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10. デート?
しおりを挟む(あれ? もしかして、これって“デート”というやつでは?)
そう思ったのは、ナタナエルに連れられて街に到着してからだった。
デ……デデデデート!
意識してしまったら一気に顔が熱くなる。
「アニエス? どうかした?」
「な……なななな何でもないわ!!」
意識していることを知られたくなくて、わたしは赤くなった顔を必死で隠そうとする。
「アニエス……」
「い、いいから行くわよ! さっさと歩かないと置いていくんだから!」
「え、アニエス、待って」
わたしがプイッと顔を逸らしてスタスタ歩き始めるとナタナエルは慌てて追いかけて来ようとする。
(───ナタナエルに顔を見られていると、全部気持ちが伝わってしまいそう!)
そんなことを思いながらとにかく何も考えずにズンズンと歩いていたわたしは、とある店の前で足を止めた。
「……あ」
「どうかした? 何かあったの?」
「……」
わたしが突然足を止めたので、ナタナエルに追いつかれる。
そして、不思議そうにわたしの視線の先を見つめた彼は「あ……!」と小さく驚きの声を上げた。
「このお店───アニエスの家のレース編みがふんだんに使われているんだね」
「そっ! …………そう、ね…………」
───そうなのよ! どうやらこのお店はかなり多用してくれているみたいなの!
なんて、ついつい子どもみたいにはしゃぎたくなってしまったわ。
わたしは慌てて口を押さえる。
でも、そんなわたしを見てナタナエルがクスッと笑ったのを感じとった。
「な、なによ、その顔は! 何か言いたそうな顔ね?」
「……」
ナタナエルはわたしを見てにこっと笑う。
「辺境伯領でもパンスロン伯爵家のレース編みは人気だったよ」
「……え?」
「そんな話が聞こえてくるたびに、俺はいつもアニエスのことを思い出していた」
「ナタナエル……」
不覚にもわたしの胸がキュンとなる。
でも、何だかものすごく悔しい。
そう思った時だった。
店の中で商品をあれこれ物色していた女性が我が家のレース編みで作った作品を手に取って購入している。
「……あ!」
「うん、売れたね?」
思わず顔が綻びそうになった所を慌てて押さえて顔を引きしめる。
でも、油断すると嬉しくてすぐに頬が緩んでしまう。
(作品を持ってくれている人を見かけることはあっても、こうして購入してくれる所は初めて目撃したかも……)
「今の彼女、とっても嬉しそうな顔をしているよ? アニエス」
「え?」
ナタナエルにそう言われて購入してくれた彼女の顔を見ると、確かに嬉しそうに笑っている。
「!」
「……アニエス。君が昔、俺に口癖のように言っていたことを覚えている?」
「口癖?」
そんなことを言われても……
わたしが眉をひそめて怪訝そうな顔をするとナタナエルは微笑みながら言った。
「───わたしが作ったレース編みでみんなに幸せな気持ちになってもらうんだから! そう言っていたよ?」
「……!」
「今の購入者の彼女、幸せそうだったね?」
「~~っ、わ、わざわざ言わなくても分かっているわよ!!」
照れて恥ずかしくなってしまい、プイッと顔を逸らすとナタナエルは声を立てて笑った。
「───わ、笑いすぎよ!」
「あはは、ごめんごめん」
「────も、もう! さっさと行くわよ! それで? ナタナエルは街でなんのお店を見たいわけ?」
ナタナエルの笑顔が直視出来なかったわたしは、こうなったらさっさとナタナエルに街を案内してしまおう、そう決めた。
「───アニエス」
「え?」
名前を呼ばれて振り返ったら、そのまま手を取られた。
そしてキュッと手を握られた。
「~~~~っっ!?」
「ほら、迷子になってしまうかもしれないからさ」
カーーッと自分の頬が熱を持っていく。
手なんて昔はよく繋いだ……はずなのに。
一瞬で負けたけど、なんなら、腕相撲大会の時にだって……
(男の人の手……だわ)
少し手荒れしている?
それにゴツゴツしていてまめも出来ている。
(そうだった……ナタナエルは騎士で強いらしくて……)
子どもの頃とは違う手の感触。
この手はナタナエルがこれまで努力して来た証───
(普段はヘラヘラしているくせに……)
きっと騎士として戦うナタナエルの姿はかっこいいに違いない。
そう思ってしまったことがまたしても悔しかった。
「ま、迷子になんてならないわよ!?」
「え?」
「バ、バカにしないで頂戴! わたしはもうそんな子どもじゃないんだから!」
悔しさと照れが一気に混ざって、またしても可愛くない言葉がわたしの口から飛び出す。
こういう時、誰からも愛されるような“愛され令嬢”なら、可愛く笑って手を握り返すのだと思う。
(無理……無理無理無理! わたしには無理!)
「えっと? アニエスがもう子どもじゃないのは知っているよ?」
「───だったら……!」
ギュッ……
ナタナエルの手の力が強くなる。
同時にわたしの胸のドキドキも強くなる。
「ナ、ナタナ……」
「それから、迷子になってしまうかもしれないのはアニエスじゃなくて俺ね?」
「…………」
(───ん?)
わたしは聞き間違い? そう思ってナタナエルの顔を見つめる。
目が合ったナタナエルはヘラッとした顔で笑うと言った。
「辺境伯領に行ってから分かったことなんだけど」
「……」
「俺、方向音痴らしいんだよね!」
「ほ……」
ナタナエルは、あははと笑って緊張感のない顔で続ける。
「皆で走り込みしていても俺だけいつも違うところに迷い込んじゃって」
「は?」
「平坦な山道を走るはずが、なぜか気付くと険しい獣道に迷い込んでいたり……」
「……は?」
「戻るのになんとなくこっちだろうな……そう思って動くと一応、不思議とちゃんと帰れるんだけど」
(はぁぁぁ?)
ナタナエルは不思議だよね、何でかなぁ? って呑気に笑っている。
「と、いうわけで迷子になりそうなのは俺! だから俺を助けると思って? アニエス!」
「…………あ……」
「あ?」
わたしはナタナエルの手を勢いよく離すと一気に彼に詰め寄った。
そして勢いよくナタナエルの肩を掴むと前後にガクガクと揺さぶる。
「あなたって人は、どこまで阿呆なのーー!?」
「へへっ」
「笑っているんじゃないわよ! あなた、わたしのことは“俺が守る”とかかっこいいことを言っておいて……それなの!?」
「アニエス。もちろん君のことは守る! そのための努力はして来た! ……でもさ、迷子だけはね……努力でどうにかなるものじゃなかったんだよ」
ナタナエルが真面目な顔でそう返して来た。
(なんってことなの!)
このフラフラヘラヘラポヤポヤ男……一人にする、ダメ、危険!
「そんなんであなた……よく、これまで生きて来れたわね!?」
「俺もそう思う」
ナタナエルがヘラッとした顔で笑う。
でも、すぐに表情を引き締める。
そして小さな声で呟いた。
「………………た、こんな俺を助けてくれて、必死に守ってくれようとした人たちがいたからね」
「え? なんて言ったの……? ま、守る?」
「うん。アニエスのお父さん───伯爵とか辺境伯は俺を守ってくれた人たち。それから……」
「……!」
わたしの心臓がドクンッと鳴る。
これは……ナタナエルの……わたしがこれまで触れられなかった話に……触れている?
「でも、アニエスだけだったんだ」
「わたし……? な、なにを?」
「アニエスは“俺”を見てくれた。遠慮なく叱って怒ってくれて、笑ってくれた……アニエスといる時だけは“ここにいていいんだ”そう思えたんだ」
「……」
なに? なんなの?
ここにいていいんだ、ですって?
この言い方ってまるで────……
「っ! ……ナタナエルっ!」
「アニエス……?」
───もう無理!
聞くのが怖い、踏み込んだらいけない気がする……
とか、そんなうだうだと言い訳して悶々と悩んでいる場合ではないわ!
───知りたい。
ナタナエルのこと……ちゃんと知りたい!
(吐かせてやる!)
そう思ったわたしはナタナエルの胸ぐらを掴む。
淑女がすることではない行動のような気がしたけれど、そんなことはどうでもよかった。
「ア、アニエス……?」
……あら、珍しい。
ナタナエルが少し狼狽えているじゃないの。
わたしはフッと小さく笑う。
「───はぐらかさないで教えて頂戴」
「え?」
「……」
そこでわたしは心を一旦落ち着かせるために軽く息を吐く。
そして顔を上げると、真っ直ぐナタナエルの目を見て言った。
「ナタナエル。あなたは……いったい何者なの?」
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