5 / 49
第5話 出発の時
しおりを挟む(お姉様。わたくしの代わりに自分が……なんて言いかけていたけれど)
そんなの冗談にしても笑えない。
だってダラスはどうするの? という話になってしまう。
「変なことは言わないで欲しいわ……」
わたくしは一人になった部屋でそう呟いた。
───それから。
あの日こそ、お姉様の態度に不穏を感じたものの、その後のお姉様は特におかしな様子も言動も見せること無く日々が過ぎていった。
お姉様とダラスも変わらず仲睦まじく過ごしていたので、わたくしもすっかり安心していた。
そして───
「シンシア。返信が届いた。明日には出発となるが準備は大丈夫か?」
「は、はい……!」
お父様に呼ばれたので、もしかして……と期待して話を聞きに行くと、プロウライト国に出していた手紙の返信が届いたらしい。
「先方も喜んでいるようだった。シンシアの到着を楽しみにしている、とのことだ」
「よかったです……」
わたくしはホッと安心して微笑む。
だけど、そこでふと気になってしまった。
「……お父様、なぜ、プロウライト国は、ジュラール殿下のお妃を他国に打診しているのでしょう?」
「ん?」
それは、今回の話を聞いてからずっとわたくしが疑問に思っていたこと。
よくある国同士の王族による政略結婚……にしては何かがおかしい。
言い方は悪いけれど、我が、サスティン王国は小国も小国の弱小国!
しかも、お互いの国は距離だって離れている。
プロウライト国にとって縁を結んで利があるとは全く思えない。
「第二王子……エミール殿下の婚約者の方は国内の貴族令嬢なのですよね?」
「侯爵令嬢だ」
「それでは、ジュラール殿下には何か、国内の令嬢からお妃候補の選出を出来ない理由でもあるのでしょうか?」
わたくしの疑問にお父様はうーんと首を捻りながら唸った。
どうやら、お父様も理由として思い当たることは無いらしい。
「───まあ、きっと何かしら駄目な理由があるのだろう」
お父様はそう言って、答えが出ないまま話を締め括った。
(……向こうに到着すればきっと理由も分かるわよね)
そんなことを考えながら部屋に向かって歩いていたら、バッタリお姉様と鉢合わせをしてしまった。傍らにはダラスもいる。
「っ!」
「あら? シンシア……お父様の所に行っていたの?」
お姉様がわたくしの歩いて来た方向に視線を向けながら訊ねてきた。
向こうはお父様の執務室しかないのだからすぐに分かってしまう。
「え、ええ……」
頷いて返事を返すも、出来れば、プロウライト国から返事が来て明日の出発が決まったということは言いたくない、と思ってしまった。
「そう……ああ、もしかしてあちらの国からお返事が来たのかしら?」
「!」
だけど、わたくしの願いも虚しくあっさり見破られてしまう。
「あちらの国?」
「ああ、そうなの。話していなかったわよね? 実はプロウライト国の王子殿下から縁談の話があったのよ」
何の話をしているのか分からず不思議そうに首を傾げるダラスにお姉様がそう説明する。
「シンシアに?」
「……いいえ、私たち王女宛によ」
お姉様はにこやかな笑みでそう答える。
その言い方にわたくしは驚いた。
「王女宛?」
「ええ、そうよ。それで───シンシアが行くことになったのよ」
「ああ、なるほどな」
ダラスは特に気にせず納得している様子だけれど、わたくしにはなぜ、お姉様がそんな言い方をしたのかよく分からなかった。
「シンシア、それでは出発は明日かしら?」
「……はい」
もう隠してもしょうがないので頷くとお姉様は悲しそうな顔をした。
「そう、寂しくなるわね……」
「……エリシア。そんな顔をしないでくれ」
「だって、可愛い妹が国を出るなんて……寂しいわ」
「……」
ジュラール殿下のお妃に最終的に選ばれても選ばれなくても、帰国はするというのに。
少し大袈裟な寂しがり方のように感じた。
「──エリシアは妹思いだから、その気持ちは分かるが……」
「ダラス……」
(……ハッ!)
ダラスのその言葉を聞いて、また“いつもの”が始まると思ったわたくしは、早々に逃げることを決めた。
「───それではお姉様、わたくし……準備があるので失礼しますね?」
「え……あっ、ちょっ……待っ、シンシ……ア!」
(───いいえ、待ちません!)
わたくしは呼び止めようとするお姉様の声を無視して自分の部屋へと戻った。
そして、翌日。
わたくしは、プロウライト国へと出発する。
馬車に乗り込む前に家族が見送りに来てくれて、それぞれ言葉をかけてくれた。
「身体に気をつけるんだぞ」
「はい、お父様」
「大丈夫、安心しなさい。他の候補者よりもシンシアが一番、可愛いと思うわ」
「……お、お母様」
わたくしは苦笑するしかない。
相変わらず、お母様は少しズレている。
(ジュラール殿下は“可愛い”なんて理由でお妃を選ばないと思うわ)
口には出さないけどそう思った。
「シンシア。今度こそ上手く話が進むといいな」
「お兄様……」
お兄様はそう言って優しくわたくしの頭を撫でてくれた。
そして、最後はお姉様──……
「───素敵な報告を待っているわね」
「……お姉様」
お姉様はにっこり微笑んでそう言った。
「……では、行ってきます」
全員を見渡した後、わたくしは、それだけ言って護衛と侍女と共に馬車に乗り込み、プロウライト国へと出発した。
◆◆◆◆◆
───一方、その頃。
シンシアが訪問するプロウライト国では……
「あ、そういえばジュラール。今日はサスティン王国の王女が国を出発する日じゃなかった?」
「──らしいな。そう聞いている」
双子の王子のジュラールとエミールが公務の合間に、今度やって来る“ジュラールのお妃候補”について話していた。
「わざわざ、あんなに遠くから……大変だね」
「本当にどこまで範囲を広げたんだ……と言いたい」
とある事情により、ジュラールの国内からの花嫁選びが絶望になってしまい、これはもう他国の王女しかいないのでは?
そんな理由で少し前から、各国、王女のいる国への打診が始まっていた。
「ジュラールは、サスティン王国の王女との面識はあるの?」
エミールのその質問にジュラールは一旦、考え込む。
そして、思い出した。
遠い昔、各国の王族の子供たちが一同に集まる機会があった。
エミールのように欠席した者もいるから全員ではなかったが、その場には、サスティン王国の王女たちもいた。
「……姉妹共に一度だけ会ったことがある。子供の頃だが」
「あ、姉妹なんだ?」
「ああ。何だか“僕たちとは真逆”な姉妹だった記憶がある」
「真逆?」
エミールはジュラールのその言葉の意味が分からず首を傾げた。
「僕らは双子だから、とにかくそっくりだろう? だけど、あの国の王女姉妹は全然似ていなかったな、と」
「んー? でも、双子じゃないなら、そんなものじゃない?」
「……それはそうなんだが──」
ジュラールは思った。
昔、会ったあの国の王女姉妹は、とにかく見た目も性格も真逆、という印象を受けた。
だからこそよく覚えている。
「それで、やって来るのは妹王女の方なんだっけ?」
「ああ」
「そっか───今度こそ、ビビビって来る人だといいね?」
「ビ……くっ! お前は自分だけ……! ずるいぞ、エミール!」
「そう言われても……」
恨めしそうに弟をジロリと睨みつけるジュラール。
そんな彼の脳裏にふと甦る。
(あの子は…………どんな女性に成長したのだろう?)
触ったら柔らかそうなふわっふわの髪に、くりっとした大きな目、そして、もちもちしていそうな頬……
何がそんなに面白かったのか……彼女はとにかく無邪気にはしゃいで笑っていた。
「……」
…………そうだった。
サスティン王国の妹王女はあの日。あの場にいた誰よりも可愛いかった───
166
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
【完結】 笑わない、かわいげがない、胸がないの『ないないない令嬢』、国外追放を言い渡される~私を追い出せば国が大変なことになりますよ?~
夏芽空
恋愛
「笑わない! かわいげがない! 胸がない! 三つのないを持つ、『ないないない令嬢』のオフェリア! 君との婚約を破棄する!」
婚約者の第一王子はオフェリアに婚約破棄を言い渡した上に、さらには国外追放するとまで言ってきた。
「私は構いませんが、この国が困ることになりますよ?」
オフェリアは国で唯一の特別な力を持っている。
傷を癒したり、作物を実らせたり、邪悪な心を持つ魔物から国を守ったりと、力には様々な種類がある。
オフェリアがいなくなれば、その力も消えてしまう。
国は困ることになるだろう。
だから親切心で言ってあげたのだが、第一王子は聞く耳を持たなかった。
警告を無視して、オフェリアを国外追放した。
国を出たオフェリアは、隣国で魔術師団の団長と出会う。
ひょんなことから彼の下で働くことになり、絆を深めていく。
一方、オフェリアを追放した国は、第一王子の愚かな選択のせいで崩壊していくのだった……。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さくら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる