27 / 53
第26話 婚約解消を願い出たら
しおりを挟む──────……
「───ダーヴィット様。私との婚約は解消してくださいませ」
「……!?」
私がそう告げると、目の前のダーヴィット様は声も出さずにポカンとした間抜けな顔を私に向けた。
「……」
私はじっと彼の顔を見る。
にゃんこさんJrによる攻撃のおかげで、最近はめっきり訪問回数が減っていたので彼の顔を見るのは久しぶりだった。
(殿下に殴られた傷もすっかり癒えたようね)
───まあ、本日そこに私が上書きをして差し上げるつもりですけどね!
「…………フィオナ? な、何を言っている、んだ?」
ようやく、口を開いたダーヴィット様。
事態を飲み込めていないせいか、どことなく声が震えている。
「何ってそのままの言葉の意味ですけれど? あ、ごめんなさい。聞こえなかったんですね? それではもう一度言わせていただきます、ダーヴィット様、私との婚約は──……」
「まー、待て待て待て! 違う! そうではないっ!」
ダーヴィット様が慌てて止めに入る。
私はムッとして訊ねる。
「どうして止めるのですか?」
「こんなの止めるだろう! “愛する婚約者”から婚約を解消したいなどと言われているんだぞ!」
「!」
ゾワッ
その言葉のせいで全身に鳥肌が立った。
(───愛する婚約者……ですって?)
「おい、フィオナ? なんでそんな顔を……」
「……」
「ああ、そうか! さっきも言っていた、くるくる髪の女へのヤキモチが今も続いているんだな? それで婚約解消なんてものをチラつかせて俺の心を取り戻そうとしたのか!」
私の態度に怪訝そうな表情をしたダーヴィット様だったけれど、すぐに勝手にひとりでポジティブな解釈に切り替えていた。
そのあまりの気持ち悪さに耐えられず、私は隠し持っていた一つの手紙をそっと取り出す。
(これはさっさと話を進めるに限る!)
「───“ダーヴィット様は、フィオナ様では物足りないそうですわ”“ですから、私が代わりにいつもお慰めさせていただいておりますの”」
「…………は? フィオナ? お前は何を読んでいるんだ……?」
ダーヴィット様が不思議そうに首を傾げる。
だけど、どことなく嫌な予感がしているのかその表情はやや固い。
私はフフっと笑った。
「何をってトゥスクル伯爵令嬢から私宛に届いたお手紙ですけど、読まれます?」
「よ……いや、て、手紙だと!?」
ダーヴィット様がクワッと大きく目を見開いた。
「ええ。それでは続きを読みますね……えぇと、“フィオナ様はご存知ないかと思いますが、ベッドでのダーヴィット様はいつだって情熱的で愛をたくさん囁──”」
「わーーーーー! 待て待て待て待て!」
ダーヴィット様が真っ青な顔で止めに入り、私から手紙を奪い取ろうとする。
私はそれを避けながら訊ねる。
「どうして止めに入るのですか?」
「いや、だってこれは……あ、あああ、そそそ、そうか! フィオナはお、俺の知らないところで、こ、こういった、い、嫌がらせをされていたのか……いたんだな!?」
「嫌がらせですか?」
今度は何の話かと私は眉をひそめる。
「そ、そうだ! 俺と親密な様子のデタラメな内容を書いた手紙を婚約者のフィオナに送り付けるという、あ、悪質な嫌がらせだ! ゆ、許せん!」
そう語るダーヴィット様は汗はダラダラで目が泳ぎまくっている。
もはや全身で“何か疚しいことがあります”と、語っているようなものなのに、それでもこの手紙の内容は認めずデタラメなのだと言い張ろうとする。
(なんて見苦しいの……)
「……でも、他の令嬢とデートはされたのですよね?」
「さ、さっきも言っただろう? で、出かけただけだ! だから、その手紙に書かれているベッドで云々は……そ、その令嬢のも、も、妄想だ!」
「へぇ……妄想……ですか」
「ああ! 妄想が激しくてしつこくて困った女性なんだよ! 俺も仕方なく嫌々付き合っているんだ!」
ダーヴィット様はすごい勢いで大きく首を縦に振りながら頷いた。
(……ふふ)
同時に私は隣の部屋から聞こえて来た、とある音に思わず笑をこぼす。
「───そう仕方なく……ですか。ありがとうございます」
私がお礼を言うとダーヴィット様は、ん? と不思議そうに首を傾げた。
だけど、これで私の機嫌が戻ったと勘違いしたのか、より一層被害者ぶって饒舌に喋り始めた。
「──とにかく、す、すまなかった。俺の婚約者というだけで……まさかフィオナがそんな嫌がらせをされていたなんて……俺は何も知らず……くっ」
「……」
悔しそうに俯くダーヴィット様だけれど、モテる男は辛い、と言っているパフォーマンスにしか見えない。
私は肩を竦めた。
(自意識過剰にも程があるわーーー……)
「そ、そうか。だから、フィオナは俺との婚約を解消したいだなんて言いたくなるほど思い詰めてしまったんだな?」
「……」
「これは嵌められたんだ! 誤解なんだよ、フィオナ。俺にはずっと君だけなんだ…………そうだ! そんなに不安ならこれから、君の部屋に行って二人っきりで過ごして愛の証明を………………ん?」
ダーヴィット様はそう言いながら、私に腕を伸ばして抱きしめようとして来た。
あまりにも気持ち悪かったので、すっと身体を動かして避けてさり気なく机に近づく。
「フィ……オナ?」
間抜けにも宙を抱いて空振りをしたダーヴィット様が戸惑いの目を私に向ける。
目が合った私は、にっこり微笑んで机の上に重ねられている紙の山の中から一枚取り出して読み上げた。
「───“こんなに高価な物を買ってもらっても良いのかしら?”“構わないさ。どうせ家の金だし”“嬉しいわ! でも婚約者の方はいいの?”“平気さ。あいつは薔薇の花を贈っておくくらいで充分な平凡な女だからな”」
「───!?!?!?」
「こちらは、とある子爵令嬢とダーヴィット様がデートしていた時の会話なんですって。心当たりございます?」
ダーヴィット様は呆然と私を見るだけで答えない。
仕方が無いので次の紙を手に取る。
「“私とこんなことして婚約者の方はよろしいの?”“ああ。あいつは何も知らない。それで俺に愛されていると思っている頭のおめでたい女だよ。俺には君が一番だ”“もう、それ……何人に言っているの?”“ははは、もちろん、君だけだ”───これは、侯爵令嬢とデートしながらこっそり路地裏でキスを交わした時の言葉ですか……」
「──んなっ!?!?」
ダーヴィット様が顎が外れそうなくらい口をあんぐり開けて私のことを凝視している。
「薔薇の花を贈っておくくらいで充分な平凡な女、愛されていると思っている頭のおめでたい女……これって全部、私のことですわよね?」
「……」
「それなのに、先程は私のことを愛する婚約者だなんて口にされていて……ねぇ、ダーヴィット様? いったいどれがあなたの本当なのかしら?」
「────っ」
私はにっこり微笑んで、彼からの答えを待った。
190
あなたにおすすめの小説
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜
野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。
しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。
義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。
度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。
そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて?
※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。
お妃候補を辞退したら、初恋の相手に溺愛されました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のフランソアは、王太子殿下でもあるジェーンの為、お妃候補に名乗りを上げ、5年もの間、親元を離れ王宮で生活してきた。同じくお妃候補の令嬢からは嫌味を言われ、厳しい王妃教育にも耐えてきた。他のお妃候補と楽しく過ごすジェーンを見て、胸を痛める事も日常茶飯事だ。
それでもフランソアは
“僕が愛しているのはフランソアただ1人だ。だからどうか今は耐えてくれ”
というジェーンの言葉を糧に、必死に日々を過ごしていた。婚約者が正式に決まれば、ジェーン様は私だけを愛してくれる!そう信じて。
そんな中、急遽一夫多妻制にするとの発表があったのだ。
聞けばジェーンの強い希望で実現されたらしい。自分だけを愛してくれていると信じていたフランソアは、その言葉に絶望し、お妃候補を辞退する事を決意。
父親に連れられ、5年ぶりに戻った懐かしい我が家。そこで待っていたのは、初恋の相手でもある侯爵令息のデイズだった。
聞けば1年ほど前に、フランソアの家の養子になったとの事。戸惑うフランソアに対し、デイズは…
前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。
婚約者の命令で外れない仮面を着けた私は婚約破棄を受けたから、仮面を外すことにしました
天宮有
恋愛
婚約者バルターに魔法が上達すると言われて、伯爵令嬢の私シエルは顔の半分が隠れる仮面を着けることとなっていた。
魔法は上達するけど仮面は外れず、私達は魔法学園に入学する。
仮面のせいで周囲から恐れられていた私は、バルターから婚約破棄を受けてしまう。
その後、私を恐れていなかった伯爵令息のロランが、仮面の外し方を教えてくれる。
仮面を外しても魔法の実力はそのままで、私の評判が大きく変わることとなっていた。
訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果
柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。
彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。
しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」
逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。
あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。
しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。
気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……?
虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。
※小説家になろうに重複投稿しています。
学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜
織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。
侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。
学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる