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第十一話 こんな展開は知らない
しおりを挟む───ライラック・トゥルハーシ
それが、ヒロインの名前。この場で呼ばれるはずの名前──
「───ディアナ・クワドラント」
(────ん?)
学園長が名乗った瞬間から、会場は大きな歓声と拍手に包まれていた。
そのせいでよく聞こえなかった。
今、なんて言った?
“ライラック”とは聞こえず、すごく馴染み……聞き覚えのある……ディアナ?
「…………?」
私はそっと顔を上げる。すると壇上にいる学園長と目が合った。
(───目が合った……ですって!?)
「ディアナ・クワドラント嬢、どうかしたのか? おめでとう! 君は特待生に選ばれた」
「…………私が、特待生?」
───……っ! 嘘っ……でしょう?
(あれ? 今……)
私がそう呟いた時、すぐ近く(多分、後ろ)から“嘘でしょう?”という声が聞こえた気がした。
その甘くて可愛い特徴的な声は、ライラックの声に似ていると思った。
そんな声も気にはなったけれど、とりあえずこの場で呼ばれたのは間違いなく私だった。
おかしいと思いつつも、私は席から立ち上がり壇上に向かう。
(呼び間違い……いや、違う。学園長と目が合ったわ。では何故? 何故なの……?)
何だか周囲が私を見ながらヒソヒソ何かを話していたようだけれど、何故私なのかしら? という事ばかり考えていたせいで彼らの声は全く耳に入って来なかった。
そうして混乱した頭のままの私が壇上に到着すると、学園長は嬉しそうに語り出した。
「我々、教師陣も大変驚いたが彼女、ディアナ・クワドラント嬢は算術のテストで出題した最後の引っ掛け問題も正答を導き出していた。そして、全教科合計もほぼ満点……文句無しの特待生だ」
(あ! あの問題……!)
学園長の発言を受けて、再び会場内が凄い拍手と歓声に包まれる。驚いた私は、またしてもどう反応していいか分からずひたすら壇上で困っていた。
(どうして? ここに立つのはライラックのはずなのに……)
「やっぱり僕のディアナは凄いね、おめでとう」
「……フレデリック様?」
フレデリック様が嬉しそうな顔で私の横に並ぶ。そしていつものように甘く優しく微笑んだ。
その顔を見たらホッとして少し混乱が落ち着いた。
「特待生となったディアナのすぐ近くで新入生代表の挨拶が出来るのは嬉しいよ」
「もう! フレデリック様ったら!」
「本当だって。じゃあ、挨拶に行ってくる。僕を見ていてね? ディアナ」
そう笑ったフレデリック様は新入生代表の挨拶に向かう。
新入生代表の挨拶はその時の入学者の中で一番身分の高い人が務めるので、フレデリック様は入学試験に受かったと同時に挨拶する事は決定事項だった。
そんなフレデリック様は堂々とした姿と声で挨拶を述べていく。
(大きくなったなぁ……)
制服に身を包み、大勢の前で澱みなくスラスラと喋るその姿を見ていたら、私の気持ちも落ち着いて来て今度はそんな事を思う。
フレデリック様は初めて会った時は私とそんなに変わらない身長だった。その後、婚約者となって顔合わせをした時もそんなに変わらなかった。
なのにいつの間にか私達の身長はどんどん差がつき、フレデリック様は身体も顔付きも声も……どんどん“男の人”になっていった。
私はそんな彼の姿に見惚れてしまう。こんな近くで挨拶する姿を見る事が出来るなんて幸せ。
(やっぱりかっこいい……)
フレデリック様に見惚れていた私だけれど、どうして私なの? ヒロインは?
頭の中に時折浮かぶ何故何故という思いは消えてくれなかった。
(……っ!?)
その時、突然ブルっと寒気がした。ついでに射抜くような鋭い視線を感じる。
いったいどこから? そう思って視線の主を探そうとして気付く。
───ライラック!
彼女の可愛らしくて可憐な顔がまるで嘘のように、私の事を睨んでいた。
(す、すごい目だわ……何でそんな目で私を……そっか!)
当たり前かもしれないけれど、ライラックはきっとたくさん勉強して試験に臨んでいたはず!
努力は実ると信じて……だって、ヒロインだもの! そして本来はその努力は実るはずだった……
それなのに私が特待生になって相当悔しい思いをしている。そういう事……
(でも……)
自分勝手な私は、ライラックとフレデリック様が壇上に並ぶ姿を見ずにすんだ事にホッとしてしまっている。
(でも、ライラックにフレデリック様を取られるわけにはいかないの……!)
「ディアナ? 緊張しているの?」
「え? きゃっ!? フレデリック様?」
挨拶を終えたフレデリック様が私の隣に戻って来た。
そして、そのまま流れるように私の肩に腕を伸ばすとそっと私を抱き寄せた。
(……え?)
当然、私達はまだ壇上にいる。
……つまり、この様子は皆が見ている、ということ……
「な、何を……」
「入学前からさ、ちらほら噂があったんだ」
「ん……」
フレデリック様は私の抗議には答えずに話を始めた。
ひそひそ話のせいか耳元で語るものだから、何だか耳がむず痒い。
「今年は特待生が選ばれたらしいってね」
「え?」
「それがさ、すごい優秀なのにとても可愛い子だっていう噂だったんだよ」
「そ、そうですか……」
フレデリック様はどうしたのかしら?
不思議に思っていると、フレデリック様の顔付きが真剣になる。
「僕はすぐにディアナの事だと分かった!」
「え!」
「どうやら、そう思ったのは僕だけでは無かったようだけれど……ね」
(な、なんでーー?)
「ディアナが特待生……よく考えれば当然の話だ。僕はディアナ以上に素晴らしい女性を知らない。誇らしかったけれど僕は気付いてしまったんだ!」
「な、何をでしょうか?」
「特待生は入学式で紹介されて壇上に上がるだろう? つまり、僕の可愛くて可憐で誰よりも美しいディアナが皆の注目の的になってしまう!」
「フレデリック様……」
「だからね? この場を借りてディアナが僕の大事な人なのだと皆に見せつけておこうかなって」
ボンッ
耳元でそんな事を囁かれて、私の顔が赤くならないはずがない。
「あ……うっ……」
「……そんな顔も可愛いね、ディアナ」
「フレ……」
フレデリック様がまたしても甘く蕩けそうな表情で私を見つめたその時だった。
ガタン
椅子が倒れる音がしたので、びっくりしてフレデリック様から離れて、壇上から下の様子を見ると、どうやら新入生の誰かが倒れてしまったらしい。
(まあ大変! 貧血でも起こしてしまったのかしら?)
「きゃーー」
「人が倒れたぞ」
「ピンク色の髪をした女性だーー」
「誰かーー、先生ーー」
(倒れた? ピンク? ───も、もしかして、ライラック?)
「フレデリック様! 大変ですわ。誰かが倒れたようです」
「……」
(こんな展開は物語には無かったけれど……)
もう既に入学式は私の知っている話とは違う。
でも、今はそんな事を考えている場合では無かった。
(本当にライラックなのかしら?)
私が慌ててもう一度、倒れた人を確認しようと目を凝らしていたら、フレデリック様が私の横からサッと勢いよく駆け出した。
(え? フレデリック様?)
「……」
フレデリック様は無言のまま壇上から降りると、まっすぐ倒れている人……ライラックの元へと向かっていった。
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