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13. 自称・大親友のアドバイス

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 わたしは下を向いてフルール様の返答を待つ。
 フルール様はしばらく黙り込んで考えたあと、ようやく口を開いた。

「うーん、難しいです。だってそれ……相手との関係性にもよりますわよね?」
「……え?」

 わたしが顔を上げるとフルール様と目が合った。
 彼女は可愛い顔でにっこり微笑んだ。

「えっと……黙っているなんて酷い!  と問答無用で相手をボッコボコにはしない……のですか?」
「ボッコボコ?」

 思わずわたしがそう訊ねるとフルール様はきょとんとした顔をする。

「アニエス様は、その隠しごとをしているかもしれないご自分の大事な方をボッコボコにしたいのです?」
「え!  あ、いえ……そういうわけ……では……」

(なんとなく、フルール様がボッコボコにすると言ってくれたなら、ナタナエルを呼び出して問い詰めて責めても許される気がして……)

 ───なんて言えない。
 わたしはフルール様から目を逸らす。

「アニエス様。きっと私はその隠しごとをしている相手が家族なら、問答無用で突撃してしまいますわね、ふふ」
「……と、突撃」
「だって、家族ですもの。今さら隠しごとをするような関係ではないでしょう?」
「……」

 わたしはそっと視線をフルール様に戻す。
 フルール様は真面目な表情だった。
 突撃も冗談ではないと分かる。絶対に……やるわ。
 そんなフルール様は少し遠い目をすると、何かを思い出したかのようにふふっと笑った。

「以前、婚約者だったベルトラン様が浮気をしていたこと……家族は知っていましたのよ?  隠されていてショックでしたわ!」
「……」

(わたしも知っていた……とは言い難いわね……)

「知っていたのなら話して欲しかったな、とは思いますわ」
「……」
「でも、黙っていたのは私のことを考えてくれたからですのよ……私が傷つくことを心配してくれて。そう思うと責められませんでしたわ」

 フルール様はわたしを見てそう言うとにっこり微笑む。

「ですから、その隠しごとをしているという方のことをアニエス様が大事に思っているのなら、その方もアニエス様のことが大切なのだと思いますわ」
「え?」
「傷つけたくない、巻き込みたくない、悲しませたくない……隠す理由や事情は様々でしょうけれど」
「な……なら、向こうが話してくれる時を大人しく待てと言うのですか?」

 隠しごとをされていると分かってしまったのに?
 いつ話してくれるかも分からないのに?

 そう思ったわたしはちょっとムキになってフルール様に聞き返した。
 すると、フルール様は首を横に振る。

「そうは思いませんわ。だってやっぱり話して欲しいですもの!」
「……」
「ですが、明らかに隠しごとをしているのに話して貰えないというのは、私がその事実を受け入れられない軟弱者だと相手に思われている、ということだと思いますの」
「な、軟弱者……?」

(え?  ……なんだか、ちょっとズレてない?)

「ですから───“大丈夫!  私は話を聞いたあとショックを受けて倒れるような軟弱者ではありません”って相手に分からせてから口を割らせてみせたいですわね!」

 なんだか笑顔で怖いことを言っている気がする……

「えっと……フルール様は、自分は信頼してもらえていないんだってショックは受けないのですか?」
「アニエス様───」

 フルール様はわたしに近付くと真剣な瞳でわたしの目をじっと見る。
 近いっ!

「以前……私、誰かを信じるにはまず自分から信じなくては、と言いましたが、信頼も同じだと思いますわ」
「え?」

 そう言われて思い出す。大親友宣言された時。
 確か王子に慰謝料請求をしながら、再起不能まで叩き潰した時に言っていた。

「相手に信頼してもらいたいのなら、まず自分がその相手を信頼しないといけません」
「……!」
「話してくれない───つまり、アニエス様の信頼する心が、残念ながらまだまだ相手の方には全部、伝わっていないのかもしれませんわね」

 フルール様は、そうなると自分ならまず、その気持ちが伝わるまでどーんとこちらから相手に全力でぶつかります!
 と、笑顔でそう言い切っていた。
 なんでも行動派のフルール様らしい答えだわ、と思った。

(でも、そっか)

 ……まずは、わたしがナタナエルを信じる……信頼する……
 まだまだ深い事情がありそうなナタナエルのことだから……わたしを巻き込みたくない、そう思った?
 それに侯爵家側の事情もあるから軽々しく口には出来なかった?

「……」

 ナタナエル側の気持ちに立ってみると色々見えてくる気がした。

 全部話してくれなくて隠しごとされていた、わたしは信頼されていなかったのね?  悔しい!
 ではなくて……
 わたしには話しても大丈夫!
 そう思ってもらえるように……

 ……まずはわたしがナタナエルのことを信じなくちゃ。
 たとえ、、わたしはナタナエルのことを信じるわ。
 ──そう決めた。

「フ、フルール様っっ!」
「アニエス様?」

 わたしは、にこにこ顔のフルール様の両腕を掴む。

「あの?」
「い、いいい一度しか言わないからよく聞きなさい!」
「はい?」

 痛くならない程度にグッと腕に力を込めると、わたしはフルール様の目をじっと見つめた。

「────あ、あ、ありがとう……!」

(少し、ぶっきらぼうになってしまったけど……お礼、よ!)

「…………!!」

 フルール様が目をまん丸にして口元を押さえて震えている。
 何この反応?
 そう思って眉をひそめたらガバッと抱きついてきた。

「アニエス様ーーーー!」
「は?  ちょっと!  なんで抱きつくのですかっ!?」
「どうしましょう!  私、今すぐこの場で踊りたい気分ですわ!!!!」
「────止めて頂戴!  我が家を破壊する気ですか!?」
「まさか!  大親友の家を破壊なんてしませんわ!!」
「嘘よーーーー!」

 以前よりマシになったとはいえ、ダンスが下手くそなフルール様。
 そんな彼女が母親直伝の踊りを踊ると周囲の物が破壊される───らしい。

(絶対に絶対にお断り!!)

 なにやら感激してしまったらしいフルール様を引き剥がすのはかなり大変だった。


──────


 不覚にもフルール様に心を動かされて力を貰えたわたしは翌日、ナタナエルを呼び出した。

「アニエスから会いたいなんて初めて言われたかも」
「……」

 にこにこにこ……
 ナタナエルは嬉しそうな顔で飛んで来た。

「───ナタナエルにこれだけは言っておこうかと思って」
「うん?」

 ナタナエルはきょとんとした顔でわたしを見つめる。
 本当にこの緊張感のない顔、フルール様にそっくり!
 顔は全く似ていないというのに。

「ナタナエルがまだわたしに話してくれていない事情、今は無理には聞かない」
「──え?」

 ナタナエルの顔から笑みが消えた。
 わたしはじっと彼の目を見つめる。
 恥ずかしいけど、いつもみたいに目は逸らさない。

「もちろん、気にはなっている……いえ、本音はすっごくすっごくすっごく気になっているけど!」
「ア……アニエス?」
「で、でも、ナタナエルはいつか……わ、わたしになら!  ……その、は、話してくれるでしょう?」

 ナタナエルはすごくビックリした顔で私を見つめ返す。

「わたし、あなたから何を聞いても絶対に動じない覚悟を決めておくから──だ、だから」

 そこまで言った時、目の前のナタナエルが動いてわたしはギュッと彼に抱きしめられた。

(ひぇっ!?)

「───アニエスは昔からそうだね?  そういうところ、本当に適わない……」
「は?  ちょっ……!?」
「うん、俺も…………と」

 動揺するわたしを抱きしめながら、ナタナエルは何やらブツブツ呟いている。

「……アニエス。伯爵が帰ってくるのはいつ?」
「え?  あ、明日だけど?」
「明日……」

 ナタナエルは一瞬、考え込む。
 そしてわたしから少し身体を離すと真剣な目で言った。

「───アニエス。明日、君に大事な話があるんだ。家を訪ねてもいいかな?」
「え?  明日……もう一度?」
「……うん、もう一度。今度は伯爵も交えて話がしたい」
「……」

(顔が熱い、わ……それに、ナタナエルの顔も赤い……気がする)

 わたしは小さな声で「……待っているわ」と頷くと、ナタナエルはそんなわたし見て優しく微笑んだ。
 これまでで一番胸がキュンとした。



 ────そうしてソワソワして迎えた翌日。
 我が家にやって来たのは、ナタナエルではなかったけれど。

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