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第14話
しおりを挟む「セシリナ? 知り合い?」
「あ……」
私は驚いて固まってしまったけれど殿下の言葉でハッと我に返った。
「私の母方の従兄なんです」
「従兄?」
「ラフォンテ伯爵家の次男、ルーベンスと申します」
ルーベンスお兄様は私の言葉を受けて殿下に頭を下げて挨拶をした。
「ラフォンテ伯爵家……」
「それにしても、セシリナ。驚いたよ」
「えっと……何がでしょう?」
「決まってるだろ? 君がエリオス殿下の恋人になってる事だよ。いったいどんな手を使って誘惑したんだい?」
「……!」
ルーベンスお兄様は昔からそう。何かと余計な一言が多い。
《何だかいけ好かない感じのする男だな……》
突然頭の中に聞こえてきたエリオス殿下の声。
何で? と思ったら殿下が私の肩に手を回していた。
「ルーベンス殿、それは違う。セシリナは僕を誘惑なんてしていないよ」
「え? 違うのですか? …………おかしいな」
ルーベンスお兄様はそう呟いて首を傾げた。
(おかしい……?)
《この男、何が目的だ?》
エリオス殿下も不審に感じているみたいだった。
「違うね。僕がセシリナに一目惚れして口説いたんだ」
「!?」
「えっ!? セシリナに一目惚れ……?」
私も一緒に驚いた。その設定は初めて聞いたわ!
今更ながら“馴れ初め”のようなものを決めていなかった事を思い出す。
「一目惚れですか……セシリナに。へぇぇ……それはそれは。いや、不思議だったんですよね、二人の関係」
「どういう意味かな?」
「いえ、二人に接点なんてまるで無さそうだったのに、ある日突然、恋人だなんて噂が流れ始めましたからねぇ……てっきりセシリナが騙されてるのでは無いかと思いまして」
《やけに突っかかる物言いだな》
《……これは、探りを入れられてるのか?》
「恋に落ちるのに時間なんて関係ないと思わないかい?」
「それはまぁ、そうなのですが……」
お兄様は肩を竦めながらチラリと私を見る。
「だけど、セシリナも酷いじゃないか。私という婚約間近の恋人がいながら殿下とも付き合っていたなんてね。まさか二股をかけられるなんて思わなかったよ。そんな女性だったのかと噂を聞いて悲しかったよ」
「「!?」」
《は? 何だって?》
ルーベンスお兄様は、わざとなのか大声でとんでもないでまかせを口にした。
大声のせいで今の発言は会場内に大きく広まっていく。
「あれ? もしや殿下には、私の話をしていなかったのかな? それもそうか、言えるわけないもんな」
「……ルーベンスお兄様……何を言っているのです?」
とんでもない発言に身体が震える。
私とルーベンスお兄様が恋人だった事なんて一度もない。
婚約もそう。
何でこんな事を言い出したの……
《セシリナの身体が……》
《何を言い出したんだ?》
《こいつの目的はいったい何だ?》
エリオス殿下の私の肩に回してある手に力がこもる。
「本当に酷いなぁ、セシリナは。私達はあんなに愛し合っていたじゃないか」
「「!?」」
またまたルーベンスお兄様が爆弾発言を落とした。
ここまで来ればさすがの私にも分かる。これはわざとだ。
「……っ! お兄様、出鱈目を言わないでください!!」
「出鱈目だなんて酷いなぁ。本当の事なのに。私達は……」
まだ、何かを言いかけたお兄様を遮ってエリオス殿下が口を開いた。
その声は明らかに怒っていた。
「有りもしないほら話はそこまでにしてもらおうか? それとも君は僕を怒らせたいのかな?」
《嘘の情報で僕達の仲を引き裂くのが目的か?》
《それとも、セシリナを更に陥れる事が目的なのか?》
《……どちらにしてもふざけるな!》
実際の言葉だけでなく、エリオス殿下の心の声も怒っていた。
そして、さすがのルーベンスお兄様も殿下の怒りを孕んだ声には驚いたらしい。
《それに、嘘でもセシリナと愛し合っていたなんて発言は許せない!》
「セシリナが君と僕で二股をかけてる? そんな事があるわけないだろう?」
《セシリナは頬へのキスだけであんなに照れるくらい可愛いんだぞ! 平気で二股をかけるような女があんな風に照れるわけないだろ!》
(!! 殿下……何言って……)
「お言葉ですが、殿下……」
「ラフォンテ伯爵家の次男、ルーベンス。もし、その発言が虚偽だった場合どうなるかくらいはその中身が空っぽそうな頭でも分かるよね?」
「え? いや……その」
ルーベンスお兄様は分かりやすいくらいに狼狽え始めた。
「な……なぁ、セシリナ。殿下にバレたくなかったのは分かるけど嘘だなんて言ってないで、本当の事を君からも言ってくれよ、な?」
「ひっ!」
お兄様が私の腕に縋りついて助けを求めて来た。
《話が違う! マリアンはこうすれば、さすがの殿下も怒ってセシリナを突き放すはずだと言ったのに!》
《どういう事だ! 殿下、欠片も疑わないじゃないか!》
《こんな事ならマリアンの最初の依頼通り、どこか空いてる部屋ににセシリナを連れ込んで無理やり既成事実を作る案の方が良かったじゃないか!》
《セシリナ相手ではその気にならないから無理だと断ったが、野暮ったい髪もどうにかして外見は見れるようになったからな……いや、むしろ今なら……》
《あぁ、失敗した。セシリナと私との間に婚約の話は昔から出ていたから順番が逆になるだけで問題はなかったわけだしな》
──え?
とんでもない言葉がたくさん流れて来て私は一瞬固まった。
既成事実……? そしてルーベンスお兄様との間に婚約の話って何?
それは初耳だった。
私は震える身体をどうにか抑えながら叫んだ。
「……ルーベンスお兄様、私、お兄様と恋人になった覚えも愛し合った覚えもありません!」
「セシリナ! 何故だ……!」
「何故だも何も……私が愛してるのはエリオス殿下だけです! ルーベンスお兄様の事は従兄としてしか見たことがありません!!」
《嘘だ! セシリナの初恋は私だとマリアンが言っていた!!》
《だからセシリナと殿下の仲を引き裂いてセシリナを私のものにすれば伯爵家を継げると聞いたのに……!》
勝手に人の初恋を捏造しないで欲しい。
私は恋なんて……誰かを好きになるなんて無──……
「……?」
(え? あれ?)
私、今……頭の中で誰を思い浮かべた──……?
「何だって……?」
「そういう事だからお引き取り願おうか? 愛し合ってるのは僕とセシリナでただの従兄でしかない君の出る幕は無いんだよ」
《どこまでも見苦しい奴だな》
《汚い手でセシリナに触れやがって。セシリナを汚すな!》
エリオス殿下が強く私を抱き締め、私に触れていたルーベンスお兄様の手を引き剥がしながら言った。
「そんな……」
ルーベンスお兄様は、真っ青な顔で震えて項垂れる。
その顔には“こんなはずじゃなかったのに”と分かりやすくかかれている。
(お姉様の名前が何度か出てきた……つまりこれは……)
「……エリオス殿下、あの、これは……」
「うん……」
《マリアン嬢が仕向けたんだろう》
《自分では動かずに人を使うとか……どこまで姑息なんだ?》
《利用されたこの男は憐れだが……虚偽の申告だけでなく汚い手でセシリナに触れたからな……情状酌量の余地は無い》
……エリオス殿下はルーベンスお兄様が私に触れた事がかなりお気に召さないらしい。
(何だかこれって嫉妬……ってまさかね!)
おかしな事をついうっかり考えそうになって私は慌ててそんなはずは無いと打ち消す。
(私は仮の恋人よ! 本当の恋人じゃないもの)
「彼からマリアン嬢の関与の話が聞ければ良いけどね……」
「……」
「けど、きっと白を切られて終わるんだろうな」
その可能性は高い。お姉様がルーベンスお兄様を唆した証拠でも無い限り難しい。
お姉様は私が浮気して二股をかけているとエリオス殿下に思わせる事で私達を引き裂きたかったみたいだ。
(ついでに私の悪評ももっと流したかったのかも)
エリオス殿下も“恋人に二股をかけられた情けない王子”という目で世間に見られる事になる。
“妹がごめんなさい……!”
とか何とか言って、そこに付け入れるつもりだったのかもしれない。
「……セシリナ。ごめん」
「どうしてエリオス殿下が謝るのですか?」
エリオス殿下が寂しそうに微笑んだ。
「僕のせいで君の悪評はまた好き勝手に広がってしまうし、マリアン嬢も君を傷付けようと動いて来た」
《僕が巻き込んだ……》
《ごめん、セシリナ……》
「……」
「それにあの男はあれでも君の従兄だろう? 君の身内を罰する事に……」
殿下が今もまさに取り押さえられているルーベンスお兄様を見ながら言った。
「何を言っているんですか!」
「え?」
私の言葉に殿下は目を丸くして驚いていた。
「元々、ルーベンスお兄様の事は人としても好きでは無かったので気にしません!」
ルーベンスお兄様は、幼い頃に私の瞳を見て気味悪がった人の1人だ。
そこからはずっとバカにされて来た。
薄気味悪いと言い出したのも多分、ルーベンスお兄様がはじまりだったと思う。
たから従兄とはいえ、そんな人に好感なんて持てるはずもなく……
(それに、さっき流れて来た心の声は酷かった)
「セシリナ……」
「それに」
「?」
私はこそっと殿下の耳元で囁くように言った。
「殿下の恋人のフリは私の意思で受ける事を決めました。だからそんな顔しないで下さい」
「……セシリナ」
《……ありがとう、セシリナ》
私は微笑みながらそっと殿下の背中に手を回し自分からギュッと殿下を抱き締める。
「え? セシリナ!?」
《え!? ちょっ……セシリナから!?》
「ふふ……」
私からそんな事をしたのは初めてなので、実際の声も心の声も慌てる殿下が可愛く見えて思わず笑みがこぼれた。
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