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11. 彼の事情
しおりを挟む「な、何者って……? どうしたの? アニエス。俺は……」
「……!」
はぐらかされそうな気配を感じたわたしは、グッと力を強める。
(はぐらかさないで頂戴と言ったのに!)
わたしはいつもより強めに睨んで彼の名を呼んだ。
「───ナタナエル!」
「……は、はいっ!」
子どもの頃のわたしたちの関係を思い出したのか、ナタナエルがピシッと背筋を伸ばす。
そのことについ吹き出しそうになったけれど、わたしは何とか耐えた。
「わたしは、ナタナエルのことが知りたいの!」
「……アニエス」
「もう、何も知らされないで置いていかれるのは嫌なのよ!」
「……アニエス」
今度はポカポカとナタナエルの胸を叩く。
目にはじんわり涙も浮かんでくる。
泣き落としなんてわたしが最も嫌う方法。
それでも……
「ア、アニエス!」
「!」
それは興奮するわたしを落ち着かせようとしただけだったのかもしれない。
けれど、ナタナエルは胸を叩くわたしの手を止めさせるとそのままギュッと抱きしめてきた。
その温かさに胸がキュンとした。
「…………昔のことはいくらでも謝るから……でもさ、今は落ち着いて?」
「っ! ……あなたねっ! この期に及んで……」
「いや、うん。だってここではちょっと…………ほら、街中だし」
ナタナエルの苦笑混じりのその声にわたしはハッとする。
「~~っ!」
「今はカップルの痴話喧嘩みたいに思われているみたいだけど、アニエスもここでこれ以上、大きな声を上げるのは、恥ず……」
(カップルの痴話喧嘩!)
そう言われて、今のわたしたちが周りからどう見える状態なのかを自覚してしまい、ぶわぁぁ……と頬が熱くなる。
「わわわわわたしたち……そ、そそそそそんなんじゃないのに!」
「……アニエス」
ナタナエルが小さく笑った気配がした。
そっと身体を離したと思ったら手を取られる。
「とりあえず、ここは離れようか」
「……」
そう言われてわたしは無言で頷いた。
─────
わたしたちは馬車に乗り込むと、まっすぐ屋敷には戻らずに適当に近くをぐるっと走らせることにした。
どこかの店に入って話し合うことも検討したけれど、またわたしがいつどう興奮するか分からないから、話すならここの方がいいという結論に至った。
「……」
(冷静になったら、また恥ずかしくなってきたわ……)
わたしは無言のまま向かい側に腰を下ろしたナタナエルをチラッと盗み見る。
ナタナエルも無言のまま、窓の外をじっと見ていた。
(ああ……憎たらしいくらい整った綺麗な顔!)
昔は女の子みたいに可愛かったのに、男の人に成長した今は……かっ……こ……
「……アニエス? 俺の顔に何か付いている?」
「!」
そんな昔のナタナエルを思い出しつつ、ついつい見惚れていたら、いつの間にか視線をこちらにを向けていたナタナエルに話しかけられる。
ドキンッと心臓が跳ねた。
(その顔に見惚れていた、なんて言いたくない!)
わたしは心を落ち着けてからそっと顔を上げる。
目が合った彼は少し寂しそうに笑った。
「ごめん、アニエス」
「───それは何に対する謝罪かしら」
わたしが冷ややかな視線で睨むと、ナタナエルは少し考える様子を見せてから口を開く。
「……色々?」
「そう……」
わたしは、ふぅ……と内心で息を吐く。
この調子だとなんだかんだ結局、話してもらえずにはぐらかされてしまうのかも。
下を向いて唇を噛みながら、そう思った時だった。
「────フォルタン」
「……え?」
わたしは慌てて顔を上げる。
「ナタナエル・フォルタン……それが俺の名前だよ」
「え……フ、フォルタンって…………こ、侯爵家、よね?」
聞き返している自分の声が震えているのが分かる。
(ま、まさかの侯爵家の令息───!?)
え、ど、どうしよう!
わたし……これまで散々……え、ナタナエルへの態度……うっ……?
まさかの事態に頭の中が混乱する。
なにより、こんなにあっさり教えてくれるなんて思わなかった。
「……すこいな、アニエスは家名を聞いてすぐに分かるんだ?」
「バカにしてるの? すぐに分かるわよ! だってフォルタン侯爵家は……」
「あ、うん。そうだね。今度即位する王弟殿下の最側近……腹心の家だからね」
「───そうよ」
フルール様に潰された現王家に変わって即位することになっている王弟殿下。
彼の治世になって果たしてどの家が重用されるのかは今、最も国民にとっての大きな関心事の一つ。
(ナタナエル……とんでもないお坊ちゃまだったわ……!)
そう思った時、あれ? と思った。
何かがわたしの胸に引っかかる。
フォルタン侯爵家、フォルタン侯爵家……
違和感の正体を探ろうと頭の中で社交界で入手した情報を必死に思い出す。
「あ、でも、確かフォルタン侯爵家は男兄弟で嫡男はすでに……」
「アニエス本当に詳しいね? ……うん。だから俺は爵位を持たない“弟”だよ」
「弟……」
だから、フラフラしているのか……
などと失礼なことが先に頭に浮かんで来てしまい、感じた疑問が吹き飛んでしまう。
(わたし……何を疑問に思ったんだっけ?)
とりあえず、先に感じた疑問は置いておくとして別の質問をぶつけてみる。
だって、今フラフラする以前にナタナエルは子どもの頃に家を出ているのだから!
「なら、なんでナタナエルは我が家に預けられたの?」
「え? “父さん”とパンスロン伯爵が古くからの友人だから───って、アニエスはそういうことを聞きたいんじゃないんだね? ──うん」
「……」
もう、驚かないわよ?
ナタナエルはわたしの睨みひとつで完璧に言いたいことを察していた。
(わたしが聞きたいのは、ナタナエルが家を出なくてはいけなかった事情の方よーー!)
やっぱり、よくある兄弟間の跡継ぎ問題?
そんなことを考えていたら、ナタナエルが少し寂しそうに笑った。
「……俺は、厄介者扱いされていて……フォルタン侯爵家に居られなくなっちゃったからだね」
「え? や……厄介者?」
わたしの声が上擦ってしまう。
ナタナエルは静かに頷いた。
「特に“兄さん”にはかなり疎まれていたから……」
「……」
「“家族”が俺がいるせいで揉めるからさ……事情を聞いたパンスロン伯爵が手を差し伸べてくれたんだよね」
「……」
淡々とそう語るナタナエルが、わたしの知っていた彼とは違う雰囲気に感じたからか……
それとも、重たそうな家庭事情が裏にありそうだったからなのか……
(でも……なにかしら? この胸のモヤモヤ……)
納得したいのにすんなり納得出来ず、うまく言葉に出来ない気持ちがわたしの中に渦巻いていた。
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