25 / 30
第二十四話 指輪が選ぶ花嫁とは
しおりを挟む侯爵夫妻の登場に会場内が、しんっと静まりかえる。
ここまで、この騒ぎを黙って見守って来た夫妻が何を言うのか。
皆の関心はそこだった。
「……全く、波乱のお披露目パーティーとなったもんだ」
アディルティス侯爵がその言葉と共にため息を吐く。
「父上……申し訳ございません」
「お騒がせしております……」
ヴィンセント様と私は頭を下げる。
主に騒いだのはあの三人ではあるけれど、それに対抗したのは私達だ。
「やれやれ……我が侯爵家の花嫁のお披露目パーティーは、いつだって一筋縄ではいかないものだな」
「そうですわね。私達の時も……でも、あれは誰のせいだと思っていて?」
「……」
侯爵様と夫人は何やら二人で懐かしそうにそんな会話をする。
(いつだって一筋縄ではいかない?)
その言い方はまるで毎回波乱に満ちているように聞こえる。
「とりあえず……そこのカーミューン侯爵家の令息と、リュドミラー侯爵令嬢の二人の件はヴィンセントが言ったように、それぞれの家へ抗議を伝えるとして……」
「「ひっ!」」
侯爵様にジロリと睨まれたダニエル様とパトリシア様が小さく悲鳴をあげた。
二人のこれからはどうなるのかしら……
「問題は平民の君だな?」
「っっっ!」
侯爵様にジロリと睨まれたステラは声にならない悲鳴をあげる。
さすがのステラも侯爵様の登場では強気ではいられないらしく、その顔は完全に脅えていた。
「君は先程から聞いていると……いや、取り調べを受けているとの報告があったからその前からだな。相当息子の花嫁に選ばれる自信があったようだな」
「……」
「何故か秘匿とされているはずの我が家の花嫁選びの方法を君は知っていたと言う。それ故の自信なのか……」
「……っ」
「だが、それでは駄目だ。君は絶対に選ばれる事は無いだろう」
侯爵様はキッパリとそう言い切った。
その言葉にステラはショックを受けた顔をしたけれど恐れ多くも反論した。
「な、何故ですか! 何故……そう言い切れる……のですか……」
「……」
「私が平民だからですか!?」
そんなのずるいです、とステラは訴える。
(多分だけど、そういう事ではない……と思う)
実際、小説の中でステラは平民だけど選ばれているのだから。
それ以外に理由があると思う。
「それは違う。アディルティス侯爵家の花嫁に身分は関係無い」
「だったら……!」
「だからこそ、とある素質が重要なのだと私は考える」
侯爵様は身分の事ははっきり否定した。
「……素質?」
私がヴィンセント様を見上げるとヴィンセント様も不思議そうな顔をしていた。
「父上が言っているのはどういう事なんだろう?」
「ですよね」
その素質とやらが私にはあった……という事なのかしら?
私とヴィンセント様の会話が聞こえていたらしい侯爵様はステラからこちらに視線を向けると言った。
「本当の所は謎に包まれていてもちろん分からないがね。でも、アイリーン嬢。君がさっき口にした言葉は、かつて私の妻が口にした言葉と同じなんだよ」
「……?」
ヴィンセント様と顔を見合わせて互いに首を傾げる。
そんな私を見て侯爵様は「だから君が選ばれたのだろうな」と笑った。
「アイリーン嬢」
「はい」
「君はさっき言ってくれたね? 自分の幸せだけでなく、息子を……ヴィンセントを幸せにしたい、のだと」
「言いました」
侯爵様は頷くと笑みを深める。
「そう。私の妻も同じ事を言ったんだ…………まだ、花嫁に選ばれる前だったが」
「!」
私が驚いた顔を向けると侯爵様はヴィンセント様によく似た笑顔で微笑みながら言った。
「かつて私の花嫁がなかなか決まらなかった事は聞いているだろう?」
「……はい」
その話はとうしてかしら? と思ったからよく覚えている。
「あの頃、私には今のヴィンセントのように想いを寄せていた令嬢がいてね……ただし、ヴィンセントとは違ってその相手は妻では無かったんだ」
「え!」
「父上?」
突然、語られる昔話に驚く。
「彼女が選ばれてくれたらいいのに……何度そう思った事か……そんな私の気持ちを感じ取ったのかもしれない。私の花嫁はなかなか選ばれなかった」
「でもね、私はずっと旦那様の事が好きだったの」
そう話に入ってくるのは侯爵夫人。
最終的に指輪に選ばれた人──
「旦那様に、好きな方がいる事は知っていたわ。更に自分が旦那様と結ばれるには花嫁に選ばれないといけないという事ももちろん分かっていた。それでも、私は諦められなかったの」
「想いを寄せていた女性への気持ちも諦められず、さらに花嫁が選ばれずに毎日焦る私に……いつだったか、妻が言ったんだ。“本当は私があなたを幸せにしたい。私なら絶対にあなたを幸せにしてみせるのに”と」
侯爵夫妻は互いにふふっと見つめ合いながら懐かしい、と話す。
その後の事は聞かなくても分かる。
それから夫人は指輪に選ばれたんだわ。
「そ、その侯爵様が想いを寄せていたという女性は……」
聞いてもいいのかな? と思いながら私がおそるおそる訊ねると、夫人が笑いながら言った。
「旦那様は見る目が無い人なのよ。だってその女性、常に多くの男性と浮名を流しているような令嬢だったんだもの」
「……ぐっ」
夫人の見る目が無い人、という言葉に侯爵様が苦い顔をした。
「コホッ……つまり、だ。推測でしかないが、我が家の花嫁に選ばれる女性の最大の条件は、きっと“当主となる者に幸せを与えられる人”だと思っている。実際、私は妻と結婚して幸せだ。彼女で良かったと思っている」
「あ……」
「ヴィンセントが強く想いを寄せ、同じ想いを返そうとしているアイリーン嬢なら花嫁に選ばれるのも納得だと私達は思っているのだよ」
もちろん、誰にも分からないけれどきっと他にも条件はあるのだと思う。
でも、私ならヴィンセント様を幸せに出来る。指輪にそう思われて選ばれたのだと言うのなら……嬉しい!
「──そういう理由だから、君がどう足掻こうとも何を言おうとも、ヴィンセントの花嫁には決して選ばれない。君のその独りよがりの身勝手な想いでは、な」
「!」
侯爵様はステラの方を見ながらそう口にした。
そう言われたステラは呆然としていて顔は見る見るうちに青くなっていった。
173
あなたにおすすめの小説
料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました
さくら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。
裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。
「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。
恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……?
温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。
――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!?
胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!
悪役だから仕方がないなんて言わせない!
音無砂月
恋愛
マリア・フォン・オレスト
オレスト国の第一王女として生まれた。
王女として政略結婚の為嫁いだのは隣国、シスタミナ帝国
政略結婚でも多少の期待をして嫁いだが夫には既に思い合う人が居た。
見下され、邪険にされ続けるマリアの運命は・・・・・。
【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ
⚪︎
恋愛
公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。
待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。
ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……
『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。
そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。
──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。
恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。
ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。
この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。
まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、
そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。
お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。
ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。
妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。
ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。
ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。
「だいすきって気持ちは、
きっと一番すてきなまほうなの──!」
風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。
これは、リリアナの庭で育つ、
小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。
【完結】溺愛される意味が分かりません!?
もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢
ルルーシュア=メライーブス
王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。
学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。
趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。
有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。
正直、意味が分からない。
さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか?
☆カダール王国シリーズ 短編☆
【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました
22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。
華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。
そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!?
「……なぜ私なんですか?」
「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」
ーーそんなこと言われても困ります!
目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。
しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!?
「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」
逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?
侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい
花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。
ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。
あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…?
ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの??
そして婚約破棄はどうなるの???
ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。
婚約解消をしたら、隣国で素敵な出会いがありました。
しあ
恋愛
「私との婚約を解消して欲しい」
婚約者のエーリッヒ様からそう言われたので、あっさり承諾をした。
あまりにもあっさり承諾したので、困惑するエーリッヒ様を置いて、私は家族と隣国へ旅行へ出かけた。
幼い頃から第1王子の婚約者という事で暇なく過ごしていたので、家族旅行なんて楽しみだ。
それに、いった旅行先で以前会った男性とも再会できた。
その方が観光案内をして下さると言うので、お願いしようと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる