【完結】ある日、前世で大好きだった人と運命の再会をしました───私の婚約者様が。

Rohdea

文字の大きさ
23 / 44

22. 混乱する記憶

しおりを挟む


 ズキンズキン……
 頭の痛みと共に“何か”が私の中に流れ込んで来る。



(ここは、どこかの庭……?)

 同じ年齢くらいの少女と少年がいた。
 少女が木の上に登っているらしく下から少年が声をかけている──……


 ───今日はこっちですか……先生が必死に探していますよ?
 ───ええ!?  なんでぇ?  今日こそはと思ったのに!  どうして、いつも私の居場所が分かるの?
 ───だって、高いところ好きですよね?
 ───そうだけど!  でも、私はわざわざ毎回場所は変えて逃げているのよ?  それなのに!

 先生がと言っているから、勉強?  か何かが嫌で逃げ出した少女を少年が追いかけて来たらしい。
 見つかってしまった少女は不満そうだ。
 でも、そんな少女に木の下にいる少年は優しく笑う。

 ───あなたを追いかけて見つけるくらいのことが出来ないと、将来、あなたの騎士にはなれませんから。
 ───騎士?  私の騎士になりたかったの?  でも私は…………
 ───とりあえず危ないので降りてきて下さい、───ΘΠλΨξτ様。
 ───もう!  τΦдΙτは相変わらずね?  分かったわ。それじゃあ、降りるから支えてくれる?
 ───喜んで。

 そう言って少女は慣れた様子で木から降りていく。
 それをこれまた慣れた様子で支える少年……

(二人が互いの名前を口にしている所だけよく聞き取れなかったわ)

 そのせいで、この少女と少年の名前がよく分からない。
 すごくすごく大事なことのような気がするのに。

 ───ねえ、τΦдΙτ?  私ね、あなたには騎士ではなくて……私の、
 ───その話はまた今度にしましょう?  ΘΠλΨξτ様。
 ───もう!  またそれ?  相変わらずなんだから!
 ───そんなこと言っていていいんですか?  戻ったらまずお説教ですよ?
 ───うっ……

 そうして二人は仲良く手を繋いで建物へと戻って行く。
 その建物はまるでお城のよう─────


──────……


「……っ!」

 そこで私はハッと意識を取り戻す。

(今のは、な、何だったの……)

 もう頭痛は治まっていた。
 痛かった所を手で押さえながら私は思った。
 今のは私の前世の記憶だったりする?

(前世を思い出すきっかけは人それぞれ……)

 だとしても、なぜ今このタイミングなの?  という思いしか湧かない。

 あのお転婆そうな少女の姿は私とは似ていない。
 木の上に登るのが好き──私と共通する所はあったけれど。
 迎えに来ていた少年のことも見覚えはないと思った。
 だって、いつも木の上に隠れている私を見つけてくれていたのはリヒャルト様だったから。

 これが私の子供の頃の記憶ではないとするのなら……今のは前世としか思えない。

(そう思うと何だか変な気持ちね)

 あれだけではどこの誰なのかも分からなかったし、ほんの一部の記憶でしかないけれど自分にも過去があったのかと思うと不思議な気持ちになる。
 ただ、あの少女の姿は……誰かに似ていた。そのことが今、胸に引っかかっている。



「──そうだ、姫と初めて会った時のことを覚えている?」
「え?  初めて……?  それってえっと……」

 色々、考えていた私の耳に、ハインリヒ様とヴァネッサ嬢の声が聞こえて来て現実に戻される。
 そして、二人はまだ前世の思い出話をしていた。
 今度は出会いについて語るハインリヒ様。
 しかしやはり記憶が怪しいのか、ヴァネッサ嬢の表情が固まった。
 彼女のその顔を見た時、私の頭の中であっ!  と叫んだ。

(あの少女……ヴァネッサ嬢に似ているような……?)

 あの少女が成長したら──そう思えるくらいには似ている。

「……え?」

 思わず声も出てしまう。
 これってどういうこと?
 あれは誰?  誰の記憶だった?  私の前世ではなかったの?  
 どうしてヴァネッサ嬢が?

 私の頭の中が再び混乱し始めた。
 ハインリヒ様はヴァネッサ嬢の容姿についてなんて言っていた?
 前世の姫と……
 え?  なにこれ、どういうこ────……

「───落ち着くんだ、ナターリエ!」
「!」

 もう、なにがなんだか訳が分からない!
 そう叫び出しそうになった私を現実に引き戻してくれたのは──

「リ、リヒャルト……様?」
「そうだ。俺だ、大丈夫か?  ナターリエ」

 ふと気付くと、リヒャルト様が私の肩を手で掴んで支えてくれていた。

「……わ、私、」
「うん。あそこの二人が“前世”の思い出話を始めた辺りからナターリエの様子がおかしくなった気がした」
「……」

(それで駆けつけて来てくれたの?)

 リヒャルト様には最後の切り札としての証言をお願いしていた。
 パーティー会場で親しくしている様子を見せると、あとでハインリヒ様が何を言いだすか分からなかったから、会場では距離を取ろうと二人で話して決めていた。
 それなのに……

「頭を手で押さえていたから、頭痛もしていたんだろう?  大丈夫か?」
「!」

 トクンッ
 そんな細かい所まで……と私の胸が高鳴る。
 私の様子をずっと気にしてくれていて、今も様子がおかしいと察知して心配してくれて……

「痛かったけれど今は大丈夫……です」
「よかった」

 リヒャルト様はいつもの顔で笑う。
 その笑顔に胸がホッとした。

「……ナターリエ」
「は、はい!」

 リヒャルト様が、私の肩を掴んでいる腕にグッと力を込めた。
 そういえば、これまで私に指一本触れることをして来なかったリヒャルト様が、今は私に触れているという事実にドキッとした。

 リヒャルト様はチラッとハインリヒ様とヴァネッサ嬢に視線を向ける。
 そこで一旦視線を止めると二人の顔をじっと見た。
 二人……と言うよりもヴァネッサ嬢の方を凝視しているようにも思えた。

「あぁ、………………だったのか」
「?」

 そして小さな声で何かを呟いたあと、私に視線を戻す。

「……あの二人、少し俺に任せてくれないか?」
「え?」
「ちょっとだけあの二人に俺から言っておきたいことがあるんだ」
「言っておきたい……こと?」
「ああ」

 私が聞き返すとリヒャルト様は真剣な表情で力強く頷く。

(あれ……?)

 だけど、どこかいつもの彼とは違う……そんな気持ちにさせられた。
 そんなリヒャルト様から私も目が離せない。

「ナターリエ……すまない」
「リヒャルト様?」
「……」

 真剣な目で私を見つめ続けていたリヒャルト様は悲しげに目を伏せる。

「この後、君は色々と混乱するかもしれない。いや、もう既にしているんだろう」
「混乱……?」
「ああ。だけど……」

 目を伏せていたリヒャルト様はもう一度真っ直ぐ私の目を見つめる。

「ナターリエはナターリエだ」
「え……?」
「君は、侯爵令嬢のナターリエ・ノイラート。俺はこの国の王子リヒャルト……それ以外の何者でもない──そのことを忘れないでくれ」

 ……私は私。
 そうよ!  私はナターリエ……ナターリエ・ノイラート!

「───分かりました」
「……ありがとう」

 私がしっかり頷くとリヒャルト様は安心したように微笑んだ。

「それじゃ、ちょっと行ってくる」

 そう言ってリヒャルト様が私の肩から手を離した。
 何だかそのことを寂しく感じてしまう……

「そうだ、ナターリエ」
「はい」
「……全てが片付いたら……君に話したいことがある」
「は、話したいこと?」
「ああ。だから時間をもらえると嬉しい」

 わざわざ改まって何だろう?
 そう思ったけれど断る理由なんてない。だから私は頷いた。

「分かりました!」
「……うん、ありがとう」

 リヒャルト様は軽く微笑むとそのまま、今も前世の思い出話を続けている二人の元に向かった。
 私はなぜかドキドキする胸を抑えながらその背中を見送った。



「……ハインリヒ。先程から随分と騒がしいことをしているな」
「あ、で、殿下……」
「お前とナターリエの婚約についての話は聞いていたが、派手にやらかしたな」
「それは……あ、でも、殿下なら僕の気持ち、分かってくれますよね?」

 ハインリヒ様の言葉にリヒャルト様が眉をひそめる。

「お前の気持ち?」
「そうです!  僕のこれは浮気ではなくて、ナターリエが誤解して騒いでいるだけ───ぐはっ!?」

(えっ!?)

 その光景に会場が大きくザワついた。
 それもそのはず。
 なんとリヒャルト様は問答無用でハインリヒ様を拳で殴りつけた。

「で、殿下……な、にを」
「……ヒッ」

 殴られたハインリヒ様は目を丸くしていて、横にいるヴァネッサ嬢は怯えて小さな悲鳴を上げる。
 いったいどうして……?
 会場内の誰もが驚く中、リヒャルト様は殴られて呆然としているハインリヒ様の胸ぐらを掴む。
 そしてこう言った。

「───まさか、ハインリヒがお前だったとはな───裏切り者のアルミン」

しおりを挟む
感想 269

あなたにおすすめの小説

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで

あだち
恋愛
ペルラ伯爵家の跡取り娘・フェリータの婚約者が、王女様に横取りされた。どうやら、伯爵家の天敵たるカヴァリエリ家の当主にして王女の側近・ロレンツィオが、裏で糸を引いたという。 怒り狂うフェリータは、大事な婚約者を取り返したい一心で、祝祭の日に捨て身の行動に出た。 ……それが結果的に、にっくきロレンツィオ本人と結婚することに結びつくとも知らず。 *** 『……いやホントに許せん。今更言えるか、実は前から好きだったなんて』  

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(りょうが)今月は2冊出版!
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」 婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からなくなっていました。 婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。 ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/01  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2022/02/15  小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位 2022/02/12  完結 2021/11/30  小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位 2021/11/29  アルファポリス HOT2位 2021/12/03  カクヨム 恋愛(週間)6位

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

ループした悪役令嬢は王子からの溺愛に気付かない

咲桜りおな
恋愛
 愛する夫(王太子)から愛される事もなく結婚間もなく悲運の死を迎える元公爵令嬢のモデリーン。 自分が何度も同じ人生をやり直している事に気付くも、やり直す度に上手くいかない人生にうんざりしてしまう。 どうせなら王太子と出会わない人生を送りたい……そう願って眠りに就くと、王太子との婚約前に時は巻き戻った。 それと同時にこの世界が乙女ゲームの中で、自分が悪役令嬢へ転生していた事も知る。 嫌われる運命なら王太子と婚約せず、ヒロインである自分の妹が結婚して幸せになればいい。 悪役令嬢として生きるなんてまっぴら。自分は自分の道を行く!  そう決めて五度目の人生をやり直し始めるモデリーンの物語。

処理中です...