20 / 53
第20話 手紙
いざ、読むわよ……
となったところでピタッと私の動きが止まる。
(これ、本物のエミール殿下からの手紙……なのよね?)
ついつい、疑ってかかってしまいそうになった。
「あ、でも……きっと本物のジュラール殿下から、私が入れ替わりに気付いていたことは、もう話を聞いているはずよね……?」
だから、ちゃんと本当の自分である“エミール”の名前で私に手紙を書いたのだと思った。
しかし……
「……あら?」
なぜか、その手紙の書き出しは“初めまして”だった。
「初めまして!? ───律儀! エミール殿下、律儀すぎるわよ!?」
ついつい手紙に突っ込みを入れてしまう。もうお互い分かっていることなのにまさか、ここに来て初めましてだなんて。
「こんなにも律儀で優しい性格の人が……」
ダーヴィット様を殴り、しかも騎士団長に弟子入りして身体を鍛え始めただなんてどんな心境の変化があったというのかしら?
「いったい殿下に何が───……って、ハッ! ま、まさか、人を殴ることに快感を覚えてしまった……?」
次に彼と会う時……名目上の初めてのエミール殿下との対面となるであろうその時、面影を残さないくらいムキムキになっていたらどうしましょう……? お祖母様は大喜びするでしょうけど。
私は吹き出さずにいられるかしら?
でも、もう入れ替わりは出来なくなるわよねーー……構わないのかしら?
そんなことを思いながら手紙を読み進める。
「……うん?」
その先も読み進めると、どうやらエミール殿下は“初めまして”をとことん貫くつもりらしい。
他人行儀な言葉が続いていた。
───突然の手紙をお許しください。ジュラールから、貴女が置かれている状況の話を聞いて居ても立ってもいられずこうして筆をとりました。
「いやいや……ジュラール殿下……ではなくあなたが直接その話、聞いているわよ?」
無駄なことだと分かっていても、やはり突っ込まずにはいられない。
───あなたはダーヴィットに酷いことを言われたのに、気丈に振舞っているとも聞きました。そんなあなたの助けに僕もなりたいと思っています。
「……殿下、嬉しいわ。でも、これあなた(たち?)の作り上げた“エミール殿下”という人間が完全に崩壊しているわよ? ……どこにも“奔放な性格”が感じられないもの……」
───僕のことについては、よくない面も含めて色々と耳にしているとは思いますが───……
───そんな貴女の力になれるよう、マーギュリー侯爵にとあるリストをお渡ししました。
これは、ジュラールから話を聞いた後に僕が独自で調べたものです。
「……もう! 分かったわよ! 手紙でもその“設定”に付き合えばいいのね!? それなら、私も初対面の振りをして返事を書きますからね!?」
まさか、ジュラールが“大事な話”を伝え忘れているなどと思ってもいない私は、プンプンしながら筆を手に取る。
「全く! ……ここはもうとことん開き直ってしまって、訳あってジュラールの振りをしていたエミールです、で始めてくれればいいのに!」
(こんな他人行儀な手紙は寂しいじゃない……)
それでも、ようやく“エミール殿下”と自分の間に繋がりが出来たことに胸が温かくなる。
(どうして私はこんなに嬉しいと思っているのかしら?)
チラッと私はお父様から預かったリストに視線を向ける。
このリストは公爵家を潰すのには欠かせない情報がたくさん書かれていた。
お父様のことだから、これをうまく活用して下っ端を捻り潰してくれるに違いない。
そうして、じわじわと公爵家もろともダーヴィット様を追い詰めることが出来る……
(だけど、これだけの情報……)
「……もしかして、パーティーの日に、ダーヴィット様のあの話を一緒に聞いた後から調べてくれていたの? 力になると言ってくれていた、し……」
そう思ったら私の胸がトクンッと高鳴る。
(……また!)
エミール殿下が絡むと私の胸はいつもおかしい。
ドキドキしたりトクンッと高鳴ったり……
「……本当に調子が狂うわ」
そんなことを思いながら、私も“初めまして”の返事を書いた。
◆◆◆
「ジュラール! 見てくれ! マーギュリー侯爵令嬢から手紙が……返事が届いた!」
「お、おう……」
(破壊級のキラキラな笑顔だ……)
ジュラールは、こんなに嬉しそうなエミールの姿を見るのは何年ぶりだろうかと驚いた。
昔はこんな風に明るく笑っていたエミールは、いつしか自分たちに向けれられる視線……その意味や裏で起きていることを理解すると苦悩し始めた。
そしてある日───
『───僕がバカになればいいんだよね?』
『は? エミール……? 何を言っているんだ!』
『第二王子は阿呆過ぎて将来の王としては無能──そう周囲に思わせられればこのゴタゴタは解決するかなって』
『……なっ! 待て、それだとエミールの評判が……』
自分だけが評判を上げて弟だけを犠牲にするのは違うだろう!?
そう思って反論しようとしたけれど──
『別に構わないよ。それに、その方が不穏な考えを持ってる人たちも炙り出せると思わない?』
『不穏なって』
『“無能”な僕……第二王子を傀儡の王にして後ろから操ろうと企む者とかね』
『エミール……』
実際、僕たちがそれぞれの“役割”を演じ始めると、急にエミールへと近付く者、自分の娘を婚約者にと進める者たちが増えた。
『この人たちの汚職事情を明らかにして、ジュラールの名前で処分すれば、ジュラールの評判も上がるよね?』
『なぁ、少しはお前の功績にしても……』
ジュラールが何度申し出てもエミールは決して頷かなかった。
むしろ、にこにこした顔でこんなことを言っていた。
『だって僕は王位に興味が無いんだよ。だから、乗せられても困る。僕はジュラールの治世をそばで支えて働きながら妻や子供とのんびり過ごすのが夢なんだ』
『えぇー……』
エミールらしい夢だが、そこには問題が一つ。
『人のことは言えないが、お前に近付いてくる令嬢は、お妃狙いのギラギラした令嬢ばかりだと思うが?』
『ははは、そうなんだよねー……』
エミールもがっくり肩を落としていた
とてもじゃないが、のんびり過ごすことに納得してくれるような令嬢はなかなかいないだろう。
自分の令嬢としての地位の向上のため、家のため……“エミール”の気持ちなど考えずに王位を狙えと炊きつけようとする令嬢ばかりだ。
誰も僕たちのことなど見ていない。
(実際、僕たちが入れ替わっていても誰一人気付きもしない……)
自分がエミールを演じる機会は殆どなく、圧倒的にエミールが“ジュラール”を演じることが多い。
そんな日々が続いたせいか、エミールはいつしか“妻や子供とのんびり過ごしたい”ということは口にしなくなっていた。
(いつかエミールの“真実”を分かってくれる令嬢が現れたらいいのに──)
僕はそう願わずにはいられなかった。
「綺麗な字だなぁ……これ一日中眺めていられる気がする」
エミールは手紙に書かれた自分への宛名の字を見つめてうっとりしている。
「エミール! 早く中を読め! 中身の方が大事だろう!」
「ん? あ……」
そう言って嬉しそうにいそいそとエミールはようやく封筒を開けた。
その頬は赤く、口元も緩みっぱなし。もはやその様子はどこからどう見てもただの恋する乙女───……
「良かった……突然の手紙だったのに、嫌悪感は抱かれていないみたいだ」
「それは良かったな」
「この先も、ダーヴィット情報を送るので手紙を書いてもいいですか? と訊ねていたのだけど“よろしくお願いします”だって!」
「お、おう……」
ジュラールはこれで二人がどうにか繋がりを持てそうでホッとしていた。
そんなエミールは手紙を嬉しそうに抱きしめている。
「ああ、すぐに返事を書かなくては……なぁ、ジュラール。女性はどんな話題を好むのかな?」
「僕に聞くな!」
未だに婚約者のいない自分に聞かれても困る! と、ジュラールは思った。
「あ! 今、ムキムキになろうと騎士団長に弟子入りしてますって書いたらどんな反応するかな?」
「───ドン引くだろ! ……普通の令嬢なら………………だが」
「普通の……」
「……ああ、普通なら」
二人は顔を見合せて互いに思った。
(あのマーギュリー侯爵令嬢なら、喜ぶ気が……する……なんとなく)
────こうして、第二王子エミールとマーギュリー侯爵令嬢フィオナの、一応情報交換という名目のついた文通が始まった。
あなたにおすすめの小説
【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?
鳴宮野々花
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。
そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ……
※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。
※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。
※この作品は小説家になろうにも投稿しています。
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む
綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」
婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からなくなっていました。
婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過
2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過
2022/02/15 小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位
2022/02/12 完結
2021/11/30 小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位
2021/11/29 アルファポリス HOT2位
2021/12/03 カクヨム 恋愛(週間)6位
婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。
ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。
こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。
(本編、番外編、完結しました)
平民の方が好きと言われた私は、あなたを愛することをやめました
天宮有
恋愛
公爵令嬢の私ルーナは、婚約者ラドン王子に「お前より平民の方が好きだ」と言われてしまう。
平民を新しい婚約者にするため、ラドン王子は私から婚約破棄を言い渡して欲しいようだ。
家族もラドン王子の酷さから納得して、言うとおり私の方から婚約を破棄した。
愛することをやめた結果、ラドン王子は後悔することとなる。
「嫌われ者の公爵令嬢は神の愛し子でした。愛し子を追放したら国が傾いた!? 今更助けてと言われても知りません」連載版
まほりろ
恋愛
公爵令嬢のアデリナ・ブラウフォードの人生は実母の死後大きく変わった。
公爵は妻の葬儀が終わって間をあけず再婚。公爵と後妻の間には、再婚前に作った子供までいた。
アデリナは継母と異母妹に私物を奪われ、「離れ」と名ばかりの小屋に押し込められる。
腹違いの妹はアデリナを悪者に仕立て、周囲はそれを信じた。
本来ならアデリナの味方にならなくてはならない婚約者の王太子も、異母妹の魅力に骨抜きにされ全く頼りにならない。
学園の教師も、生徒も、生徒の保護者も王太子と異母妹の味方だ。
そんなアデリナにも唯一の味方がいる。それはトカゲのクヴェル。クヴェルは美少年に変身し、家事も炊事も裁縫も完璧にこなす不思議な存在だ。
実はクヴェルはこの国の建国に携わる水竜で、アデリナは三百年前に水竜を救った初代女王の生まれ変わりだったのだ。
アデリナを蔑ろにする国に嫌気がさしたクヴェルは、アデリナを連れて旅に出る。
神に去られた国は徐々に荒廃していき……。
一方その頃、祖国の荒廃を知らないアデリナはクヴェルとのグルメ旅を満喫していた。
「ん~~! このアップルパイは絶品! 紅茶も美味しい!!」
・人外×人間、竜×人間。
・短編版は小説家になろう、pixivにもアップしています。
・長編版を小説家になろうにも投稿しています。小説家になろう先行投稿。
「Copyright(C)2025-まほりろ」
※タイトル変更しました(2025/05/06)
✕「卒業パーティーで王太子から婚約破棄された公爵令嬢、親友のトカゲを連れて旅に出る〜私が国を出たあと井戸も湖も枯れたそうですが知りません」
✕「嫌われ者の公爵令嬢は国外追放を言い渡される。私が神の祝福持ちだと王家が気付いた時には国の崩壊が始まっていました」
◯新タイトル「嫌われ者の公爵令嬢は神の愛し子でした。愛し子を追放したら国が傾いた!? 今更助けてと言われても知りません」
・2025年5月16日HOTランキング2位!
ありがとうございます!
※表紙イラストは猫様からお借りしています。
あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです
じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」
アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。
金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。
私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。
【第一章完結】相手を間違えたと言われても困りますわ。返品・交換不可とさせて頂きます
との
恋愛
「結婚おめでとう」 婚約者と義妹に、笑顔で手を振るリディア。
(さて、さっさと逃げ出すわよ)
公爵夫人になりたかったらしい義妹が、代わりに結婚してくれたのはリディアにとっては嬉しい誤算だった。
リディアは自分が立ち上げた商会ごと逃げ出し、新しい商売を立ち上げようと張り切ります。
どこへ行っても何かしらやらかしてしまうリディアのお陰で、秘書のセオ達と侍女のマーサはハラハラしまくり。
結婚を申し込まれても・・
「困った事になったわね。在地剰余の話、しにくくなっちゃった」
「「はあ? そこ?」」
ーーーーーー
設定かなりゆるゆる?
第一章完結