかけていたけど、花や絵画、ぬいぐるみ……そういった物にも話しかけていたわね……?」
「だから、あれは全部、“ボクと結婚してください”だ」
「……」
私は頭を抱える。
「俺が最初に聞いたのは、家令に向かって言った“ボクと結婚してください”のあうあ、だったな」
「ジョシュア……!」
「ジョシュアのニパッとした可愛い笑顔にやられた家令は照れて頬を染めて……二人はしばらく見つめ合っていた」
「なにその光景!」
まるで、家令(70歳・♂︎)へのプロポーズが成功しちゃったみたいな光景じゃない!!
言語が“あうあ”じゃなかったら大惨事よ!?
私は更に頭を抱えた。
「……その光景を見た俺は、てっきりジョシュアの好みはかなり歳上の渋い男だったのかと──」
「思わないで! それ絶対違うから!!」
確かにジョシュアは、プロポーズはすごいと興奮していた。
でも……
「待って? でもエドゥアルトがきちんと言い聞かせていたわよね? プロポーズは……」
─────君がもっと大きくなって、ずっとずっとずっとずーーっと一緒にいたいと思える人が見つかった時、初めてその人に向けてするものだ
「元気に“あうあ!”って返事してたでしょ? あれは分かったという意味よね?」
「ああ───」
私の言葉にジョルジュがうーんと顔をしかめた。
そしてハッとする。
「ジョルジュ?」
「なぁ、ガーネット」
「何か分かった?」
ジョルジュは躊躇いがちに口を開く。
「ふと思ったんだが。誰か、ジョシュアにプロポーズとは“結婚してください”と伝えることだと説明したか?」
「え?」
そう言われて考える。
確かに。
どんな相手にするものかは説明したけど、どういう行動かは説明していなかったかもしれない……
「えっと、つまり? ジョシュアの中で“ボクと結婚してください”という言葉はプロポーズという認識ではなく……」
大好きなお友達である二人が幸せそうな顔で話していた言葉!
「幸せいっぱいのエドゥアルトとレティーシャさんを見て……自分も真似したくなった、とか?」
それで目についた人や物に……
「間近で見て聞いてあれは素晴らしい言葉だと認識したのかもしれん」
「……」
「……」
私たちは顔を見合わせる。
(ジョシュアーーーー!)
ちなみにこの日のジョシュアも、エドゥアルトとレティーシャさんと次はいつ遊べるのかとずっと夜中まで騒いでいた。
「───いいこと? ジョシュア!」
「あうあ!」
「昨日、あなたが振り撒いた僕と結婚してください! というこの言葉。これこそがプロポーズなのよ!」
「あうあ!」
ニパッ!
私は満面の笑顔を向けてくるベビーを見下ろしながら足を組みなおすとバサッと髪をかきあげる。
「───あなた、エドゥアルトから聞いたプロポーズの説明は覚えてるかしら?」
「あうあ!」
「そうよ! プロポーズとはもっともっと大きくなってからするものよ!」
「あうあ!」
翌日、私はジョシュアを目の前に座らせて“プロポーズ”について改めて説明することにした。
「ジョルジュ。ジョシュアはなんて?」
「──分かりました! 早く大きくなってボクもぷろぽーずします! だな」
「…………誰にする気よ」
今はジョシュアの発語が何もかもが“あうあ”だから害はない。
しかし……この先、すくすく成長して話すようになったら────……
(ホホホ、とんでもないプレイボーイの誕生よ!)
「ふぅ……これは、これからも根気強く説明していかないと駄目そうね」
「あうあ!」
ため息を吐く私の前でジョシュアはニパッ! と満面の笑みを浮かべた。
「────さて。ジョシュア」
「あうあ」
私はチラッと時計を見上げる。
(そろそろ時間、かしらね?)
「実は今日はこれから我が家に“お客さん”が来る予定なの」
「あうあ」
「ホーホッホッホッ! いいお返事ね。それで───あなたにも同席して欲しいのよ」
ジョシュアの目がキラッと輝いた。
「あうあ! あうあ! あうあ!!」
「……ガーネット。お兄さんとお姉さん? 約束してた遊ぶですか! と興奮して目を輝かせているぞ?」
「違うわよ!」
そもそもエドゥアルトが事前に連絡して来るわけないでしょ?
「……あうあ」
「それなら誰ですか? って一転、ものすごく不満そうに聞いてるぞ?」
「不満……」
私はホホホッと笑う。
「────ジョルジュ、ジョシュア。あなたたちは私が人に一番されて許せないことを知っているかしら?」
「ガーネット?」
「あうあ」
そっくりな顔で首を傾げた二人に向かって私は更に笑みを深める。
「私の大事な家族をバカにすることよ?」
「あうあ!」
「そう。だから、レティーシャさんから話を聞いた時から思っていたのよね───……」
私は一呼吸置いてから顔を上げてニッと笑う。
「ジョエルとエドゥアルト────私の大事な子どもたちをバカにしていたカス男は、ぜひ、私からもペシャンコにしてあげないと、ってね?」
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