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第二十五話 私のヒーロー
しおりを挟むどんどん顔色が青白くなっていくステラを無視して、夫人は話を進めた。
「ちなみに、私達のパーティーも大変だったわ」
「?」
そう言えば、最初に一筋縄ではいかなかったとか何とか言っていた……
「何があったのでしょうか?」
「旦那様の花嫁になりたかった令嬢達が黙っていなかったのよ。旦那様、顔だけは良いから。いつも笑顔を振り撒いていたせいで熱を上げる令嬢が多かったのよ……」
「え!」
夫人がとても遠い目をする。
「その人達に言わせると、幼馴染としていつも近くにいた私が選ばれる様子なんか全く無かったのに、急に選ばれたものだから、“納得いかない”とね」
「家の力を使った不正だ何だと騒いでいたなぁ……」
侯爵様までもが遠い目をする。
その光景は何だか想像するのが怖い……
「その点で言うとヴィンセントの場合は大丈夫そうだな」
「父上? 何故ですか?」
ヴィンセント様がよく分からない、という顔をして首を傾げる。
「ははは。お前、先程大勢の見ている前でアイリーン嬢にあれだけの告白をしておいて何を言う」
「アイリーンさんも、熱烈な告白……惚気を返していたものね」
「「!!」」
その言葉に私とヴィンセント様の顔が真っ赤になる。
そう言えば……あの時、周りの事はすっかり頭から抜けていたわ。ヴィンセント様しか見えていなくて……
今更ながらそんな事に気付く。
(は、恥ずかしい)
「お前達のその互いを想い合う様子を見て“自分が花嫁になります”なんて言えるのは……まぁ、身の程を知らないそこの小娘だけなのだろうな」
そこの小娘──……
侯爵様に睨まれそんな呼ばれ方をしたステラは青白い顔をしたまま震えていた。
(ステラもこれで分かってくれたなら良いのだけど)
「……のせい、よ」
そう思っていたら、ステラが何か呟いた。そして、顔を上げると私を睨んで言った。
「私がこんな事になってるのも全部、全部、全部あんたのせいよ、モブ女!!」
「!」
「あんたが居たから! だから何もかも上手くいかなかったのよ!」
ステラが叫びながら私に向けて手を振り上げた。
(あ……)
しまった! これは叩かれる……避けきれない!
そう思って咄嗟に身構えた。
パシーンッ
「……?」
(あれ? どうして?)
叩いた音は聞こえたのに、何故か衝撃が来ない。
不思議に思って目を開けると私の目の前には私を庇うようにヴィンセント様がいて、代わりにステラに叩かれていた。
「……っ」
「ヴィンセント様!!」
私は慌ててヴィンセント様の顔の無事を確かめる。女性の力とはいえ、暴力は暴力!
ステラに叩かれた頬は赤くなっていた。
「大丈夫だ」
ヴィンセント様は私に優しく微笑んでそれだけ言うとステラに向き合う。
「……気は済んだか?」
「え……あ、何で、ヴィンセント様……が」
ステラは気が動転しているのか、上手く言葉を発せずにいる。
「お前が何を知り何を思い、僕の花嫁になると言い続けていたのかは知らない」
「! ……だって、私は……」
「お前の“だって”は聞き飽きた! だが、たとえどんな理由があってもアイリーンを侮辱し手をあげる事だけは絶対に許さない!」
ヴィンセント様がステラを睨んでそう声を張り上げる。
「そんなに、そこのモブ……アイリーン様がいい、と言うの?」
「そうだ!」
「どう……して……」
ステラは目に涙を浮かべていた。
それは以前に何度か見た嘘の涙とは違う、本当の涙……に思えた。
「こういうのは理屈じゃない! ただただ、僕はアイリーンの事が大好きで愛してる。それだけだ!」
「……」
ステラがガクッと項垂れた。
さすがにステラにはもう反論する気力が無さそうだった。
──結局、ステラは小説の中の世界だって事に囚われすぎて、ヴィンセント様の事を思いやる事が出来なかった。
ステラがいつ前世の事を思い出したのかは分からないけれど、彼女が“私が幸せになる世界”そう思い込んだ時点で物語は変わってしまったのかもしれない。
「アイリーン……」
「ヴィンセント様……大丈夫なのですか?」
ヴィンセント様が苦笑する。
「叩かれたと言ってもしょせん女性の力だよ?」
「それでも……!」
「アイリーンが叩かれなくて良かった。だから僕が代わりに叩かれる事なんて何でもないよ」
「ヴィンセント様……!」
そんな事を言っているけれど、叩かれていた頬は赤いのだからそれなりに痛むはず。
「……」
私はそっと背伸びをしてヴィンセント様の赤くなっている頬に口付けた。
「ア、ア、アイリーン!?」
ヴィンセント様が頬だけでなく全身を真っ赤にして動揺している。
やっぱり可愛い。
「……ありがとうございます、ヴィンセント様。私を庇ってくださって」
「はは、僕だってたまにはアイリーンにカッコいい所を見せたいからね」
「……ヴィンセント様はいつだって、カッコいいですよ?」
(あなたは、物語のヒーローではなく私だけのヒーローだもの)
私がそう言うとヴィンセント様は目を丸くした。
「それは嬉しいな。でも、僕はいつだってアイリーンを守れるような男になりたいんだ。残念ながらまだまだ未熟だけどね……」
「ヴィンセント様……私もまだまだ未熟です」
「アイリーン……それなら、二人で成長していかないとだね」
「そうですね、頑張ります」
「……」
ヴィンセント様はそれ以上は何も言わずにぎゅっと私を抱き締めた。
私達が終始こんなだったせいで、
──未来のアディルティス侯爵と選ばれたその花嫁は互いしか目に入らないくらいの熱々っぷりだ。
と、当然だけどこの先はそんな噂が広がっていく事になる。
騒ぎを起こしたダニエル様とパトリシア様は、それぞれの家に帰され処罰を待つ身となり、ステラはヴィンセント様への暴力行為の罪も追加され再び取り調べが待っているらしい。
また、パトリシア様に隙をつかれてしまった事から、ステラの今後の取り調べはかなり厳しい監視の元で行われるとか。
──こうして、波乱に満ちたお披露目パーティーが終わろうとしていた。
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