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第28話 パーティーが始まる
しおりを挟む───ハウンド侯爵家の……
───珍しい。婚約者と一緒だ!
ジョバンニ様と一緒に入場となったからか視線が痛い。
(昔は令嬢からのやっかみのような視線が痛かったけれど)
やっぱり、あの断罪事件が尾を引いているのか、前ほどジョバンニ様の人気は高くなさそうだった。
むしろ、憐れみの目を向けられているような気がするわ。
(ということは今、ジョバンニ様の元に群がっている(らしい)女性は遊び目当ての令嬢なのかもしれないわね)
それなら、ハウンド侯爵が私との結婚を早めようとお父様に言った理由も分かる気がする。
迷惑でしかないけれど。
「……チッ」
隣でジョバンニ様がまた舌打ちをしている。
今日だけで何回目かしら?
今までの私なら、一応なんて事を……と諌めていただろうけれど、残念ながら今は心底どうでもいい。
そんな事を考えていたら、ジョバンニ様が私に顔を向けた。
何だか真面目ぶった顔をしている気がする。
「クロエ。君をこんな所で一人置いていくのは心苦しいが、僕にも付き合いというものがある」
「はい?」
そのセリフで思い出した。ジョバンニ様にエスコートされるのがあまりにも久しぶり過ぎてすっかり忘れていたわ。
そうよ。ジョバンニ様っていつもこうだった。エスコートが完了するとこう言って必ず私を放置するのよね。
それで、他の女性とベタベタしている姿をこれでもかと見せつけてくるのよ……
「だが、今日は……そ、その、クロエがどうしてもと望むなら……」
「あ、いえいえ、ジョバンニ様、どうぞどうぞ! 今までのように私を放置してお好きにどこへでも行って下さいませ!」
「……クロ」
「私のことは、全くもってお気になさらずで結構です!」
「ク……」
「あ、人妻と影でイチャイチャしても構いませんわ!」
「……なっ!?」
「どうぞ、ごゆっくり~!」
私は青白い顔で口をパクパクさせて何か言いたげな様子のジョバンニ様の顔を見なかった事にして、ペいっとたまたま近くに集まっていた人たちの輪の中に押し込んだ。
突然、縁もゆかりも無い人たちの輪の中に放り込まれたジョバンニ様は、何だコイツ……と冷たい目で見られ「あ、いや……これは」と、しどろもどろで弁解していた。
「───クロエ、強くなったね」
「!」
クスクスという笑い声と共に背後から声をかけられた。
慌てて振り向くと、そこには殿下が居て可笑しそうに笑っている。
「グレイ…………ソン殿下!」
つい、いつもの癖でグレイ様と呼びそうになってしまったので慌てて訂正する。
こんな人目の多い所で愛称で呼んだら大変な事になってしまう。
「グレイでいいのに……」
「……さすがにそれは…………ってそれよりもなぜ、ここに殿下、が?」
王族なのだから、てっきり後から入場するものだとばかり思っていたのに!
私の言いたかった事が分かったのか殿下は、フッと小さく笑った。
「クロエ……すっかり忘れていないか? 私は王族に辛うじて籍だけ残されている“落ちぶれた王子”なんだよ?」
「殿下は落ちぶれてなんか───」
「ははは、クロエだけだよ、そう言ってくれるのは」
そう言って殿下が私の頭を撫でる。
「今日はレイズンとアビゲイルの婚約発表パーティーだからね。アビゲイルの元婚約者で冤罪をきせようとした“バカ王子”が一緒に入場するのはやはり良くないだろう?」
「殿下……」
殿下は本当に“王太子”という身分に未練は無いのかしら?
聞きたいような聞きたくないような……複雑な気持ちになった。
「さて、そろそろレイズンとアビゲイルの二人も入場かな?」
と、殿下が入り口の方に顔を向けてそう口にした時。
「───クロエ! お前は婚約者を放って一体何をしているんだ!」
「……痛っ」
突然、私たちの近くにやって来たお父様に腕を掴まれた。
「ジョバンニ殿を放って有力なコネクションを作ろうとしているのかと思えば……」
お父様はそう言ってチラッと殿下の顔を見る。そして馬鹿にするように鼻で笑った。
「……こんな落ちぶ……得にもならんグレイソン殿下なんかと!」
「いっ……」
「ブレイズリ伯爵! その手を離せ! 痛がっている!」
お父様が掴んでいる腕にギリっと力を込めたせいで、私が小さな悲鳴を上げたのを殿下は聞き逃さなかった。
「……いえ、殿下。これは家族の事ですから。ご存知でしょうがこれは我が娘。これはちょっとした躾……」
「ふざけるな! 娘だからってどう扱ってもいいはずがないだろう!」
相変わらずのお父様のふざけた言い分を殿下が一刀両断した。
その剣幕にはさすがのお父様も驚いたのか、少し腰が引けている。
それでもお父様は反論をやめない。
「……っ! で、ですが、殿下。この娘は来週には夫となる婚約者を事もあろうにぞんざいに扱……」
「来週には夫となる? だと?」
殿下の眉がピクリと動いた。
そして、これまで一度も見た事のない冷気を放ち始めた。
「……それはどういう意味だ? ブレイズリ伯爵」
「ひぃっ!?」
「どういう意味かと聞いている」
「ら、来週には、クロエは……ジョバンニ殿と結婚を……ひ、控えて……」
さすがのお父様も、殿下の尋常ではないこの冷気には驚いたのか小さな悲鳴を上げて、私の腕を掴んでいた手を離しながら答えた。
「……クロエ? その話は本当?」
「は、はい。私も先程、聞いたばかりで……」
私がそう答えると殿下はとても小さな声で「危なかった……」と口にしたので、私も内心で大きく頷いた。
「で、殿下は……ク、クロエのな、何なのですか! ゆ、友人では無かったのですか!?」
「クロエが友人?」
お父様は何故、自分がこうも責められなくてはならんのだと憤る。
そんなお父様の様子に殿下は不思議そうに首を傾げる。
「何を言っているブレイズリ伯爵。クロエは私の───」
殿下が、そこまで言いかけた時、ファンファーレが鳴り響く。
これはレイズン殿下とアビゲイル様の入場を知らせる音。
私たちは話を中断し、二人を出迎えることになった。
(……ところで殿下は何て言いかけたのかしら?)
とっても気にはなったけれど、二人の入場が開始してしまったので、結局それは聞けずじまいとなってしまった。
___
「本日は僕らの婚約発表パーティーにお越しくださり……」
並んで挨拶を始める二人。
あの場に並んで立っているのが、ヒロインではなく悪役令嬢のアビゲイル様という事にまだ不思議な感じがする。
(ゲームではグレイソン殿下とヒロインだったわ……)
グレイソン殿下のルートのエンディングを思い出して感傷に浸っていたら、遂に“その時”が訪れる。
「───それから先日、この先、わたくしと共に王宮に上がってくれる侍女の選抜を行いました。この場を借りてその方を皆様にもご紹介したいと思います」
アビゲイル様の言葉に少し会場が騒めく。
普段はこういった発表などは行われないから当然の反応だと思う。
「その方は───ブレイズリ伯爵家の令嬢、クロエ様です」
アビゲイル様の紹介に一斉に視線が私へと向けられた。
私はその場で一礼する。
「クロエ様、よければこちらで挨拶を……」
アビゲイル様が私をそう誘導した時だった。
「────うっ、嘘だ!! そ、それは何かの間違いだ!」
人混みの輪の中からジョバンニ様のそんな叫び声が聞こえてきた。
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