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第二十六話 パーティーは終わりましたが
しおりを挟む「ヴィンセント様……く、苦しいです!」
パーティーが終わり、招待客を見送り控え室に戻るなり、ヴィンセント様に抱き締められた。
「ごめん……でも、一度に色々な事があり過ぎて……やっぱり夢なのかもとか思ったりして……」
「夢では無いです」
そう思いたくなる気持ちはとても分かるけれど。
「……アイリーンが僕の事を好きなのも?」
そこ!
そこなのね? ヴィンセント様!
私は安心して欲しくて微笑んだ。
「もちろんですよ! あなたの事が大好きです。ヴィンセント様!」
「……!」
あら? 喜んでくれると思ったのに顔を背けられてしまったわ。何故なの?
そんなヴィンセント様は顔を背けたままボソッと呟く。
「……無理」
「無理? 何がですか?」
私が訊ねるとヴィンセント様は勢いよく顔をこちらに戻しながら叫んだ。
「アイリーンが可愛すぎる!! 可愛すぎて無理! ……もう連れ帰りたい……早くお嫁に来て……」
だんだん語尾が弱くなっていくのは何故なの。
私は自分の手をヴィンセント様の背中に回してぎゅっと抱き締める。
「もちろん、お嫁には行きますけどもう少しお待ち下さいね?」
「……」
ヴィンセント様がまだどこか不満そうな顔をしている。
(こういう所も好きだなぁ、なんて思ってしまうのだから私も重症だわ)
「それと、婚姻までは今まで以上に侯爵家に通います。花嫁修業ですね」
「!」
ヴィンセント様の顔がパッと明るくなる。なんて分かりやすい人なのかしら。
「これからもよろしくお願いしますね、ヴィンセント様」
「こちらこそ……」
ヴィンセント様が再びギューッと私を抱き締める。
少し苦しいけれど幸せな気持ちでいっぱいだった。
「アイリーン!」
「ヴィンセント様……」
なかなか控え室から出て来ない私達に、何かあったのかと心配した人が見に来るまで、私達はずっと抱き締め合っていた。
*****
それからの私は、ヴィンセント様にも言ったように未来のアディルティス侯爵夫人となるのに必要な事を学ぶ為、侯爵家に通う日々となった。
「ヴィンセント様、実はずっと返さなくてはと思っていた物があるのですが……」
「返す? 僕はアイリーンに何か貸したっけ?」
ヴィンセント様が不思議そうに首を傾げている。
「覚えていなくても無理はありません。私もお返しできる日が来るとは思っていませんでしたから」
そう言って私が差し出したのは、1枚のハンカチ。
「……これは」
「覚えていますか? あの日、あなたが上着と共に貸してくれたハンカチです」
あの婚約破棄騒動の日にたった一人、優しくしてくれた人──ヴィンセント様は上着だけでなくハンカチも貸してくれていた。
「上着は……ダメにしてしまいました。申し訳ございません」
「いいんだよ。返さなくても良いと言っただろう?」
「このハンカチだけは……何とか綺麗になったのですが」
私がそこまで言うとヴィンセント様がフッと笑った。
「捨てずに取っておいてくれたんだ?」
「……はい」
顔が分からなかったから返せる事は無いと思っていたのに。
まさか、ヴィンセント様だったなんて……
「あの時は、本当に本当にありがとうございました……」
「……アイリーン」
ヴィンセント様がそっと手を伸ばし私の頬に触れる。
胸がキュンっとする。
「あの日の泣いていたアイリーンの顔がずっと忘れられなくて」
「ヴィンセント様……」
「笑ったら絶対に可愛いんだろうな、そう思っていた」
「平凡な笑顔ですみません」
私が即答し謝罪すると、ヴィンセント様が「まさか!」と笑った。
「アイリーンは最高に可愛いよ。泣き顔も笑顔も……そうしてすぐに照れて赤くなるところも」
「!」
「大好きだ……アイリーン」
そう言ってヴィンセント様の顔が近付いてくる。
(こ、これは……!)
ヴィンセント様が何をしようとしているのか分かったので、私もそっと瞳を閉じる。
そして、あと少しで私達の唇が重なー……
「あ、駄目です! うろうろしないで部屋でお待ち下さい! ヴィンセント様は今は婚約者様との時間をお過ごしでー……」
「お黙りなさい! 婚約者との時間ですって? いいから早くわたくしが訪ねて来た事を伝えなさいな! いったいどれだけわたくしを待たせれば気が済むの!!」
「「!?」」
ドアの向こうから聞き覚えのある声がしたので驚いてしまい、ヴィンセント様も私も唇が重なる寸前でピタッと止まる。
そして、無言で見つめ合った。
「……」
「……」
「……」
「……ヴィンセント様、今の声は」
「うん、間違いない…………パトリシアだと思う」
あんな高飛車な発言を平気でするのは私の知っている限りパトリシア様しかいない。
「…………パトリシアは何でいつも僕のいい所の邪魔をするんだ……」
ヴィンセント様がガックリ肩を落としている。
パトリシア様の大きな声で、すっかりさっきまでの甘いムードがどこかに行ってしまったから。
「わざとなのか? あれか? 本能で邪魔してるのか? 何だよその本能……」
ヴィンセント様がそう言いながら頭を抱えた。
本能。
……やっぱりアレかしら? パトリシア様は悪役令嬢だから……?
小説の事を思い出すけれど、小説では 悪役令嬢の嫌がらせはパーティー後も続く。
けれど、現実のパトリシア様は既に断罪された身。
ならば何が目的なのかしら?
「あの様子では顔を出さないと暴れ出しそうですね」
「……はぁ。何しに来たんだよ。また押し入ったわけじゃないよな……」
「……」
それはなんとも言えない。
さすがに、もうそれは無いと思っているけれど。
「ダニエルもそうだが、そろそろ各当主から処分が言い渡されてるはずなんだけどな……」
「……その話でしょうかね」
これ以上騒がれても困るので私達はパトリシア様に会いに行く事にした。
「リュドミラー侯爵令嬢は、こ、こちらでお待ちになっております……」
先程、パトリシア様と格闘していた使用人が疲れきった顔で案内してくれた。
相手にするのは相当疲れたらしい。
私達がノックをし扉を開けて中に入ると、
「あーら、遅かったですわね? ここまでわたくしを待たせるなんて、どういうつもりなんですの?」
そこには良くも悪くも変わらない顔をしたパトリシア様が待っていた。
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