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ヒロインとの対決②
しおりを挟む「そうやって、シナリオにもない事をして私のヴィンセント様を誑かしたのね!」
その言葉を聞いて思う。
(結局、ステラには何も伝わらないのだわ)
何だか悲しくなって来た。
すでに何一つ小説の通りにはいっていないし、ヴィンセント様の気持ちを目の前で聞いていてもなお、そう言い続けるステラのその様子はとても悲しい姿に思えた。
たまらなくなって私は問いかける。
「ステラさんは、ヴィンセント様の花嫁になる覚悟がありますか?」
「は?」
「あなたは、貴族社会の事を何一つ知らない平民です」
私の言葉に会場内が騒めく。
──平民!?
──どこかの貴族の娘では無かったのか!
──パトリシア様が連れて来たからてっきり……
──平民が選ばれる事ってあるの?
この言葉で一気にステラへと向けられる視線が変わった。
「えっ?」
ステラがびっくりした顔をする。
何も周囲のこの反応は決して平民を侮辱しているからでは無い。
ただ、ここに集まっている人達には分かっているから。アディルティス侯爵家の花嫁になるという事がどれだけ重いのか。
「分かりますか? あなたが平民だと知っただけで、周囲はこのような反応になってしまうのですよ?」
(まぁ、正直なところ今、ステラに向けられているこの視線はこれまでのステラの振る舞いに対する驚きや呆れが強いのでしょうけど)
「……」
「本当にやっていけると思えますか?」
「や、やれるわ! 話の中ではちゃんとやれていたもの!」
「ステラさん!!」
私の声にステラの肩がビクッと跳ねる。
「残念ですが自分の幸せしか考えていないあなたにそこまでの覚悟があるようには見えません」
未だに“小説では……”そんな言葉が口から出てくるステラにはそんな覚悟も資格もあるようには全く思えない。
「私だってヴィンセント様に自分が相応しいのかと問われれば“相応しい”とまだ胸を張っては言えません」
それでも、指輪は私を選んだ。
そして指輪に選ばれた事は関係無く、ヴィンセント様は私を想ってくれている。
だから私はそれに応えられるような……今は無理でも必ずこの先、皆にヴィンセント様の隣に並ぶのに相応しい人だと言ってもらえるような私になりたい。そう思っている。
「ステラさん」
「何よ!」
私はそっと左手をステラさんに差し出す。
「欲しいのでしょう? この指輪。奪えるものなら奪ってみて下さい。絶対に無理ですけど」
「はぁ?」
ステラの顔にますます怒りの表情が浮かぶ。
「ムカつくわ、その余裕の顔! 本当に奪ってやる!」
そう言ってステラは私の左手──指輪に手を伸ばそうとする。
「あぁ、受け身は取ってくださいね? 傷害の犯人にされては困ります」
「ひっ!」
指輪に触れる寸前でステラが脅えたように手を引っ込めた。
どうやら、前に弾き飛ばされた記憶が甦ったらしい。
「お、脅すなんて卑怯よ!」
「……注意を促しただけですけど」
「また、弾き飛ばすってわけ?」
「どうでしょう? あなたが指輪を持つのに相応しい人であれば大丈夫なのでは?」
「ぐっ……」
ステラはキッと私を睨むと言った。
「こ、この間のだってアイリーン様がやったに違いないんだから……問題、ないわ、よ」
そう口にするステラの顔色はあまり良くないので、内心は怯えているのだと分かる。
「……指輪は私のモノよ」
小さな声でそう口にし、おそるおそる手を伸ばしたステラが私の左手の指輪にそっと触れた。
途端にステラの顔に笑みがこぼれる。
「ほらやっぱり! 触れられたわ。これを持つのに相応しいのは私という証拠よ!」
そう言ってステラは嬉々として私の指から指輪を抜こうとするけれど……
「は? 何よ……どういう事? 何で抜けないの?」
すぐにステラは困惑し始める。
引っこ抜こうとしても、私の指にはまった指輪はビクともしない。
それはステラが何度挑戦しても同じだった。
「何で? 何でよ……これは私の」
「あなたの物では無いからですよ、ステラさん」
「……え? だ、だって……」
私はたじろぐステラの腕を取り、自分の近くに引き寄せるとステラにだけ聞こえるよう耳元でそっと囁く。
「あなたも知識としてだけなら知っているでしょう? この指輪が“運命の人”の指にはまれば抜けない事は」
「!!」
私の言葉に、ステラの身体がビクッと大きく跳ねた。
「あ、アイリーン様……あなた、まさか……」
その目は驚きで大きく見開かれている。そして表情も“信じられない”そう語っていた。
「モ、モブ……のくせ、に……」
「……!」
パシンッ
「いっ……きゃっ!」
ステラが私をバカにした瞬間、指輪がちょっと遅れてステラの手を弾いた。
この間みたいに身体が弾け飛ぶ程ではないにせよ、指輪は間違いなく拒否反応を示した。
「な、な、何で……」
「ステラさんが指輪を持つのに相応しくない、と判断されたからでしょう? これでいい加減に現実を受け止めるべきです」
「っっ!」
ステラに向かってそんな事を言いながらも、私は頭の中で別の事を考えていた。
(この指輪の反応……私の意思に沿っている気がする)
前にステラに奪われそうになった時は、“嫌、触らないで!”と強く願った。
そして、そのままステラは弾き飛ばされていた。
今は、出来る事なら少し触らせてからやっぱりダメなんだと思わせたい……そう考えていた。
(本当に不思議な指輪だわ……)
花嫁を導き選ぶこの指輪は“選ばれた花嫁”を守ってくれるみたいだった。
「どうして……どうして私が選ばれないのよ! おかしいわよ……私は花嫁に選ばれてヴィンセント様に愛されて侯爵夫人として幸せになる筈だったのに!!」
ステラが膝から崩れ、悲痛な声で叫んだその時、
「だから、君は選ばれなかったのだよ」
私達の後ろから声がした。
その声に驚き、慌てて振り返るとそこに現れたのは──
「父上……母上まで……?」
ヴィンセント様が現れた人を見て驚きの声をあげる。
私も慌てて頭を下げる。
───現れたのはアディルティス侯爵夫妻。その二人だった。
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