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第八話 呪っていたのかもしれない
しおりを挟む「ふぅ……」
私がため息を吐くとメイドが心配そうな表情になる。
「珍しいですね、お嬢様がため息とは」
「……ちょっとね」
フレデリック様は歳を重ねるごとに私に夢中になってくれて、他の令嬢も彼の事を諦め始めた。
それはとても素晴らしい!
いい事ばかりのはずなのに───
(どうしてフレデリック様は私に怒る事が無いの?)
これまでは浮かれてしゃいで過ごして来ていたから、五年間気付かなかった。
いえ、気付かなかったフリをしていた。
(殿下は私に怒った事がないわ!)
ちょっと失礼な事をしてもいつだって優しい笑顔ですぐに許してしまう。
「愛されているはずなのに……」
「お嬢様?」
心配してくれるメイドに向かって私は何でもないわ、と首を振った。
◆◇◆◇
「突然ですけど! フレデリック様は私の事をなんだと思っていますの!?」
「え? 可愛い可愛い僕の婚約者……」
いけない事だとは分かっていても、私は何の約束も無しにフレデリック様の元に突撃してみた。
物語のフレデリック様なら、怒りの表情で即つまみ出しているところ。
なのに、現実のフレデリック様は、勉強中なのにも関わらず、甘く蕩けそうな笑顔で私を出迎えたあげく、お茶とお菓子まで出してくれた。
───ディアナが約束も無しに訪ねて来てくれるなんて幸せだ!
そう言ってくれて本当に幸せそうに微笑んでいる。
「……かわっ!」
「うん、ディアナはとっても可愛い、そう思っているよ?」
「っっ!」
(ま、眩しい……! 直視出来ないっ!)
極上の笑顔で答えるフレデリック様の顔が私には眩しすぎた。
「でもね、最近少し思う事があるんだ」
「……!」
だけど、フレデリック様の顔が少し陰ったので、これは……! と思う。
やっぱり何かしらの不満は溜めていたみたい!
私は覚悟を決めた。
「それは、な、何でしょうか?」
「うん、ディアナが……」
「……わ、私が?」
フレデリック様はそこで一旦言葉を切ると、じっと私を見つめる。
毎年かけ直してはいたけれどあの儀式……実は無駄で、本当はいい加減、私に対して呆れていた?
そんな思いが私の頭の中を駆け巡る。
「──美しすぎる事なんだ!」
「………………え?」
「……」
「……」
今、何て言った?
私は飲んでいたお茶のカップを静かにテーブルに置くと、まじまじとフレデリック様の顔を見つめる。
そんなフレデリック様の顔は赤かった。
「……僕もディアナももう15歳だ……来年は学園への入学も控えている」
「そ、そうですね」
「社交界デビューだってある」
「え、ええ……」
我が国の社交界デビューは16歳からだ。
「ディアナは昔から可愛かったけど……最近は大人っぽくなってそこに美しさがプラスされただろう?」
「えっと……?」
「社交界でも、デビュー前なのに美しい令嬢らしいとディアナの噂はどんどん広まっているらしいんだ」
これは、褒められている? 褒められているという事でいいのよね?
「だから、婚約者であっても僕は気が気でない……」
「フレデリック様」
(あなたは王子様なのだから要らない心配なのに……)
誰が好き好んで王子の婚約者に横恋慕などしようと思う人がいるの……
けれど、こうして思いがけない形でフレデリック様の気持ちを聞いてしまい私の胸は高鳴る。
「ディアナ」
「っ!」
フレデリック様の手が伸ばされそっと私の頬に触れる。
「僕はディアナの理想の人になれているだろうか?」
「理想の……人?」
「そうだ。君の好みの男性だ」
「私好み……ですか?」
私の好みはフレデリック様なのに何を言っているのかしら?
好みの人が好みの男になりたいとか意味が分からない。
「背が高くて優しくて強くてかっこよくて頭も良くて優秀、誠実で……何でもスマートにこなせて、滅多な事では怒らない……そんな人だよ」
「!?」
変な声が出そうになった。
フレデリック様はどこからそんな情報を持ってきたの!?
「そ、それって、と、とんでもなく超人ですよね?」
私がそう訊ねると、フレデリック様は深く深く頷いた。
「そうなんだ……僕と違いすぎて知った時は心から絶望したよ」
「……幻滅ではなく……?」
「どうして幻滅なんかする必要がある! ディアナは昔から明るくて素直で、可愛くて真っ直ぐで努力家で……綺麗で……そんな素晴らしいディアナに相応しい相手……なのだからこれくらいは当然だとは思ったけどね……ははは」
フレデリック様は、残念ながら僕はまだまだ未熟なんだ……と悲しそうに目を伏せる。
(こ、これは……)
そこでようやく私は気が付いた。
これは好感度……がもし目に見えるならだけど、完全に振り切れてしまっているのでは……?
上げすぎてしまって妙な域にまでいこうとしている気がする。
「ディアナ……」
「あ、あの、フレデリック様……! 私は……私の好みは」
「ディアナ、待っててくれ! 僕は必ず君の理想の人になってみせるから! そして、必ず君を幸せにしてみせる!」
フレデリック様は私を抱きしめながら、そう口にしていた。
────
「…………嬉しかったけれど、執着心が凄かったわ」
突撃を終えて屋敷に戻った私は、そんな独り言をこぼす。
もしも、フレデリック様のあれが私の施した儀式のせいだとするなら、あれではまるで───……
「何の話ですか?」
そこへメイドがお茶を持って来てくれた。
「……何でもないわ」
「そうですか? 執着……と聞こえたので気になってしまいました」
「……」
「そういえば、お嬢様。王宮では今、大騒ぎだと聞いたのですが大丈夫でしたか?」
「大騒ぎ?」
なんの事か分からず私は首を傾げる。
フレデリック様は色々凄かったけれど、他はいつもと変わらないように思えた。
「……何でも、王家の所有していた禁忌の秘術が載っていた本が行方不明になっている事が発覚した、とか」
「禁忌の秘術?」
「そうです。いつから無くなっていたのかが分からず大騒ぎなんだそうです。お嬢様は騒ぎに巻き込まれなかったようですね、良かったです」
「へー……禁忌の」
(ん? ちょっと待って?)
何だか嫌な予感がする。気の所為であって欲しい……
「禁忌の秘術って、そ、それって、例えばどんな内容なのかしら……知ってる?」
「……何でもそこに記載されている秘術は主に“呪い”と呼ばれているそうですよ?」
「の、呪い……」
冷たい汗が私の背中をつたう。私はゴクリと唾を飲み込んだ。
(そうよ。さっき、私は思ったわ……)
フレデリック様のあの様子。
繰り返し過ぎた私の儀式のせいなのか、まるでちょっと呪われているみたい……だなって。
まさかあの時の本がそうなら……私、フレデリック様の事を呪ってしまっていたのでは……?
それも、毎年……
そう思ったら私の頭がクラっとした。
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