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19. 彼の正体 ②
しおりを挟むわたしの告げたその言葉に、ナタナエルは動揺するでもなく目をパチパチさせる。
そしてすぐに、にこっと笑った。
「ははは! 凄いや。さすがアニエス!」
そう言って笑いながらわたしの頬に手を伸ばす。
そして柔らかく微笑んだ。
「いつ、気付いたの?」
「……パーティーでフォルタン侯爵家のことが話題に出たのよ。その時に……」
「ああ、そっか。アニエスは“兄さん”の顔を知っていたんだね?」
「……」
コクッとわたしは頷く。
「“兄さん”も滅多に社交界に出ないし、俺に至っては全く出ていないから不思議に思う人はそんなに多くないと思ったけど……両方を知っているアニエスなら不思議に思っても仕方がないよねぇ」
「……」
「子どもの頃はともかく……大人になってからは違いが大きく出てしまっているだろうし」
ナタナエルは昔は女の子みたいに可愛くて、成長した今も悔しいくらい綺麗な顔をしている。
体格も鍛えたからそれなりではあるけど、どちらかと言えば細身だ。
でも……
「フォルタン侯爵家の人間って、昔からがっちり体型の厳ついモサモサした毛深い大男の家系なんだよね」
そう、真逆!
もうどこからどう見てもナタナエルは真逆だった。
ついたあだ名は熊一家!
ナタナエルはどんなに目を凝らして見ても熊じゃない!
熊一家の一員にはどうしてもどうしても思えなかった。
「───そこのソレンヌ嬢はそんなこと微塵も疑問に感じていなかったようなのに」
ナタナエルはクスッと笑いながらそう言った。
(それは熊よりもナタナエルの顔の方が好みだったからでしょうね……)
そう思ったけど何だか面白くないので口にはしない。
「……アニエス?」
「な、なんでもないわよ!」
わたしがプイッと顔を逸らしたのでナタナエルが不思議そうに首を傾げる。
「ははは。それで、俺の本当の生まれが“双子”だというのはどうして気付いたの?」
「そ、それはお父様が───」
わたしはお父様から渡された本のことを説明する。
「なるほど。そこで単なる恋愛物語の本を渡された! 誤魔化された! ってならないところがアニエスだね? あはは!」
「笑いごとじゃないでしょう!?」
親世代には強く残る双子に対する偏見。
ナタナエルは絶対そのせいで────……
「───俺の本当の“両親”は俺のことは“死んだ”と聞かされているんだって」
「え?」
「だから、彼らは俺の存在は今も知らない。ナタナエル───この名前をつけたのもフォルタン侯爵だ」
「……!」
“ナタナエル”は偽名か何かかと思っていたけれど、そうではなかったらしい。
「双子……特に後から生まれた方は不吉だから───そんな理由で俺は生まれてすぐ、周囲の人たちの手で消されそうになった」
「……っ!」
わたしは息を呑む。
ナタナエルはそんなわたしを見て微笑む。
「そんな顔しないで大丈夫だって。フォルタン侯爵を始めとしたアニエスの父親……伯爵たち数名は、そんな俺を秘密裏に逃がして匿ってくれたんだ。だから今もこうして俺は生きている」
「ナタナエル……」
「───双子で生まれた“俺たち”は共に身体が弱かったらしいから、両親は周囲の言葉を信じた。そのことに彼らが何をどう思い感じたかは分からないけどね」
「……」
居なくなってくれて良かったと思われたのか、それとも悲しんだのか。
「でも、“両親”は俺が生きていることを知らないけど、実は“俺”が生きているのでは? と、長年怪しんでいる人たちは一定数いたらしい。それで───」
ナタナエルはそこで言葉を切るとチラッとロランの方を見る。
「あなたの命を狙っていたのはフォルタン侯爵家ではないのね?」
「違うよ。“父さん”は俺を守ろうとした。でも“母さん”や“兄さん”は……」
(それで、厄介者───“家族”が俺がいるせいで揉めると言っていた理由……)
想像以上に重い。
なのに、ナタナエルはどうしてこんなにヘラヘラしているわけ!?
「だから、アニエスがいてくれたからだって」
「は?」
「アニエス、初対面から凄かったでしょ?」
「え?」
ナタナエルはわたしとの初対面の時を思い出したのかフッと笑った。
「───あなた、弱そうね? って」
「そ! そう思っちゃったんだもの! な、何も知らなかったし……!」
わたしが慌てるとナタナエルは嬉しそうに笑ってわたしの頬を優しく撫でる。
「悔しかったな。でもその時、思ったんだ。この子は真っ直ぐで正直な子なんだなって」
「……!」
「それから一緒に過ごしていたら、アニエスはとんでもなく恥ずかしがり屋さんで意地っ張りで可愛くて……」
「~~っ、ナタナエル!!」
わたしが真っ赤になって抗議するとナタナエルは、またしてもハハハと笑って流してしまう。
でも、少しだけ寂しい表情を見せた。
胸がドキッとする。
「だから、本音はこのままずっとアニエスの傍に居たかったけど……」
「けど?」
「ロランが失敗したからね……俺を葬り去りたい人たちは、どうしても諦めが悪かったみたいで」
「!」
そのことにわたしはハッとする。
「ナタナエル……もしかしてあなたが我が家を出たのは……」
「うん。俺を付け狙う彼らは方向性を変えて、俺の大事な人たち──アニエスや伯爵たちを狙うことを考え始めたんだ」
「!」
「これ以上はもう駄目だ。伯爵家には居られない……そう思った」
それがナタナエルがこっそり家を出た理由。
お父様には話したかもしれないけど、わたしにそんな理由を話せるはずもなく───
「バカッ!」
「うん」
「ナタナエルは大バカよ! バカッ……」
わたしは悔しくて苦しくてナタナエルの胸をポカポカと叩く。
昔とは違い鍛えられた身体を持つ彼にこんな攻撃は効かないでしょうけど。
「アニエスが元気いっぱいで過ごしてくれますように……それが離れてからもずっと俺が願っていたことだよ」
「ふっ……おかげさまで、わたしはナタナエルなんか居なくてもとーーっても元気いっぱいに過ごしていてあげたわよ!」
わたしはどーんと胸を張ってそう言ってやる。
「うん──良かった」
「ぐっ……」
ナタナエルはとても素直に嬉しそうにヘラッと笑ったので何も言えなくなった。
(寂しかった……なんて絶対に言ってやらないんだから!)
「アニエス───寂しい思いをさせてごめんね?」
「うぐっ……」
「あはは! アニエス。可愛い」
だけどやっぱりナタナエルにはバレバレだった。
(……あ、そうだ。わたし……)
まだ、一番肝心なことを聞いていない。
「あの、ナタナエル……」
「うん?」
「……そ、その……」
聞いていいのかな?
話してくれるのかな?
わたしの仮説……合っているのかな?
(あなたは、あなたの生家は……)
そんな思いが渦巻いて下を向いて言葉を詰まらせると、ナタナエルは優しく微笑みながらわたしの頭を撫でた。
そして軽く息を吐くと静かに口を開いた。
「────プリュドム」
「!」
わたしは顔を上げる。
ナタナエルは静かに微笑んでいる。
「そうだよ。俺が生まれたのはプリュドム公爵家。凄いや、アニエス。それも気付いていたんだ?」
「お……お父様の渡してくれた本が…………王子様だったから。まさかと思って……いた、だけよ」
「あはは、その本凄いね? 随分と攻めた本だねぇ」
ナタナエルは感心したように笑い飛ばした。
そして、わたしはここで自分の仮説が正しかったことを知る。
(やっぱり……)
……プリュドム公爵家は、色々あって今度国王に即位することが決まっている王弟殿下が賜っている家名だ────……
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