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第28話 浮気者婚約者の迎える修羅場
しおりを挟む隣の部屋は元々、この部屋の話が聞こえる場所ではあるけれど、興奮していたダーヴィット様の声はとても大きかったから。
だから、しっかり聞こえていたはず─────……
「……な! なんへ……」
扉が開いて部屋の中に入って来た“彼女たち”を見たダーヴィット様の顔色が真っ青になった。
その表情が信じられないものを見た! そう言っている。
「なんへ……ここひ……ひる?」
「……フィオナ様に、どうしてもどうしても本日、来て欲しいと脅さ……た、頼まれまして」
「…………わ、私もです」
私に殴られ、さらに踏み潰された痛みから動けず、顔だけを上げて呆然と呟くダーヴィット様に向かって彼女たちはそう言った。
「ひょんひゃ! ま、まさか、おれのはなひを……」
「───全部……聞きました、わ」
くるくる髪が特徴の───そう。ダーヴィット様のお気に入りのトゥスクル伯爵令嬢が声を震わせながらそう答えた。
「……っっ!」
「───どうやら私はあなたにとっては──妄想が激しくてしつこくて困った女性なんだよ! 俺も仕方なく嫌々付き合っているんだ! という存在なんですねぇ?」
「ひぃっ! ま、まへ……そへは、ち、違うっ!!」
「違う? ですが、ダーヴィット様は先程、確かにそう口にしていましたよ?」
「……くっ!」
一生懸命否定しようとするダーヴィット様だけど、もちろん彼女はばっちりここまでの会話を聞いている。
なので、言い訳をしようとすればするほど、どんどん見苦しくなっていく。
「私もショックですわ」
「あっ……」
次に口を開いたのは、ダーヴィット様とデートして路地裏でキスをしていた侯爵令嬢。
彼女は私がダーヴィット様と婚約してすぐの頃にお茶会を開いては、ネチッとした攻撃を仕掛けて来た令嬢だ。
「……もしや、とは思っていましたけど……やっぱり私だけでは無かったんですのね?」
「ち、違っ……」
「───違ってなどおりませんわ! この耳でしかと聞きました────嘘つき!」
「ひっ!?」
怒りの形相でダーヴィット様に近付いた侯爵令嬢がぶんっと手を振り上げる。
「ま、まへ! はなせはわかふ!」
「分かるわけないでしょう───────!!」
───パシンッ
そして、その振り上げられた手による綺麗なダーヴィット様への平手打ちが決まった。
「い、いひゃっ……!」
(あら……気持ちいい音がしたわ! やるわね!)
しかも、どうやら彼女の長く伸びた爪がいい具合に当たったのか、ダーヴィット様の頬には赤い筋が入っているのが見えた。
「……妄想……妄想女。迷惑な……酷い…………酷いわっっ! 最低よーー!」
「ひぇっ!?」
そう言ってやはりこちらの令嬢も鬼の形相でダーヴィット様の元に近付いていく。
そして、くるくる髪令嬢は、鼻血を垂れ流しながら頬を腫らし平手打ちまで喰らったばかりのボロボロのダーヴィット様に向かってトドメとばかりに言い放つ。
「プッ、その顔────ダサッ! とーーっても、ダサくてカッコ悪いですわ」
「んなっ……!?」
(お気に入りの令嬢からの)その言葉によるダメージはかなり大きかったようで、ダーヴィット様がこの世の終わりのような表情でぐったりする。
「そして、ダーヴィット様? あなたはいったいどれだけの令嬢と関係があるんですか?」
「……それは私も聞きたいですわねぇ……」
「───ひぃっ!?」
生気を失いボロボロ状態のダーヴィット様に二人が怒りの形相のまま更に迫った。
「先程、子爵令嬢の話も出ていましたわ」
「つまり、身分問わずということですわね?」
「……」
「……」
二人の令嬢は顔を見合わせる。
「───これは、フィオナ様に他の令嬢の情報もいただいて早急に全員での話し合いが必要ではないかしら? ねぇ? トゥスクル伯爵令嬢?」
「そうですね、全員の目の前で、ダーヴィット様が何を語るか楽しみです」
「とっても素敵な集まりになりそうですわね。私が責任をもって全員を集めてみせましょう!」
「……あ、ぅあっ……?」
ダーヴィット様は、自分がこれまで手を出した令嬢の数を考えて想像してしまったのか、涙目になりガタガタと震えていた。
それは、かなりの人数になるけれど、侯爵家の令嬢である彼女ならやり遂げるだろう。
(ふふ───ダーヴィット様? 女性はね、怒らすと怖いんですよーー?)
そんな彼女たちにメタメタにやられ続けるダーヴィット様を少し離れた所で見ながら、私は計画が上手くいったことに安堵した。
ダーヴィット様の浮気調査で、トゥスクル伯爵令嬢がかなりのお気に入りなのはすぐに分かっていた。そして、その次に頻度が高かったのがこちらの侯爵令嬢。
ダーヴィット様を物理的にボコボコにするのは、私が自らの手で行うと決めた。
でも、精神的にボコボコにするためには、私だけの力では足りないと思った。
(───そういうわけで、お気に入りのお二人をご用意させていただきました!)
“ダーヴィット様は素敵な方よ! そんなことを言って私にダーヴィット様を諦めさせるつもりなのね!? 酷いわ!”
なんてことを各々言い出した二人をそれぞれこの場に連れてくるのは、なかなか骨が折れたけれど、拳を見せて脅したらなんとか上手くいったので本当に良かったわ。
「……フィオナ」
「──大丈夫?」
「お祖父様! お祖母様!」
私が絶賛修羅場中の三人を眺めていたら、お祖父様とお祖母様が現れた。
二人にはダーヴィット様の話を聞いてその場で暴れ出すかもしれない彼女たちを抑えるために、隣の部屋で彼女たちと待機してもらっていた。
「フィオナと浮気鼻血小僧の話を聞きながら、彼女たちは既に怒り狂っておったが……」
「ええ、ですから、今はあのような形になっておりますわ」
修羅場中の三人を見てお祖母様がはしゃいだ声を上げる。
「まあ! すごいわ。まるで物語のような修羅場ね~」
「そうだな。確か……あの本の第八巻の168ページ辺りに、お姫様にしつこく言い寄っていたろくでなし男がこのような修羅場を迎えるというシーンがあったな、リア」
「ええ、あったわね!」
二人は、いい笑顔でお祖母様の世の中の全乙女が胸キュンするあの愛読書の話をしている。
巻数とページ数までサラッと出て来るお祖父様の読み込みっぷりに私は内心で驚いた。
「……それはそれとして、フィオナ。私もあの浮気小僧を殺……ボコボコにしたいのだが?」
お祖父様が自慢の筋肉の出番がなかったことを残念そうに言った。
私はそっと微笑む。
「いいえ、お祖父様、ご安心を。まだ、(その筋肉の)出番はありますから」
「フィオナ?」
「だって、まだ終わりではありませんので」
そう。今日の“これ”はダーヴィット様にとっては地獄の始まりでしかない。
強面大男のボブさんとにゃんこさんJrの勢いにあれだけ怯えていたダーヴィット様。
この素敵なお祖父様を見たら、腰を抜かすのは確実。
その姿は私も早くとってもとっても見てみたいけれど……
(───それは今じゃないのよ)
ダーヴィット様をボコボコにしましょう作戦はまだ終わりではないから。
なので……
「さて、一旦、今日のところは御三方にはお帰り願──……」
私がそう言いかけた時だった。
「……?」
「フィオナ? どうした?」
「急にキョロキョロしてどうかしたの?」
お祖父様とお祖母様がキョロキョロと当たりを見回し始めた私を心配する。
「ええ……ちょっと……」
(これ馬車の音……よね? ……我が家に近付いて来ているわ。それもかなり焦っている……?)
私の耳が何やら、すごーーく急いでいる様子の馬車の音を拾った。
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