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第5話 出発の時
(お姉様。わたくしの代わりに自分が……なんて言いかけていたけれど)
そんなの冗談にしても笑えない。
だってダラスはどうするの? という話になってしまう。
「変なことは言わないで欲しいわ……」
わたくしは一人になった部屋でそう呟いた。
───それから。
あの日こそ、お姉様の態度に不穏を感じたものの、その後のお姉様は特におかしな様子も言動も見せること無く日々が過ぎていった。
お姉様とダラスも変わらず仲睦まじく過ごしていたので、わたくしもすっかり安心していた。
そして───
「シンシア。返信が届いた。明日には出発となるが準備は大丈夫か?」
「は、はい……!」
お父様に呼ばれたので、もしかして……と期待して話を聞きに行くと、プロウライト国に出していた手紙の返信が届いたらしい。
「先方も喜んでいるようだった。シンシアの到着を楽しみにしている、とのことだ」
「よかったです……」
わたくしはホッと安心して微笑む。
だけど、そこでふと気になってしまった。
「……お父様、なぜ、プロウライト国は、ジュラール殿下のお妃を他国に打診しているのでしょう?」
「ん?」
それは、今回の話を聞いてからずっとわたくしが疑問に思っていたこと。
よくある国同士の王族による政略結婚……にしては何かがおかしい。
言い方は悪いけれど、我が、サスティン王国は小国も小国の弱小国!
しかも、お互いの国は距離だって離れている。
プロウライト国にとって縁を結んで利があるとは全く思えない。
「第二王子……エミール殿下の婚約者の方は国内の貴族令嬢なのですよね?」
「侯爵令嬢だ」
「それでは、ジュラール殿下には何か、国内の令嬢からお妃候補の選出を出来ない理由でもあるのでしょうか?」
わたくしの疑問にお父様はうーんと首を捻りながら唸った。
どうやら、お父様も理由として思い当たることは無いらしい。
「───まあ、きっと何かしら駄目な理由があるのだろう」
お父様はそう言って、答えが出ないまま話を締め括った。
(……向こうに到着すればきっと理由も分かるわよね)
そんなことを考えながら部屋に向かって歩いていたら、バッタリお姉様と鉢合わせをしてしまった。傍らにはダラスもいる。
「っ!」
「あら? シンシア……お父様の所に行っていたの?」
お姉様がわたくしの歩いて来た方向に視線を向けながら訊ねてきた。
向こうはお父様の執務室しかないのだからすぐに分かってしまう。
「え、ええ……」
頷いて返事を返すも、出来れば、プロウライト国から返事が来て明日の出発が決まったということは言いたくない、と思ってしまった。
「そう……ああ、もしかしてあちらの国からお返事が来たのかしら?」
「!」
だけど、わたくしの願いも虚しくあっさり見破られてしまう。
「あちらの国?」
「ああ、そうなの。話していなかったわよね? 実はプロウライト国の王子殿下から縁談の話があったのよ」
何の話をしているのか分からず不思議そうに首を傾げるダラスにお姉様がそう説明する。
「シンシアに?」
「……いいえ、私たち王女宛によ」
お姉様はにこやかな笑みでそう答える。
その言い方にわたくしは驚いた。
「王女宛?」
「ええ、そうよ。それで───シンシアが行くことになったのよ」
「ああ、なるほどな」
ダラスは特に気にせず納得している様子だけれど、わたくしにはなぜ、お姉様がそんな言い方をしたのかよく分からなかった。
「シンシア、それでは出発は明日かしら?」
「……はい」
もう隠してもしょうがないので頷くとお姉様は悲しそうな顔をした。
「そう、寂しくなるわね……」
「……エリシア。そんな顔をしないでくれ」
「だって、可愛い妹が国を出るなんて……寂しいわ」
「……」
ジュラール殿下のお妃に最終的に選ばれても選ばれなくても、帰国はするというのに。
少し大袈裟な寂しがり方のように感じた。
「──エリシアは妹思いだから、その気持ちは分かるが……」
「ダラス……」
(……ハッ!)
ダラスのその言葉を聞いて、また“いつもの”が始まると思ったわたくしは、早々に逃げることを決めた。
「───それではお姉様、わたくし……準備があるので失礼しますね?」
「え……あっ、ちょっ……待っ、シンシ……ア!」
(───いいえ、待ちません!)
わたくしは呼び止めようとするお姉様の声を無視して自分の部屋へと戻った。
そして、翌日。
わたくしは、プロウライト国へと出発する。
馬車に乗り込む前に家族が見送りに来てくれて、それぞれ言葉をかけてくれた。
「身体に気をつけるんだぞ」
「はい、お父様」
「大丈夫、安心しなさい。他の候補者よりもシンシアが一番、可愛いと思うわ」
「……お、お母様」
わたくしは苦笑するしかない。
相変わらず、お母様は少しズレている。
(ジュラール殿下は“可愛い”なんて理由でお妃を選ばないと思うわ)
口には出さないけどそう思った。
「シンシア。今度こそ上手く話が進むといいな」
「お兄様……」
お兄様はそう言って優しくわたくしの頭を撫でてくれた。
そして、最後はお姉様──……
「───素敵な報告を待っているわね」
「……お姉様」
お姉様はにっこり微笑んでそう言った。
「……では、行ってきます」
全員を見渡した後、わたくしは、それだけ言って護衛と侍女と共に馬車に乗り込み、プロウライト国へと出発した。
◆◆◆◆◆
───一方、その頃。
シンシアが訪問するプロウライト国では……
「あ、そういえばジュラール。今日はサスティン王国の王女が国を出発する日じゃなかった?」
「──らしいな。そう聞いている」
双子の王子のジュラールとエミールが公務の合間に、今度やって来る“ジュラールのお妃候補”について話していた。
「わざわざ、あんなに遠くから……大変だね」
「本当にどこまで範囲を広げたんだ……と言いたい」
とある事情により、ジュラールの国内からの花嫁選びが絶望になってしまい、これはもう他国の王女しかいないのでは?
そんな理由で少し前から、各国、王女のいる国への打診が始まっていた。
「ジュラールは、サスティン王国の王女との面識はあるの?」
エミールのその質問にジュラールは一旦、考え込む。
そして、思い出した。
遠い昔、各国の王族の子供たちが一同に集まる機会があった。
エミールのように欠席した者もいるから全員ではなかったが、その場には、サスティン王国の王女たちもいた。
「……姉妹共に一度だけ会ったことがある。子供の頃だが」
「あ、姉妹なんだ?」
「ああ。何だか“僕たちとは真逆”な姉妹だった記憶がある」
「真逆?」
エミールはジュラールのその言葉の意味が分からず首を傾げた。
「僕らは双子だから、とにかくそっくりだろう? だけど、あの国の王女姉妹は全然似ていなかったな、と」
「んー? でも、双子じゃないなら、そんなものじゃない?」
「……それはそうなんだが──」
ジュラールは思った。
昔、会ったあの国の王女姉妹は、とにかく見た目も性格も真逆、という印象を受けた。
だからこそよく覚えている。
「それで、やって来るのは妹王女の方なんだっけ?」
「ああ」
「そっか───今度こそ、ビビビって来る人だといいね?」
「ビ……くっ! お前は自分だけ……! ずるいぞ、エミール!」
「そう言われても……」
恨めしそうに弟をジロリと睨みつけるジュラール。
そんな彼の脳裏にふと甦る。
(あの子は…………どんな女性に成長したのだろう?)
触ったら柔らかそうなふわっふわの髪に、くりっとした大きな目、そして、もちもちしていそうな頬……
何がそんなに面白かったのか……彼女はとにかく無邪気にはしゃいで笑っていた。
「……」
…………そうだった。
サスティン王国の妹王女はあの日。あの場にいた誰よりも可愛いかった───
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