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第34話 殿下は怒っています
しおりを挟む(……プツッ?)
何の音かしらと思ってそろっと隣に目をやると……
「……っっ!」
「……」
(ひぃっ! 殿下……グレイソン殿下が……!)
私は思わず漏れそうになった悲鳴をどうにか抑えた。
───殿下は明らかに怒っていた。
表情だけではなく、もう全身で怒っているのが伝わって来た。
ピリピリオーラがすごい。触れたら怪我をしてしまいそう……!
「あの女……人の一世一代の告白を…………邪魔しやがって……肝心のクロエの返事がまだだったのに」
(あ!)
そうだった。私は殿下に自分の気持ちを伝えようとしていた所で──……
「…………しかも、クロエを散々馬鹿にしてコケにしやがった……」
「あ、あの、 殿……グレイ様?」
「地味で取り柄がないだと? ……何も知らないくせに、ふざけるな……」
「グレイ様!!」
放っておくと、オーラがどんどん禍々しい物になってしまいそうなので、私は慌てて声をかけた。
「……クロエ?」
「……」
私の顔を見た殿下は、少しだけ表情が和らいだけれど、やっぱりまだ怒りのオーラは残っている。
でも、少しはマシになったと思うのでホッとした。
あのままだったら、ヒロインを今すぐこの場で殺しかねないくらいの顔だったもの……
さすがにそれは勘弁願いたい。
「…………あんな女に君を好き放題言わせてしまった、ごめん」
「そ、れは大丈夫ですから。ほら、私、言われ慣れていま……」
「慣れている、なんて言わないでくれ」
「え?」
そう言って殿下が私の両頬に手を添えると顔を上に向けさせる。
至近距離で殿下と私の目が合った。
(ち、近っ……!)
「クロエは可愛いよ。地味なんかじゃない」
「グレイ……様?」
「クロエには何の取り柄もない? そんなはずないだろう? 君は堂々と試験に合格して王宮侍女の地位を手に入れたじゃないか! 筆記はトップだったと聞いた!」
「……!」
コツンと殿下が額を合わせてくる。
う、美しい顔のドアップに頭が沸騰しそう!
「君はずっとそこにいる最低な元父親と、そこで無惨にも放り投げられた元婚約者にそんな風に言われて来てしまったんだろう?」
「……あ」
「それなら……これからは、私が毎日クロエに“君は可愛い”とたくさん伝えよう」
「ま、毎日、ですか?」
私が聞き返すと、殿下は優しく笑う。それは私の大好きな笑顔……
胸がキュンとした。
「そうだ、毎日だ。私は出会ってからずっと毎日クロエのことを可愛いと思っているから。それを言葉にするだけだから難しいことでは無い」
「グレイ……様」
「だから────そんな毎日を手に入れる為に、そろそろ、あのうるさい女を黙らせるとしよう」
そう言って殿下は私から身体を離すとヒロインに視線を向けた。
その視線は先程までの甘かった空気が嘘のように鋭い。
「……おい! そこのピンク色!」
「ピンク色!?」
殿下は名前すら呼びたくないのか、彼女の最も特徴的な髪の毛の色で呼びかけた。
「名前など呼ぶ価値も無いからな」
「なっ……! そ、そんなの、ひ、酷いですぅ……」
ヒロインはお得意の、目をうるっとさせて殿下を見つめる。
殿下には効かないと分かっているはずなのに……まさか、続ければどこかで効果があるとでも思っているの?
「くだらない小芝居はやめろ! 誰が嘘泣きに騙されるか!」
「……小芝居だなんて……そんなつもりじゃ……」
うるうるうる……ヒロインは涙目で訴える。
「笑わせるな。散々、クロエの事を口汚く罵り、仮にも侯爵令息をあんなぞんざいに扱っておいて今更、か弱いフリか?」
殿下の言葉に皆の視線が一斉に地面に這いつくばったままのジョバンニ様に注がれる。
中には男爵令嬢に無様に放り投げられた姿を思い出してしまったのか、懸命に笑いを堪えている人も見受けられた。
……あれは衝撃的だったので気持ちは分かるわ。
(ジョバンニ様……そのまま顔を上げずに寝そべっていた方がいいわよ……)
私は心の中でアドバイスを送る。
だって今、あなた顔を上げたら死ぬほど恥ずかしい目にあうと思うもの。
「あ、あれは……ジョバンニ様が婚約者のクロエ様の浮気を放置しているから背中を押しただけですーー」
その言葉に会場内は、ザワついた。
どこをどう見ても、あれが背中を押したようには見えないから当然だった。
なのに、ヒロインはシレッとそう口にしていた。
「……クロエは、もうジョバンニの婚約者ではない」
「え?」
「お前がヘラヘラと呑気に笑って会場に入ってくる前に、二人の婚約は解消された」
「か、解消!?」
ヒロインがすごい勢いでジョバンニ様を見た。
そして、ものすごい目付きで睨みつける。その目線は“役立たず! 何してるのよ!”と言っているように見えた。
「……ジョバンニがクロエに振られてショックで崩れる時に言っていたぞ?」
「な、何をですか!」
「お前に唆された───と」
「!!」
ヒロインの目が大きく見開く。
「……クロエが散々、悩み続けたジョバンニの“浮気”はお前が煽っていたようだな?」
「し、知りません……! そんなのジョバンニ様がただの女好きだったからです!」
ヒロインはプイッと顔を背けた。
「これまでクロエがどれだけ傷付いたと思っている? ジョバンニからだけじゃない! そのせいで周りからもバカにされ続けて来たんだぞ!?」
「だ、だから、知りません! クロエ様が周囲にバカにされたのはきっと、ジョバンニ様と不釣合いだったからです……! だってクロエ様は───」
「いい加減にしろ!」
「ひっ!」
殿下の怒鳴り声にさすがのヒロインも身体を震わせた。
「先程からの虚言に無礼な発言の数々……どうやら何を言っても自分は処罰されないとでも思ってその強気な態度でいるようだが──……」
「え……」
「私が何も調べていないとでも?」
「調べ……?」
その言葉に不穏なものを感じたのか、ヒロインの表情が不安そうになった。
そんなヒロインに鋭い目を向けながら殿下は語る。
「……王太子の地位を降りると随分と身軽になってね。なので、羽を伸ばそうとついつい色々な所に顔を出させてもらったよ」
「……?」
「私のことを“廃嫡された権力のない落ちぶれた王子”だと思っているからね、それはそれは皆、口が軽い。おかげで王太子だった頃には聞けない話もたくさん聞くことが出来た……」
「……そ、それって」
「君のその髪色は特徴的だ。随分と話題に上がるんだ“ピンク色の髪の女”のことは」
「……!」
ヒロインの顔色がどんどん悪くなっていく。
「さて、どの話が聞きたいかな? 自ら進んで私の側近たちを誘惑した話、それとも監視役の者達を誘惑した話……王宮の門番を誘惑した話……それから……あぁ、君の男性関係の話は随分と派手そうだ」
「ひっ!?」
「それとも───」
そうして、殿下はとっても黒い笑顔で淡々と皆の前で“ヒロインの話”を暴露していった。
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