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15. (ジョシュア視点)
しおりを挟む契約結婚とはいえ、妻になったユイフェが毎日可愛すぎて、僕は必要以上にユイフェを愛でてしまう。
噂の愛を伝える風習の頬へのスリったりフニったりも、ずっとずっとユイフェにしてみたいと密かに思っていた事だった。
(だが、あれは癖になる!)
好きな人のほっぺたというものは触って気持ちいい事はもちろん、何が止めらないって、僕に触られている時の反応だ。何だあれ、可愛すぎる!
少し恥ずかしそうで、でもどこか嬉しそうでもあり……あんな可愛いユイフェが見られるのだから止められない。
(これを広めた人も相手の反応が可愛くて仕方なかったんだろうなぁ……)
フニ……
「ユイフェ。君は今でもいつか僕の元を離れようと思っているのかもしれない」
フニフニ……
「でも、僕は君を手放したりはしないよ。ユイフェはもう僕の可愛い可愛い奥さんだからね」
スリスリ……
だって、理由はなんであれ君の方から僕の元に飛び込んで来たんだ。
「ユイフェ。僕は一度だって“妻を愛する演技”なんてしてないんだよ、全部本気だ。むしろ演技なんて出来ないんだ。だからローゼは……」
そこまで口にしてふと思う。
(ローゼはまた僕を嵌める計画を立てているのだろうか?)
巻戻り前。あの王女殿下の誕生日パーティーの日、僕はいつものように会場にいるのが億劫でこっそり抜け出していた。
そこでうたた寝した僕は──……
──────……
「きゃーーーー! だ、誰か! 誰か来てぇぇぇ」
(ん? ……叫び声? この声は……ライラック王女?)
つい、うたた寝していた僕は王女の叫び声でハッと目を覚ました。
「ジョシュア様! あ、あなた、わ、私の誕生日パーティーなのに、な、な、なんて事を! ローゼは私の友人なのよ!?」
そう叫ぶ王女の声は震えていた。
(……? 何の話だ? 王女は何を叫んでいる? ローゼ?)
そう思いながら起き上がると、僕の目の前には王女……そして、すぐ横には従妹のローゼの姿があった。
「お……従兄さま、酷い……」
「は?」
何故かローゼは涙目で僕を見てプルプル震えている。
酷いとは何だ?
そこで、よく見るとローゼのドレスがはだけていて……これではまるで暴漢に襲われた後のよう──……
「ローゼ? 何があった? その格好……」
「ジョシュア様! 何を寝ぼけた事を! あなたがローゼを襲ったのでしょう!?」
王女が叫ぶ。
だけど、僕は意味が分からない。
(……は?)
ローゼを襲ったのが僕だと? 僕はここで寝ていただけなのに?
「ローゼの姿が見えないから探しに来たらローゼの悲鳴が聞こえて……これはどう見ても、あなたが嫌がるローゼを無理やり……」
「お従兄様……」
「ちょっと待ってくれ、誤解だ! 僕は──」
殿下とローゼが何を言い出したのかよく分からなかったが、ちゃんと話せば誤解は解けるはずだと思って説明しようとしたその時、
「ライラック王女!」
「悲鳴が!」
「どうかしましたか!?」
王女の悲鳴を聞いた衛兵、近くにいた貴族等、多くの者達がこの場に駆けつけて来た。
「……こ、これは!」
「マインドル侯爵令嬢……!?」
「その格好は……」
駆けつけた者達がローゼの格好を見て騒然となる。
「嫌! み、見ないで! お、お従兄様が……私を……うぅ……」
「ローゼ!」
王女が泣き出したローゼに寄り添って僕を睨むと言った。
「ジョシュア様、最低よ! 見損なったわ!! あなたはこの責任をどう取るつもりなの!?」
「なっ!?」
王女の言葉を受けて駆け付けてきた衛兵達も軽蔑した目で僕を見る。
これはどう弁解してももう遅い。
泣きじゃくるローゼと僕を糾弾する王女殿下。
よく見るとローゼは泣いているが、その口角が不自然にあがった瞬間を僕は見逃さなかった。
(嵌められた……)
だが、そう思った時には全てが遅かった。
僕は王女殿下の誕生日パーティーでずっと好きだった従妹を無理やり襲ったという濡れ衣をきせられた。
そして、当然のように責任を取ってローゼを娶る事になった。
「お従兄様、いえ、あなた。どうして私に触れて下さらないの?」
「……自分で自分の胸に聞いてみろ」
「ひ、酷いわ……」
ローゼが目に涙を溜めてウルウルした目をこちらに向けて来るが、僕の心はどんどん冷えていくばかり。
「でも、ハワード公爵家の後継ぎだって必要でしょう? だから早く私と……」
「……」
僕は手を伸ばして来たローゼの手を無言で払い除ける。
(自由恋愛が増えて来たとはいえ、政略結婚だってまだまだ溢れてる世の中だ。こういう形の愛の無い夫婦はいくらでもいる……)
頭ではそう分かっていてもローゼの事を女性としてだけではなく人としても愛せない。だから、人前に出ても愛している振りをする事すらも出来ない。
ローゼの目論見では、結婚さえしてしまえばこっちのもの。
マインドル侯爵家と我が家の取り決めで、大きく醜聞が流れた僕からは離縁は言い出せない。だから腹を括って自分を妻として愛してくれるようになる……!
そう思っていたのだろう。
でも違った。むしろ僕の心は叶わなかったユイフェへの恋心を余計に募らせるだけになっていった。
(ユイフェ……)
学院を卒業する少し前、ユイフェといい雰囲気になった事があった。
いつものようにドジっ子だったユイフェが、転びそうになった所を抱きとめた時だ。
『きゃっ!?』
『ユイフェ! 大丈夫か?』
『だ、大丈夫……』
(!)
初めて触れるユイフェの身体は柔らかくて何だか良い香りがした。
そして、その笑顔。やっぱりユイフェは可愛い。ちょっとドジな所も放っておけない。
『……』
『……』
そして、何故か僕達はそのまま互いに暫し見つめ合う。
『あ、あの、ジョシュア! 私……私ね』
僕を見つめるユイフェの瞳になぜだか胸がドキドキした。
こ、これはいい空気! 絶好の告白のチャンス……?
そう思ったけれど、
『わ、私…………っっ、やっぱり何でもない! あ、ありがとう……! じゃっ!』
『え? あ、ユイフェ』
ユイフェはそう言って僕から顔を逸らすと、そのまま走って行ってしまった。
去っていくユイフェの耳が赤く見えたのは僕の願望だったのだろうか。
その後はあまりゆっくり話す機会も持てないまま、学院を卒業しユイフェと会う機会はめっきり減ってしまった。
その矢先に起きたローゼの企み───……
(我ながら情けないにも程がある)
「……まさか、他に女がいるの? だから、私を抱かないの?」
「何の話だ?」
「……許さないわ。そんなの絶対に許さないんだから!」
こうして少しずつ少しずつローゼは狂気を秘めていった。
あんな形で、何も知らなかった王女までをも利用して僕を嵌めたローゼだ。
もっと注意を払っておくべきだった。
そして、あの事件が起きた─────
────……
「……本当に何で巻き戻ったのだろうな? そうしたら何故かユイフェは僕の奥さんになったけど……」
可愛い寝顔でスヤスヤ眠るユイフェに向かって問いかける。
やり直す中でローゼを避けつつ、注意を払いながら今度こそユイフェに求婚していくつもりだったのに。
「そう言えば」
今更だけど、ユイフェは僕が死んだ後どうなったのだろう?
倒れてる姿だけであんなに泣き叫んでいた。もっと泣かせてしまったのだろうか?
(それに……)
「ユイフェに危険は無かったのか?」
今更ながらそんな事が心配になった。
僕を刺したローゼがまだ、近くにいたら?
僕はユイフェに向かって、“ユイフェ”とあの時口にした。
狂ったローゼがもしその事を聞いていたら?
「……!」
ゾクッ!
何故か身体が震えた。
(まさか、な……だが何だ? この嫌な感じ)
スリスリ……
「ユイフェ。僕が必ず君を守るよ」
今日のお茶会もそうだ。
王女殿下からの呼び出しなんてどう考えてもおかしい。特に徹底的に一人で来いと暗示していたあの言葉。どう考えても怪しすぎた。
だから、笑顔でユイフェを見送るふりをしてすぐに追いかけた。
王女を黙らせる為に一番の適任である殿下の婚約者のエンディン殿まで使って。
(追いかけて正解だったな……)
「ユイフェ……僕は、君を傷付ける者は絶対に許さない」
チュッ……
可愛い可愛い無防備な寝顔を見せる妻、ユイフェの柔らかくて最高の頬に口付けを落としながら、僕は改めてそう決意した。
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