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閑話 “好きだった人”の婚約者となれたのに呪われた (アシュヴィン視点)
しおりを挟む──これ以上誤解して欲しくないから呪いの事は知って欲しかったけど、巻き込みたくは無かった。
今、自分の腕の中で青白い顔をして震えている彼女を抱き締めながらそんな矛盾した事を思う。
今、彼女は何を思っている? 少しは俺の事を心配してくれているだろうか?
愛の言葉も甘い囁きの一つも出来ない婚約者を。
──ずっと好きだった。
初めて会ったあの日から俺は君に恋をしていた。
君が……ルファナ嬢が放課後に図書室に通っては勉強している事を知っていた俺は、姿見たさに何度こっそり図書室に通った事か……
(そんな俺の気持ちを知ったら君はどう思うだろう)
初めて知る愛しい彼女の温もりを腕に感じながら俺はそんな事を思った。
────……
俺の婚約者が決定したと父上から聞かされた時、とうとうこの日が来てしまった。
そう思った。
(もう、彼女の姿を見る為に図書室には通えなくなるのか……)
むしろ、この想いを断ち切らないといけない。
他の女性を想ったまま婚約するのは、相手に申し訳ないからな。
男爵令嬢の彼女と自分が結ばれるのは難しい。
俺がどんなに彼女に恋い焦がれていても、結婚は家の為にするもの。
頭では理解していた。
それでも、ルファナ嬢への気持ちは捨てられなかった。
「……どうせ、我が家への金の援助と引き換えの婚約なのでしょう?」
「そうだ。よく分かるな」
「そりゃ、分かりますよ……」
その為に、今まで俺を誰とも婚約させなかったんだろう?
一番援助してくれそうな家の令嬢の餌にするために。
父上にそう言ってやりたかった。
「それで? どこの誰なんですか? お金で婚約者を手に入れようとしているのは」
「そんな言い方をするな。もう既に多額の援助を約束して貰っている。いくら相手の事を気に入らなくても反故になるような真似だけはするなよ」
「……」
「好きな女性がいても自由に結婚するのは難しいのはお前も分かっているはずだ。そんな女性がいて愛人にでもしたいなら、その辺りはバレないように上手くやれ」
父上に釘を刺された。
──どうでもいい。
だって彼女じゃないなら、どんな女性も同じだ。同じにしか思えない。
それに、俺は彼女の事をどんなに好きでも愛人になんて立場には絶対にしたくない。
だったら諦めるしかないだろう?
「向こうは姉妹なのだが、どうも上の娘が嫁き遅れそうな気配がするから姉で頼むとの事だった。我が家としてはどちらでも構わなかったのだがな」
「……そうですか」
俺が余りにも興味が無さそうなので父上はちょっと困っているようだった。
「これから顔合わせや婚約の手続きとなるが、先方とはもう話がついているんだ。諦めて受け入れろ」
「はぁ……それで? 俺の相手はどこの誰なんですか?」
俺の冷たい返答に父上も渋い顔をする。
そんな顔をしたいのはこっちだ!
「ルファナ・アドュリアス。アドュリアス男爵家の令嬢だ」
「……は?」
「だから、アドュリアス男爵家の上の令嬢だ」
「……!?」
俺は耳を疑った。
「ルファナ……アドュリアス……? 男爵令嬢の……?」
「あぁ、そうだ。男爵令嬢なのでお前にとっては不満かもしれないが……ここは家の為に我慢をー……」
「何を言っているんですか父上! 最高です!! 今すぐ! 今すぐ話を進めてさっさと纏めてしまいましょう! 婚約誓約書はどこですか? 今すぐサインします、さぁ早く出してください!!」
「アシュヴィン!?」
──俺は秒で手のひらを返した。
そんな俺の変わり様に父上は唖然としていた。
(だってルファナ・アドュリアス嬢だぞ! 俺が焦がれていた彼女じゃないか!!)
こんな事があるのか?
結ばれないと諦めかけていた好きな人が、俺の婚約者になるんだぞ……!
この時の俺は奇跡ってあるのだと、いるかも分からない神様に感謝した。
────……
そうして、迎えた顔合わせ。
ルファナ嬢が現れるまでの俺はもう気が気でなかった。
(本当に彼女なんだよな……? 俺の婚約者……)
心臓は破裂しそうなほどバクバク鳴っていた。
──そして、彼女は現れた。
「アシュヴィン・グスタフです」
「ア、アドュリアス男爵の娘、ルファナ・アドュリアスと申します」
間違いない! 彼女だ。本当に本当に俺の婚約者となるのは彼女なんだ!
この時は平静を装っていたけれど、俺の内心はもう踊り出したい気分だった。
趣味の話を持ちかけて、キラキラした目で好きな物を語る、ルファナ嬢がめちゃくちゃ可愛い。
なんだあの目、いつかその目を自分にも向けて欲しい……
ルファナ嬢はたくさん話をしてくれた。
俺は彼女の事をまた一つと知ることが出来るのが嬉しくて、ひたすら聞き役に没頭していた。
──自分の事をほとんど語らなかったと気付いたのは家に帰ってから。
(しまった! 俺の事を知ってもらって好きになって貰おうと思っていたのに!)
ルファナ嬢と過ごし彼女の話を聞いて、ますます惚れ直したのは俺の方だった。
(いや、婚約は結ばれたんだ。時間はある。次に会った時こそ!)
驚かせるかもしれないが、二度目に会う時は秘めていた想いを告げたい。
彼女が覚えているかは不明だが出会った時の話もしたい。
(ずっと君が……ルファナ嬢が好きだった)
───そう決めていたのに!
一時は感謝さえ覚えた神様を俺は今、猛烈に恨んでいる。
その異変に気付いたのは、彼女と二度目に会った時だった。
「こんにちは、アシュヴィン様!」
「……あぁ」
「今日もいい天気で良かったですね!」
「……あぁ」
(どういう事だ!? 返事が……言葉が出ない)
「アシュヴィン様どうかされましたか?」
「っ! ……い、いや別に!」
ルファナ嬢が顔を覗き込むようにすると、今度は彼女の顔が見られなくて勢いよく顔を逸らしてしまう。
(なんだこれは……)
身体も震えだした。
いったい、俺に何が起きたんだ!?
───それが今も俺を蝕む、忌まわしい“呪い”の始まりだった。
─────……
自分に起きた異変の謎が解けず、最愛のルファナ嬢との関係もままならなくなった頃、俺はおかしな光景を目にした。
「ははは、可愛いね。君に婚約者がいるのが残念でならないよ」
「まぁ、殿下ったら……」
……何だあれは。
俺の目の前で殿下が令嬢を口説いていた。
待て待て! あれはどこのナンパ師だ!? 殿下によく似た他人の空似だろうか?
将来はこの国の王になる王太子殿下がそんな事をするはずなー……
「……あぁ、アシュヴィン」
「殿下……」
駄目だ。どこからどう見ても本人だ。
令嬢との話を終えたらしい殿下が俺に気付き近付いて来た。
「あなたは! いったい何をやっているんですか!?」
「すまん、これには理由があって……」
「理由があれば、あなたは令嬢を口説くのですか!?」
まさか、敬愛していた王太子殿下がそんな男に成り下がっていたなどと!
俺はショックを受けた。
「違う! そうでは無い!! 私の意思とは無関係に勝手に口が動くのだ!」
「は?」
──殿下の呪いを知った瞬間だった。
殿下の話を聞くと、どうやら殿下は自分の意思とは無関係に女性を口説いてしまうらしい。
「可愛いとチラッとでも思うともうダメだ。勝手に口が動く」
「何ですかそれは……真逆ですね」
俺は、ルファナ嬢の事を可愛い、好きだ!
そう思う度に声が出なくなるのに! 代わってくれよ!
「真逆? お前も何かあったのか?」
「婚約者に愛を告げたくても告げられない……声が出なくなる」
「は? お前の婚約者とは、アレだろう? 男爵令嬢の……お前がずっと好きだった人」
殿下が唖然としている。
「奇跡が起きて婚約者になれたと浮かれていたでは無いか! 毎日毎日飽きもせずやれ可愛いだの愛しいだのと惚気けて!」
「何故か分からないが駄目なんだ! 初顔合わせはそんな事は無かったのに! 彼女……ルファナ嬢は可愛い! 最高だ! あぁ、彼女の前以外でなら言えるのに!!」
俺がそう叫ぶと殿下が怪訝そうな顔をした。
「なぁ……それ、その症状は最近か?」
「そうですね」
「……何かおかしくないか?」
「はい?」
そうして俺達は初めて呪いにでもかかっているのでは?
と、認識した。
そして翌日、俺と同じ殿下の学友の一人、クルスが頬を腫らして登校した。
「クルス……それは?」
「……婚約者を怒らせてしまった」
「婚約者を?」
嫌な予感がした。
クルスは婚約者を大切にしていたはずなのだが。
「……彼女の顔を見て話そうとすると……思ってる事と真逆の言葉が口から出るんだ」
「!?」
つまり、可愛いと言いたかったのに……実際の口から出た言葉は……
ゾワッとした。
「そ、それは……」
「なぁ? 僕はどうしてしまったんだろう!? この間から急にこんな事になって! 本当におかしいんだよ」
「ク、クルス……」
直感的に思った。クルスもだ、と。
慌てて殿下も含めて話し合いの場が持たれた。
──この呪いの目的は何だろう?
命を奪うような呪いとは違う。
強いて言うなら、人の恋心を利用しているかのようだ。
──恋心、婚約者……
クルスは婚約者を怒らせた。
殿下は婚約者の目の前でも、他の令嬢を口説き始めた事もあったので今はかなり険悪ムードになっている。
俺は……ルファナ嬢に素っ気ない態度を取り続けていて、正直いつ、愛想を尽かされてもおかしくない状態だ……
「……まさか。婚約者との関係にヒビを入れるのが目的の呪い……なのか?」
──だとしても、何の為に?
しかも、被害者は一人ではなく複数だ。ますます分からない。
(このままでは、ルファナ嬢に嫌われてしまう……!)
俺の気持ちは焦るばかりだった。
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