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第二十七話 悪役令嬢のこれから
しおりを挟むパトリシア様は思っていたよりも元気そうだった。
「本当に……わたくしを待たせるなんて、言い度胸をしていますわね?」
早速、睨まれた。
笑ってしまうくらい、パトリシア様はパトリシア様だった。
「……何の用だ?」
「せっかちですわね。少しもわたくしの心配をしてくださらないの?」
「処分の内容は気になるが、心配する必要性を感じない」
ヴィンセント様が冷たく言い切った。
「まぁぁ! 酷い……本当にヴィンセント様は、アイリーン様以外はどうでもよろしいのね?」
「何だ、分かっているんじゃないか」
「バ、バカにしているんですの!?」
「一応、褒めたつもりだ」
「~~っ」
パトリシア様が真っ赤になって怒っている。
「それで? いいからさっさと用件を言え! 僕はアイリーンとの時間を邪魔されて機嫌が悪い!」
「…………本当に人って変わるんですわね……誰ですの、コレ」
パトリシア様が小さくそう呟いた。
「ふんっ! わたくしの処分が決定しましたわ」
「!」
「ですが、その処分を受ける前にアイリーン様。あなたに言われましたから、正々堂々と勝負を挑みに来ましたの」
「え!」
パトリシア様が私をじっと見つめて言った。
本気で来るなんて……と思う気持ちが無いわけではないけれど、パトリシア様がその気なら負けるわけにはいかない。
私も負けじとパトリシア様を見つめた。
「覚悟はおありですの?」
「覚悟?」
「決まっているでしょう! アディルティス侯爵夫人となる覚悟ですわよ!」
パトリシア様のその目を見て気付いた。
別に彼女は本気でヴィンセント様を奪いに来たわけではないのだと。
長年の想いを吹っ切る為にやって来たのだと分かった。
(本当に……パトリシア様は良くも悪くも真っ直ぐだわ)
「私に務まるかという不安が無いわけではありません」
「……」
「パトリシア様みたいに根拠が無くても自信満々でいられたらいいのに、とは思います」
パトリシア様の眉がピクリと反応する。
「…………あなた、わたくしをバカにしていて?」
「いえ、純粋に凄いな、と」
「……」
「……」
しばらく無言で見つめあった後、パトリシア様は大きなため息をついた。
「ヴィンセント様も本当に趣味が悪いですわ。私と比べて何もかも見劣りするはずのアイリーン様が良いだなんて」
「アイリーンをバカにするなと言ったはずだが?」
ヴィンセント様のその言葉にパトリシア様はフッと笑う。
「ですけれど、パーティーでも言っていた“ヴィンセント様の幸せを願える”……わたくしにはこれが足りなかったのでしょうね」
「え?」
「女狐1号の言い分は、正直、ずっと意味が分かりませんでしたけれど、わたくしもあの女狐と変わらない……だって、考えるのはわたくしの幸せが1番でしたから」
「パトリシア様……」
「立場は似ていたのに侯爵夫人のようにもなれませんでしたわ」
当時の侯爵夫人とパトリシア様の立ち位置はよく似ていた。
だからこそ、パトリシア様は自分が花嫁に……そう思ったのかもしれない。
「わたくし、隣国の修道院に預けられる事になりましたの」
「「え?」」
私とヴィンセント様の驚きの声が重なる。私達は顔を見合せた。
修道院に行く可能性はあると思っていたけれど、隣国?
小説の悪役令嬢は断罪後、規律の厳しい修道院送りだったけれど。それは国内だったはず。
「……そこは一定期間お勤めをしっかり果たせば、修道院を出て生きて行くことも可能になるんですのよ」
「……」
それは、リュドミラー侯爵の最後の温情だったのかもしれない。
パトリシア様はこの国にいてはどこにいても何をしていても、注目を浴びてしまう。当然だけど結婚も難しい。何よりこの国にはヴィンセント様がいる。
──ヴィンセント様の事を忘れて新しい場所でやり直しをさせたいと思ったのかも……
「仕方ないから従ってあげる事にしましたわ。ですので、もう二度とお会いする事も無いでしょう!」
「パトリシア様……」
「ヴィンセント様も、後にやっぱりわたくしの方が良かったかも、と思っても遅いですか……」
「安心しろ、それは絶対に無い」
ヴィンセント様は遮るように答えた。
「……全く! 何なんですの!」
パトリシア様は最後までプリプリと怒りながら帰って行った。
「最後まで嵐のような女だったな」
パトリシア様が帰られた後、ヴィンセント様が疲れた顔をして言った。
「そうですね」
私も苦笑しながら答える。
最後まで謝罪らしきものは無かったけれど、それが悪役令嬢なのだろうな。そう思った。
これで、本当に終わる──
いえ、待って?
まだどこか、この胸の中に残るモヤっとしたものは……
パトリシア様と会ったせいか余計に心の奥に残ったままのこのしこりは。
「……」
「アイリーン? どうかした?」
そのまま私が黙り込んだので、ヴィンセント様が心配そうな顔をする。
「……ヴィンセント様、お願いがあります」
「お願い?」
私はダメ元でお願いしてみる事にした。
「取り調べを受けているステラさんと二人っきりで話をさせて貰えませんか?」
「は?」
ヴィンセント様が目を丸くして驚いている。
まぁ、何を言っているんだ? とはなるわよね。
「どうしても、最後に二人だけで話がしたい……です」
「いや、危険だろう?」
「いえ、牢屋越しで対面するだけですし、それにきっと指輪も守ってくれますから」
私が左手の指輪を見せる。この指輪はステラを二度も弾き飛ばしている。
──転生の事、指輪の事、あの場では言えない事が多すぎた。
ヴィンセント様によるとステラの行く末は、命こそ奪うものでは無いけれど、厳しい処分になるだろう、と聞いている。
パトリシア様同様、二度と会う事はなくなる。
(どうしても最後に……)
「……牢屋の外での護衛は必須。危険だと判断したら即止めに入らせるよ?」
「構いません」
「僕も外で待つからね?」
「ヴィンセント様……ありがとうございます」
こうして私は、もう一度だけ最後にステラに会う事が決定した。
*****
数日後、ようやく時間の都合がついてステラに会いに行ける日がやって来た。
案内された牢屋は暗く、どこかジメジメしている。
(こんな所に長くいたら具合が悪くなりそう……)
そんな事を思いながらも、ようやくステラの元に辿り着く。
彼女はぼんやりと何をするでもなく簡易ベッドに腰掛けていた。
「おい、カドュエンヌ伯爵令嬢が、お前と二人で話したいそうだ!」
看守のそんな言葉にステラはゆっくりとこちらに振り返った。
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