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第18話 強くなりたい!
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「───どうですか、王女殿下! 己を鍛えて汗を流すのは気持ちいいでしょう?」
「はい! 気持ちいいです!」
アクィナス伯爵のその問いかけにわたくしは身体を動かしながら満面の笑みで答えた。
「むっ! よい返事だし、よい顔をしている」
「!」
褒められるとますます嬉しい。
ますます頑張るぞ! そんな気持ちになる。
(知らなかったわ……身体を動かすってこんなに気持ちのいいことだったのね?)
「ふむ……これは強くなれるぞ。フィオナ、なかなか見所のある王女様ではないか!」
「ふふ、でしょう?」
祖父の伯爵と孫のフィオナ様のそんな会話を聞きながらわたくしはホッコリする。
────……
───強くなりたい!
もっと、自分に自信が持てるように。
ジュラールのお妃を目指せるように。
身体を鍛えたら心も強くなれる気がしたから。
だから、心身ともに鍛えられたフィオナ様の姿を見て“わたくしを鍛えて欲しい”とお願いした。
フィオナ様は最初こそびっくりしていたけれど、すぐに笑顔を浮かべて即承諾してくれた。
「それなら、とっておきの最高の指導者がいるんです!」
そう言って。
そして、翌日。
紹介してもらったとっておきの最高の指導者と言うのが───
「王女殿下、初めまして。私はフィオナの祖父、レイノルド・アクィナスと申します」
「!」
フィオナ様のお祖父さまであるアクィナス伯爵だった。
その厳つくて強面のお顔と鍛えられた身体にわたくしの目は釘付けになった。
(す、すごいわ!)
「──ムッキムキ!」
思わず口に出してしまい慌てて口を押える。
「むっ」
いけない! 不快にさせてしまった?
そう思ったけれど、アクィナス伯爵は全く気を悪くすることなく豪快に笑った。
「はっはっは! 殿下、それは私にとって最高の褒め言葉なのです!」
「え……?」
「初めは愛する妻のため……そしてムッキムキになっていく私を見て喜んでいた愛娘の笑顔のため……そして今は可愛い孫の幸せのため! 私は常にムッキムキへの探求をやめられないのです!」
「まあ!」
えっと?
最初は奥様(フィオナ様のお祖母さま)の為にムキムキを目指した、ということ?
その過程で娘さん(フィオナ様のお母さま)も喜んでくれたことが嬉しかった?
そして、孫のフィオナ様も……
(よく分からないけれど、奥が深いわ!!)
何より家族への愛情が溢れていることに好印象を抱いた。
フィオナ様の言っていた愛に溢れている人たちとはこういうことだったのね、と納得する。
きっと、フィオナ様のご両親も素敵な人に違いない。
エミール殿下が惚れ込むフィオナ様が、こんなにも魅力的な理由がわかった気がする。
「そして、私は己を鍛えたいと願う人は男女問わず好きなのですよ、殿下」
アクィナス伯爵はクワッと厳つい顔でそう言った。
……お顔は厳ついけれど素敵な方だわ!
そして、この方についていけばきっと心身ともに強くなれる───そんな予感がした。
────……
「王女殿下は、心身を鍛えることが目的とのことですが、ボコボコにしたい軟弱小僧はいらっしゃらないのですか?」
「え? ボコボコ……?」
「ボコボコとまではいかなくても、一発くらい殴ってやりたい相手でも……」
(な、軟弱小僧……?)
伯爵にそう言われてすぐに頭に思い浮かんだのはダラスの顔だった。
びびび……の話を聞いた時に思い出した、お姉様の気を引くためなんて理由で急にベタベタしてきた時のあの不快な気持ち……
「むっ? その顔は思い当たる小僧がいそうな様子……」
「え、あ……」
(……無事に心身ともに鍛えられて国に戻ったら…………一発ぐらいダラスを殴っても許される、かしら?)
「シンシア様に殴られたら相手の方、きっと驚くでしょうね」
フィオナ様がニコニコしながらそんなことを言った。
伯爵もうんうんと大きく頷いて同意する。
「確かにな……そのフワッとした儚げな雰囲気の殿下から繰り出されるパンチは威力がそこそこでも実際の力以上に相手はダメージを負うだろう」
「───まぁ、その前にシンシア様のトレーニング姿を見て衝撃を受けていそうな王子が一人いらっしゃいますけどね」
「え?」
どういうことかしら? と思った。
けれど、フィオナ様はニコッと素敵な可愛らしい笑顔のまま続けた。
「いえ、先程からずっと私の耳には聞こえていましたので…………ああ、そろそろ到着ですよ、シンシア様」
「え? 聞こえていた? 到着?」
なんのことが分からず首を傾げたその時。
「────シンシア!」
ドキンッ!
その声にわたくしの胸が大きく跳ねる。
そっと、振り返るとそこには息を切らしたジュラールの姿。
よほど慌てて来たのか、髪も乱れている。
「ジュラール……?」
「シンシア! 窓の外を覗いて君の姿を見かけて本当に驚いた!」
ジュラールはわたくしの元に駆け寄ってくると、真っ先にこう訊ねてきた。
「シンシアもエミールみたいにムッキムキを目指したいのか!?」
「は、い?」
そう訊ねてくるジュラールの目は真剣だった。
わたくしはわたくしで、突然のムッキムキという言葉にびっくりする。
「ムッキムキになるのをめ、目指したいというなら僕にそれを止める権利はない!」
「ムッキムキを目指す……」
「ない……のだが、シンシアにはそのフワフワ可愛いでいて欲しいというか……いや、君は本当に何をしていても可愛いので、たとえムッキムキになっても可愛いとは思うんだけど!」
「…………え?」
(ムッキムキになっても可愛い?)
その言葉にじわじわとわたくしの頬が熱を持つ。
当のジュラールは、混乱しているのか自分が何を口走っているのか分かっていないようで、ついにはムッキムキが可愛いとか言い出した。
「……そりゃ、強くて可愛いとかもう最強しかないけれど───」
「あ、あの、ジュラール!」
わたくしはとにかく落ち着いて欲しくて何とかジュラールを止める。
だって、もう、わたくしの心臓が持ちそうにない!
「……シンシア?」
「さ、先程から……か、可愛い可愛いと、連呼……しすぎです……!」
「……え? 可愛……」
わたくしのその言葉にハッとしたジュラールの顔がどんどん赤くなっていく。
そして慌てて自分の口元を押さえていた。
「あれ? 僕……何を口走っ……え、え?」
「……」
「えっと、シンシア……そ、その……」
「……ジュラール」
わたくしたちは互いに顔を赤くしたまま見つめ合った。
「───フィオナ」
「どうしました? お祖父さま」
「……あれは何だ? お前たちに負けず劣らずの甘い空間が出来上がったぞ?」
「ここ最近の見慣れた光景ですわ」
フィオナがそう答えると伯爵は三倍増しくらいの厳つい顔で笑った。
「知らなかったが王女殿下はジュラール殿下の婚約者に決まっていたのだな! なるほど、それはいい! 彼女ならこの国の未来も安た───」
「あ、いえ。お祖父さま。まだ、シンシア様はお妃候補です」
「むっ?」
「まだ、お見合い中の二人です」
伯爵はフィオナの言葉に、はて? と首を傾げる。
「は……? では、恋人……」
「でもありません」
「!?」
伯爵はいまだに照れ照れしながらお互いを見つめ合っている二人を三度見した。
その目は、あれで婚約者同士でもなければ恋人でもない? 嘘だろう……? そう言っていた。
「……っ、そ、それでジュラールはどうしてここに……?」
「あ、うん……そうだ……」
さすがに見つめ合っているのが恥ずかしくなってきたので、わたくしは訊ねた。
ようやく我に返った様子のジュラールも落ち着いて答えてくれた。
「シンシアが突然、伯爵に弟子入りした件も聞きたかったけど、もう一つ……」
「もう一つ?」
ジュラールが少し深刻そうな表情で頷く。
「……サスティン王国から。いや、シンシア、君の姉王女から手紙が届いたんだ」
「え? お姉様、から?」
吃驚してわたくしは顔を上げる。
一瞬、国に何か緊急事態が? そう思ったけれど、そういうことならお姉様の名前で手紙が来ることはないはずだと思い直した。
「わたくし宛てに……ですか?」
「いや、我が国……いや、僕宛……なのかな?」
「ジュラール宛て!?」
ますます、意味が分からない。
「お、お姉様は何て……?」
「……」
一瞬、黙り込んだジュラールは躊躇いがちに口を開いた。
「現在、婚約している男と一緒にこの国に向かっている────と」
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