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19. 嘘
しおりを挟む「ユディット……それ、は……」
バーナード様は何かを言いかけたけど、すぐに黙ってしまう。
「バーナード様。今、私の中に、ジュディス王女と面識があった……という記憶はありません」
「……」
「そうなると、考えられるのは私がその頃の記憶を失くしている……という事だけです」
違いますか?
という目でバーナード様の顔を見た。
そんなバーナード様の表情はどこか固いまま。
「ユディット……」
「バーナード様、私、最近おかしいのです。変わった夢を見たり、今みたいに覚えのない思考が突然、頭の中に甦ったり……」
───ねぇ、バーナード様。
あなたが前に熱で魘されていた時に私に謝っていた“嘘”ってこの事ではないのかしら?
あなたも、そして家族もきっと私の記憶がおかしい事を全部知っていて……でも、何も気付いていない私の為に嘘をつくことにして話を合わせていた……そんな気がする。
「ユディット!」
「あ……」
バーナード様がギュッと私を抱きしめる。
そして、まだ少し震える声だったけれどはっきりと言った。
「……ユディット。確かに君は……君には欠けている記憶がある。それは本当だ」
「っ!」
バーナード様は素直にその事を認めてくれた。
下手に誤魔化そうとしないその姿勢が嬉しかった。
「……ユディットは、一年と少し前……生死の境をさまよったんだ」
「え?」
生死を彷徨う? それって、病気のせい……?
でも、そんな酷い発作を起こしたなんて話は知らないし、聞いた覚えもない。
「わ、私には、その時の記憶がありません。欠けている記憶があるというのはその時のせい……なのですか?」
「うん。奇跡的に命は助かったけれど……目が覚めた後のユディットは……様子がおかしかった」
「……」
「ごめん」
「どうして、バーナード様が謝るのですか?」
バーナード様が辛そうな顔をした。
私の記憶が欠けているのは、バーナード様のせいではないのに。
───私の記憶はいったいどれくらい抜け落ちているのかしら……
でも、ここ最近まで記憶が欠けている事に違和感もないし不便に思う事も無かった。だから、日常生活には支障のない事ばかりを忘れているのだと思う。
(でも、それはきっと誰かと築き上げたとても大事な思い出だったはず……)
失くしたままでも生きていく事は出来る。
だけど、それはすごくすごく悲しくて寂しい。
「……もしかして、私はバーナード様との記憶も失くしていますか?」
「…………うん」
バーナード様は迷うことなく頷いた。
抱きしめてくれていた腕に更に力がこもる。
(私とバーナード様、関わりあったのね……)
バーナード様がお兄様に聞いたにしても、妙に私の事に詳しかったのはそういう理由だったのかとようやく納得する。
私が失くしてしまったというバーナード様との思い出……それは、どんな記憶だった?
思い出せない事がとても悲しい。
「……お父様やお母様……お兄様も、そうやって嘘をついてでも、私の心を守ろうとしてくれていたのですね?」
病弱だった私に花祭りの存在を聞かせないようにもしていたし、どこまでも過保護なんだから……と思う。
「私は……幸せ者ですね」
「ユディット……」
バーナード様が今度は優しく抱きしめてくれる。
私からもそっと背中に腕を回して抱きしめ返す。
(あたたかい……)
優しい家族に、私を大切にしてくれる婚約者……これまで、どれだけの人が、欠けた私の事をあたたかく見守ってくれていたのかしら?
「……」
だけど、これは偶然?
私が記憶を失ったと思われるその時期。
それってジュディス王女の亡くなった時期と近いのでは……?
(王女様の死と私の記憶喪失……関係がある?)
忘れても支障のない事ばかりの記憶を失っていると思いながらも、反面、私は何かとても重大なことを忘れているような気もする。
だからこそ、思い出せない記憶たちがどうしてももどかしい。
(何か記憶を取り戻すきっかけってないのかしら?)
病気は治ったのに、記憶は戻らないまま……もう無理?
───そんな事に気を取られていた私は、バーナード様が私を抱きしめながらも、どこか苦しそう表情を浮かべている事には気付けなかった。
❋❋❋
「わー、バーナード様……変装されたのですね?」
「うん……さすがにね」
そして、翌日。
今日は花祭りの一日目。
我が家に私を迎えに来てくれたバーナード様の姿を見た私の第一声がこれだった。
「大丈夫かな? どこも変じゃない?」
いつもと違う暗い髪色のカツラに眼鏡をかけて……と地味に装ったバーナード様には確かにいつもの王子様特有のキラキラしたオーラは無いけれど……
(バーナード様ってどんな格好をしていてもかっこいいわ……!)
結局、私はこうして見惚れてしまう。
そこで、ハッと気付く。
この思考っていつでもどこでも私を“可愛い”と愛でてくるバーナード様と同じ思考なのでは?
(こ、恋心っておそろしい……)
私が何も答えずに心の中で大興奮していたせいか、バーナード様はどうやら不安になってしまったようで、困惑した様子で再度訊ねられた。
「あー……ユディット? そんなにダメかな?」
「い、いいえ! ……と、とっても、かっ、かっこいい、です!」
「え! そ、そ、そう? それなら良かった……」
私の言葉を聞いたバーナード様が嬉しそうにはにかむ。
その時の頬が少し赤くなっていたので、つられて私も赤くなってしまう。
「は、はい……とってもとっても……かっこいいのです……」
「ありがとう。ユディットも可愛いよ? まぁ、いつも可愛けどね」
「あ、ありがとうございます……」
バーナード様にドレスより動きやすい格好の方がいいよ、と言われたので、今日は私も大人しめの格好をしている。
それでも、バーナード様にとっての私は可愛いらしい。
(嬉しい……!)
「……ユディット」
「バーナード様……」
見つめ合いお互いの事を褒めちぎっていたら、
「──いーつーまーでーやっているんですかーーー!」
「「ひっ!?」」
すごく低くておどろおどろしい声が割り込んで来た。
「ロ、ローラン!?」
「お兄様!」
その声の主はお兄様だった。
……この間からお兄様は、私がバーナード様といい雰囲気になるとやって来る気がする。
「先程から、黙って見ていれば、玄関でイチャイチャイチャイチャ……」
「イチャ? 何を言っている! そ、そんな事はしていない!」
「そ、そうよ、お兄様! 私は、バーナード様の今日の格好ををかっこいいと言っていただけだわ!」
私達が抗議するとお兄様はムスッとした顔で首を横に振る。
「いいえ、これはただのイチャイチャです」
「ローラン!」
「お兄様!」
お兄様は頑なに認めようとしない。
「殿下もユディットもお忘れですかね? 俺は未だに独り身なんですよ?」
「「あ!」」
「公爵家の跡取りなのだから、てっきり選り取りみどりかと思えば……! 社交界でついた俺のあだ名は……シスコン……」
(え! そんなあだ名知らない……!)
私がチラッとバーナード様を見ると静かにコクリと頷いた。そして小声で教えてくれる。
「ローランは昔から社交界でもユディット、ユディット……と常にユディットの事ばかり口にしていたから、シスコン過ぎてちょっと……と何度か縁談が流れているらしいよ」
「お、お兄様……」
どうして未だにお兄様に婚約者がいないのかと思えば……
てっきり公爵家に相応しい令嬢を吟味しているのだとばかり思っていた……
「……いいんだ。ユディットが、無事に殿下と結婚したらきっと俺の元にも、理想の可愛いお嫁さんが……きっと……」
ブツブツと、きっと……きっと……と呟くお兄様はちょっと怖かった。
「──ユディット……とりあえず、ローランは放っておいて……祭りに、い、行こうか」
「は、はい! そうですね……」
バーナード様が手を差し出してくれたので、私はそっとその手を取る。
そうして、怨念の塊みたいになったお兄様を放って、私とバーナード様は手を繋ぎながらお祭りへと出かけた。
───そんな私たちの後ろ姿を凄い目でロベリアが影から見ていた事も知らずに。
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