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第36話 決別
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一応、本日はアビゲイル様とレイズン殿下の婚約発表パーティーのはずだったのに……
腹黒そうな王族の人達の手によって自業自得とはいえ、メタメタにされて半泣きで助けを求めてウロウロするヒロイン、地面に這いつくばったままのジョバンニ様……
もはや、会場内は完全にカオスな状況となっていた。
(あれ? そういえば……)
そこでようやく、ヒロインが登場して以降、静かだった人がいる事に気付いた。
(……お父様)
そう思った私はお父様に視線を向ける。
お父様だった人は、呆然とした顔のまま動かない。何が起きてこうなったのか理解出来ていないのだと思う。
そんな私の視線に気付いた殿下が耳元でそっと言った。
「……そういえば、伯爵との話が中途半端だったね」
「はい」
ここでちゃんとしっかり縁を切っておかないと、後で何を言われるかわかったものではない。
「大丈夫だ、私がついている」
「グレイ様……」
殿下の力強い言葉に私はしっかり頷いた。
「───ブレイズリ伯爵」
「っ!」
私はそう声をかけながら元お父様に近付いた。
もう、二度とこんな人をお父様とは呼ばない。その決意のあらわれでもある。
元お父様は声を掛けられてハッとするけれど、それが私だと気付くとすぐに表情が変わる。
「……クロエ! 貴様……! なんて事を!」
「……」
「王宮の侍女になる……? 要らないから捨てるだと? ジョバンニ殿もあそこまでの再起不能な状態にしおって……」
ジョバンニ様の事を責められても困る。
あれは彼が勝手に打ちのめされただけだし、ジョバンニ様を放り投げたのはヒロインだ。
「誰のおかげでここまで育って来れたと……」
「そういう御託はもう要らない。いいから、さっさとクロエと縁を切ると宣言しろ」
「……ぐっ! で、殿下……」
元お父様はネチネチと私を責めるつもりだったようだけど、殿下の登場に押し黙った。
悔しそうに唇を噛んでいる。
(……情けない反応ね。あなたが散々、落ちぶれた王子とバカにした方よ!)
グレイソン殿下は全く落ちぶれてなどいなかった……むしろ……
先程までの殿下の様子を見てそう思っているのだろう。
「グ、グレイソン殿下! ……なぜかは知らぬが、あなたはク、クロエと結婚したいのだろう!? それなら父親であるこの私の許可を───」
「あなたと、クロエは無関係の間柄になるのでブレイズリ伯爵の許可など必要としていませんが?」
「……な」
「ついでに言わせてもらいますが、先程の王宮内の人員整理。まさか、ピンク色とは接触した事は無いから、自分は無関係だなんて思っていませんよね?」
「!?」
お父様の顔色がサーっと分かりやすく変わった。
「何も人員整理は、ピンク色に誘惑された人物だけに行うものではないのですよ?」
「な…………に?」
「まさか、ブレイズリ伯爵。娘だったクロエにあれだけの仕打ちをしておいて、なんのお咎めが無いとでも思ってましたか?」
「……っっっ」
「まぁ、それでなくても、今後の社交界でのあなたは針のむしろ……風当たりは相当強いものとなるでしょうが」
「~~っっ」
「ははは、これからが楽しみですね?」
殿下はまた黒い顔して笑っている。
これからの自分を想像したのか、元お父様は顔を赤くしたり青くしたり……とにかく悔しがっている様子は伝わるものの言葉は返せないでいた。
処罰……あれだけ公に暴力の事をバラされたのだから当然だ。無罪放免となるはずがない!
「さあ、早く、どうぞ?」
「……」
「クロエはブレイズリ伯爵家とは無関係の人間だと宣言してください」
「……くっ!」
ニコニコニコニコ……
殿下の笑顔の圧がすごい。
元お父様は顔を俯ける。そして、ボソボソととても小さな声で言った。
「……そ、そちらにいる令嬢は……わ、我が家……ブレイズリ伯爵家とは……」
間に……チッとかクッという言葉が聞こえる。
どうやら、大事な大事な“道具”を失うことが凄く嫌みたい。
「も、もう無関係……で、す……」
(───言った!)
かなり渋ったからここまでがすごく長かったけれどそれでも、何とか言い切ってくれた。
「その言葉に偽りは無いな?」
「……はい」
元お父様は項垂れながらも頷いていた。
「……ブレイズリ伯爵への処罰は追って伝える。それまでは大人しく待っていろ」
「…………」
殿下と元お父様のやり取りを見ながら、実感する。
これで、ようやく私は本当に自由になったんだわ!
令嬢の身分に未練なんて無いし……
惜しくもないと思ったその時、グレイ様の告白を思い出した。
(そうだわ……私、愛の告白されて浮かれていたけれど)
貴族令嬢ではなくなる私は、殿下の隣には立てないと思っていたんだった……
だから、気持ちだけを伝えるつもりでいたのに。
まさかの両想いにすっかり浮かれてしまっていたわ。
「……クロエ。お疲れ様。これで、君は本当に自由だ」
「!」
私の隣にいた殿下がそっと私を抱きしめようとする。
私はハッとして慌ててそれを止めた。
「ダ、ダメです……」
「駄目? なぜ? どうして急に……」
殿下が困ったような顔で私を見つめる。
「わ、私はたった今をもって、へ、平民になったので……“殿下”とは釣り合いが取れま……」
「クロエ!」
「え? え、え?」
殿下が声を荒らげたと思ったら、そのまま私を横抱きにする。
私は何が起きたのか分からず、ひたすら動揺していた。
「レイズン! アビゲイル! この場を後は任せていいだろうか?」
「承知しました、兄上」
「グレイソン殿下? お分かりだとは思いますけれど……クロエ様を泣かせないでくださいませね?」
「わ、分かっている……」
アビゲイル様が氷の微笑を浮かべてそんな事を言ったものだから、殿下は少しだけ体を震わせていた。
そんな事より、今のこの状況よ!!
「で、殿下、お、降ろし……」
「“グレイ”だと言っただろう? 私はクロエにそう呼んで欲しい!」
「……」
「私がそう呼ぶ許可を与えたのはクロエだけだ!」
「なっ……」
殿下はそう強く言いながら、私を抱えたまま会場の外に繋がる扉の前に到着した。
(え? どこに行くつもりなの!?)
このグレイソン殿下の行動には私だけでなく会場内の人たちも唖然としている。
「ど、どこに行かれる、のですか!?」
「そんなの決まっている。二人っきりになれる所だ!」
「ふたっ!?」
「────覚悟しろ、クロエ」
(───か、覚悟!?)
そんな物騒な事を口にした殿下は、私を抱えたまま堂々と会場の外に飛び出した。
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