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18. ゲームの通りになんていきません!

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「……」

  ルーシェ嬢の指からパラパラと床に散らばりながら落ちていく赤い糸。
  もちろんその光景は私にしか見えていない。

  (本当に切れたわ……赤い糸って切れるものなのね……)

  私が自分でしでかした事だけど……やっぱり驚いた。
  我ながらなんて事をしてしまったのだろうと思わなくもない。でも……


「……は?  何?  フランシスカ様……あなた今、私に何をしたの?」

  私の動きが不審だったからか、ルーシェ嬢が怪訝そうに尋ねてくる。

「……」

  私は答えない。と、言うより答えられない。
  だって、今の行動の説明が……出来ない。

  だって、言えるわけないでしょう?
  ……ルーシェ嬢、あなたの歪んだ攻略対象者への気持ちを表す5本の赤い糸を切らせてもらいました……!
  なんて!!
 

  ──赤い糸を切る。


  赤い糸は誰かを想う気持ちを表している。
  いくら身勝手な振る舞いが目に余るルーシェ嬢に対してだって、勝手にこんな事をするのにはもちろん抵抗があった。
  念の為にと思って、はさみをポケットにしのばせていたけれど、ルーシェ嬢が改心するなら赤い糸を切るつもりは無かった。

「……」

  赤い糸を切るなんて本当に可能かどうかも分からなかったし、どんな影響が出るかも分からない。だからこれはあくまでも最終手段のつもりだった。

  でも、ルーシェ嬢はどこまで行ってもゲームに囚われていた。
  自分を見つめ直す所か、どんどんヒートアップしていった。
  私とジェイ様の関係を疑いながら、自分の行為は正当化していたあの発言はもう正常とは言えない。歪んだ思考のヒロインそのもの。
  
  だから、こうでもしないときっとルーシェ嬢の目は覚めない!
  いつまでもゲームに囚われたままになってしまう。
  だから、私は攻略対象者達に向けた歪んだ想いを無理矢理でもいいから一度切ってしまいたかった。



  ──そして……




「本当に何なのよ!  私はね!  私は…………ヒロイン?  だから……幸せになるって決まってるのに……?」

  何だかルーシェ嬢の様子がおかしい。
  さっきまでの勢いが感じられない。

  (これ……まさか、赤い糸を切った影響!?)

  ちょっと赤い糸さん、怖すぎない!?

ヒロインには運命の赤い糸の相手がいて……それは、その相手は……?」
「……ルーシェ様」
「私の運命って……?」

  あぁ、何だか相当混乱しているみたいだわ。

「そうよ……だって、私には運命の赤い糸で結ばれる相手が……ずっとそう思って来たのに……」
「……思って来たのにどうしたんですか?」

  私は静かに尋ねる。

「……よく、分からないのよ」
「分からない?」
「何故かいつも邪魔ばかりするあなたを蹴落とせば、私は幸せになれるはず、だった。だって、私はヒロイン……だから」

  こうなっても、“私はヒロイン”という気持ちは中々消えてはくれないみたい。

「……ルーシェ様。ヒロインだからなんて関係ないです。ヒロインであろうとなかろうと幸せになる権利は誰にでもあるものです。ルーシェ様が特別なわけではありません」
「……!」

  ルーシェ嬢は、私の言葉に目を丸くしていた。
  ──あぁ……もしかして今、初めて話が通じようとしているのかもしれないわ。
  今までだったら絶対にこの言葉も届かなかったはずだもの。

「特別……じゃない?」
「そうです。それに誰にだって運命の赤い糸で結ばれるべき相手がいるんですよ」 
「……赤い糸」

  ルーシェ嬢が小さく呟き、その視線は自身の左手の小指に移る。
  残念ながら、私が切ってしまったからそこにはもうルーシェ嬢の赤い糸は無いのだけれど。

「今のルーシェ様に赤い糸はありません」
「……は?」

  また、何言ってんのこいつって目で見られたわ。

「何でよ?  さっき誰にだって運命の赤い糸の相手はいるって……!」
「歪んでたからです!」
「……?」
「ルーシェ様、あなたの赤い糸は大きく歪んでいました」
「は?  冗談言わないでよ。どういう事よ?」

  ルーシェ嬢は意味が分からないと首を横に振る。
  そんなルーシェ嬢を見ながら私は彼女に聞こえるくらいの声で囁く。

「ルーシェ様。ここはゲームの世界かもしれませんが、やっぱり現実なんですよ。ゲームの通りになんていきません。いくはずがないのです」
「…………!?」

  ルーシェ嬢が驚愕した瞳で私を見る。

「ゲームでは描かれていなかったそれぞれの過去もありますし、エンディングを迎えても終わる事のないずっとずっとその先のある世界なんです。いい加減にそこを理解してください」
「え?  やだ、ちょっと……何言って……あなた、まさか……」

  ルーシェ嬢の顔は真っ青だった。
  自分以外に転生者がいた事に驚いている様子だ。

「決められたシナリオなんて無いんですよ」

  だって、私がこの世界の事を認識した時点で、 私の知っているゲームとはかなり話も違っていて、もう既に色々おかしかった。
   マーカスだってそう。ゲームのマーカスとは違っていて、ずっと私の事を想ってくれていた!

「ルーシェ様。私の運命の赤い糸の相手はマーカスなんです」
「……は?  ちょっと待ちなさいよ……嫌味?」
 
  ルーシェ嬢が心底嫌そうな顔をして聞き返す。

「ゲームのフランシスカはマーカスの運命の赤い糸の相手にはなれませんでした」
「そうよ!  ヒロインがいるもの!!  当然でしょう?」
「でも今は私がマーカスの運命の相手なんですよ。私達はのですから」
「二人の意思……?」

  ルーシェ嬢はまだ意味が分かっていなさそう。
  でも、あと少し!  そんな気がする。

「そうです。さっきも聞いたでしょう?  私達はゲームとは違って互いを想い合っていますから。ルーシェ様、これが“現実”です」
「…………現実」

  それだけ呟いてルーシェ嬢は大人しくなって下を向き黙り込んだ。
  
  ようやく理解してくれたのかしら?
  





「……そろそろいいかな?」
「マーカス?」

  いつの間にか私達の側まで来ていたらしいマーカスが、私の腰に手を回して引き寄せながら声をかけて来た。

「フラン、 大丈夫?」
「え?  えぇ……私は大丈夫よ」

  (さっきの話、聞かれてないわよね?  後々、追求されても困るのだけど……)

「なら良かった…………さて、ルーシェ嬢。残念ながら君はこのままではすまされない」
「え?」
「事の始まりはこちらからの突然の解任発表だったとは言え、ここまでの事態に発展したのは、君が時と場所も考えずに騒ぎ出したからだ。当然、君はこの騒ぎの罰も受ける事になる」
「……罰?」

  マーカスが冷たく言った。
  一方のルーシェ嬢は顔を上げたものの力の無い声で答える。
  先程までの元気は何処へやら……

「残念ながら君のした事は学院内でのいざこざを飛び越えて、フリーデン公爵家とマドラス子爵家とエランドール男爵家との問題にまで発展している。ここから先は家同士の話し合いになるだろう」
「え?  ……まさか、そんな」
「そんな……では無いだろう?  あれだけ好き勝手な事を言っておいて」
「それ……は」
「義父まで使って嘘の話を公爵家の当主にしておいて、罪に問われないとでも?」
「!!」

  その言葉でルーシェ嬢もようやく事の重大さを認識したのか、力無くその場に膝から崩れ落ちた。

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